#1
暗闇の中で、死を意識する。
部屋に閉じ込められていた時は身近なものではなかった。でも今は何よりも近くに感じる。
皆、この恐怖をどう乗り越えたんだろう。俺は一度も感じず、教わらないまま大人になった。
父はどうだったのかな。無情に、どこまでも合理的になれた理由があるんだろうか。
「ユノ様」
どれぐらい経っただろう。
寒さで手足の感覚がなくなった時、小さく、高い声が聞こえた。
男性ではない、柔らかい声。その主は檻の前に立ち、手に持っていたランタンで自身を照らした。
「ユノ様、聞こえますが? ……私です。ヴァレットです」
「……え」
目を見開く。現れたのは、黒い髪の年配の女性。
「ヴァレットさん? ……何で」
俺が一族の中で一番信頼しているひと。乳母のヴァレットだった。
彼女は俺の姿を見ると驚き、辛そうに瞼を伏せた。
「申し訳ありません。ユノ様に非はないと旦那様に進言したのですが、聞き入ってもらえず……」
隠れて持ち去ったのか、ヴァレットさんは取り出した鍵を使って扉を開けた。
「ユノ様は何も悪くないのに、こんな酷いこと……」
「だ、大丈夫ですよ。こう見えても俺、昔よりは強くなったので」
顔をハンカチでぬぐわれる。数年ぶりに顔を合わせた彼女も少しやつれていた。
このことが知られたら彼女も処罰される。そう言うと、彼女はそれでもいいと答えた。
「ユノ様のお世話係から外されて、私も役立たずになりましたから。御恩はありますが、貴方を見殺しにする方が耐えられません」
「……っ」
ここまで尽くしてくれる人が役立たずなわけない。かぶりを振り、足を引きずりながら檻を出た。
「火事を起こしたのは私です。ユノ様も危険に晒すので、一か八かの賭けでした。けどこんなことになってしまって……私が一番の元凶です」
「あの火事はヴァレットさんが……いえ、そんなことありません。あれのおかげで俺は外に出て、たくさんの人に会えた」
声を潜めながら、彼女に話した。
クリスタッドの王城のこと。街の素晴らしさ。そして、大切なウェスタンド家の後継者のこと。
何にも代えがたい宝物だ。そう言うと、彼女は初めて嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そうでしたか……たくさんのことを経験されましたね、ユノ様」
頬に手を添えられる。その時、不意に何度か絵本を読んでもらった。
もうずっと昔……お姫様が悪い魔女に攫われる話。幼かった自分には怖かったけど、頭を撫でてくれる手は優しかった。
「ユノ様のことを支えてくださる人達がいて、……本当に良かった」
そうだ。
自分が気付いてなかっただけで、優しい人は傍にいた。
「はい。だからまた連れ戻されたって、不幸だなんて思いません。俺は幸せ者です」
そう言い切れるだけの強さと優しさを与えられた。
“彼”のことを想うと、何故か暗い言葉がひとつも出てこないんだ。
「ありがとうございます、ヴァレットさん」
ヴァレットさんは微笑んだが、ふと俯き、申し訳なさそうに口を開いた。
「ウェスタンド家の方と関わられたのなら、ユノ様も気付かれたと思います。ご自分が、アリヴァー家の者達とは違うと」
ヴァレットは両手を握り、苦しそうに話した。でも。
「それは、俺だけ呪術が扱えない落ちこぼれだから。その辺の人の方が、まだ上手く使えますし」
「……確かにユノ様は誰よりも呪術が不得手です。でもそれは当然なのです。貴方は呪いから最も遠い存在。邪悪なものを祓う一族の生まれだから」
今なんて……。
驚いて見返すと、彼女は頭を下げながら続けた。明かすことを禁じられていたという、俺の出自について。
「旦那様は奥様を早くに亡くしており、子どもはいません。しかしあの方は跡継ぎを求め、クリスタッドに来ていたシルヴィア家の夫婦から赤ん坊を攫いました。……それがユノ様、貴方です」
「そ、そんな。何でよりによって、アリヴァー家と敵対しそうな一族から攫うんですか」
「敵対してるからこそ。アリヴァー家の邪魔になる一族なら、世継ぎの口減らしになります。もしも呪術が扱える子なら、次の当主にすればいい」
でも畏れたとおり、そうはならなかった。
ヴァレットはユノの掌に手を添え、震える声で告げた。
「レイス様は、ユノ様が裏切ったかどうかは関係なしに貴方を犠牲にしようとしています。貴方が旦那様に攫われたことを知らないとはいえ……本当に酷い」
「ヴァレットさん……」
涙を流して謝る彼女に、俺は首を横に振った。
謝る必要なんてない。こうして事実を教えることが危険なのに、命懸けで会いに来てくれたんだから。
彼女は俺にとって、母親同然のひとだ。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。アリヴァー家の人間にしてはポンコツ過ぎるってずっと思ってたんで、むしろスッキリしました」
本当の子どもじゃないから、彼も俺に無関心だったんだ。それが分かって、逆にホッとしている。
でもそんな風に思えるのは、やっぱり。
「……今は一応、居場所も見つけたから」
……リザベルさん。
ウェスタンド家の次期当主暮らしていることを告げると、彼女は驚きながらも安堵した。
「そうなのですね。リザベル様もご無事で……やっぱり、ユノ様がお傍にいたからですね」
「ん? 何が?」
「レイス様が昏睡の呪いをかけたでしょう。その呪いは、貴方が解いたのです」
「あぁ……!」
そうか。
リザベルさんも不思議がっていたけど……あの呪いは自然に解けたんじゃない。
雑貨屋でもらったお守りと同じ。祓いの力を持つ俺が傍にいたことで無効化したんだ。
「良かった。俺、そういう力があったんですね」
「ええ。誰かに教わらなくても力が働いたのでしょう。呪物が作れないのも、全て作る過程で浄化されてしまうから。ユノ様は本当ならシルヴィア家で育ち、今頃は世界中で活躍されていたはずですから……もっと早くに伝えられず申し訳ありません」
「いやいや。仮にそこで育っていたとしても立派になってたとは限りませんよ」
むしろ環境に甘えてもっと自堕落な人間になってたかもしれない。
それにヴァレットさんも俺に接近することを禁じられていた。全ては父の仕業で……。
……いや、父と言うのももうやめにしよう。俺にとってずっと、彼は他人だった。




