#6
リザベルさんと両想いになった日から、より一層忙しくなった。
だけど充実してるし、満たされている。必ず誰かと一緒だけど、街に行くことも増えた。買い物をしたり、催しを見たり……こんな楽しい日々を送れていることが、未だに信じられない。
現実味がないなんて言ったら、リザベルさんはまた心配しそうだ。だから心の中だけに留めておく。
「ユノ様。こちらのピアス、素敵じゃないですか?」
「あ、本当ですね。すごく綺麗」
出店で並べられていたのは翡翠のピアスだった。他の石と比べてひときわ輝いていた為、思わず見惚れる。
すると買い物に付き合ってくれていたラルドさんが、店主にそのピアスを渡した。
「こちら買います」
「はい、ありがとうございます」
あ……。
なにか言う間もなく金銭を渡し、ラルドさんは俺にそのピアスを差し出した。
「どうぞ」
「え!? いやお気持ちは嬉しいですけど、こんな高いもの受け取れませんよ!」
「いいから。穏やかに暮らせることを祝うのも、我々の日常なんですよ」
彼は微笑み、俺が持ってる食材の袋を受け取った。
「何気ない日常が、何よりも尊い。だから永久に続くように、神様に感謝を伝えるのです。クリスタッドは年に何回も祝祭がありますが、全て平和を願うものなんですよ」
確かに、この間もリザベルさんは祭事に出向いていた。
何でもない日を祝う。特別じゃないことが、一番特別なこと……。
ピアスを掌に乗せ、静かに頷いた。
「ありがとうございます、ラルドさん」
「いいえ。私も、貴方が笑う機会が増えて嬉しいですから」
それも充分めでたいことだと言い、彼は振り向いた。
「そうそう……ユノ様がいつもつけてるピアスも素敵ですよ。その翡翠のピアスは、気分転換したい時につけてください」
「あ。は、はい」
そうだ。内心ひやっとして、耳朶に触れる。
すっかり忘れていたけど、今つけてる紅のピアスはアリヴァー家で渡されたもの。いい加減外して、どこかに捨てないと。
真剣に考えていると、道端で蹲ってる女の子がいることに気が付いた。
「ラルドさん、あの子……」
「おや。どうしたんでしょうね」
近くに駆け寄ってみると、女の子は苦しそうにお腹を押さえていた。
「君、大丈夫? お腹痛いの?」
よほど苦しいのか、彼女は声も出さずに頷いた。ラルドさんは医者を呼ぶ為電話を掛ける。
「今お医者さん呼んでもらってるから、安心して」
彼女の手を握り、背中をさする。その時、妙な感覚に襲われた。
この嫌な感じ、まさか。
「ちょっとごめんね」
彼女のポケットに手を入れる。中には小さな布の包みがあった。一見お守りのようだが。
「……呪力がこもってる」
そのお守りには、誰かがこめた呪いがかかっていた。しばらくそれを掌で握り締めていると、徐々に力は弱まっていった。
あ、わりと簡単に打ち消せたな。
ラッキーと思いながら少女の頭を撫でる。そしてちょうど近くの病院に勤める医者がやってきた。
「お腹痛いの治っちゃった」
「ええっ?」
しかしその時には、彼女はすっかり元気になっていた。
医者は不思議そうにしつつ、それなら良いと帰っていった。
「呼んでいただいたのに、申し訳ないです。でも原因は自然的なものではないので……」
ラルドさんにお守りを見せる。彼はその中身を開け、取り出した。
「石?」
「はい。呪いがかけられていました。それでも弱い方……もっと強い念が込められてたら危なかった」
女の子の頭を撫で、彼女の前に屈んで問いかける。
「君、このお守りは誰に貰ったの?」
「東の通りにある雑貨屋さん。安くしてあげるって言うから……でもそれ持ってるときだけ嫌なこと起きるし、もういらない」
女の子はそう言って去っていった。
「その雑貨屋、ちょっと調べた方が良さそうですね」
「え、ええ……ですがユノ様、呪術に精通されてるのですか?」
あ、やばい。
すっかり忘れてたけど、リザベルさん以外に知られちゃいけないんだった。
「いえ、全然! ただアリヴァー家は城全体に呪力が込められてて、あの石からも同じような感じがしたので!」
焦りから必死に捲し立てる。怪しまれたらまずいと思ったけど、ラルドさんは「そうでしたか」、と素直に納得してくれた。
ふぅ、危ない危ない。
胸を撫で下ろし、無力化したお守りをポケットに仕舞う。
「さ、お城へ戻りましょう」
「えぇ……」
その後はすぐに城へ戻り、いつものように過ごした。
だけどどうしても、あのお守りのことが頭から離れなかった。
呪術を扱える者が呪物を店に卸しているのか、それともあの女の子をターゲットにして店の人間が渡したのか……どちらにしても、看過できることじゃない。
後日、彼女が言っていた雑貨屋へ行くことにした。リザベルさんには絶対止められると思ったから、彼が仕事へ行ってる間に。
体調が悪いと嘘をついたのは申し訳なかったけど、仕方ない。今日のところは偵察だけして帰ろう。
門番の見張りもくぐり抜け、独りで街へ出る。これも初めてのことで、少し楽しかった。
ほとんどの人が茶髪や金髪。アリヴァー家のような黒髪はおらず、ユノのような銀髪もいない。
お年寄りは白い髪だが、ふと銀に近い髪の人物を見つけた。
( あれ…… )
初老ではあるが、だからといって真っ白になるほどの歳ではない。それに美しい銀糸の髪だった。身につけてるものもこの国の人達とは違い、異国の装飾や衣服に見える。
彼はカフェの前にある外のテーブルでお茶していたが、強風が拭き、置かれていた紙の伝票が宙に飛んでしまった。
だいぶ吹かれたもののちょうど自分の足元に落ちたので、それを持って彼の方へ歩く。
「これ、置いておきますね」
テーブルの上に置いて立ち去ろうとしたが、また気付いたことがあった。
この人の瞳の色……。
「あぁ、ありがとう。優しいね」
彼は柔和な笑みを浮かべ、伝票を手にした。
「なにか飲まないかい。ここのコーヒーは美味しいよ。私も初めて飲んだんだけど」
「え。あ、せっかくですけど、また今度……これから行くところがあって」
「そうか。……残念だ」
好意に応えられず申し訳ないが、控えめに断って頭を下げる。
「またお会いしたら、お茶しましょう」
そう言うと、男性は嬉しそうに微笑んだ。
「あぁ。きっとまた会えるさ」
「……?」
何故か、確信を持った響きに聞こえた。気にはなるものの、先を急いで目的の雑貨屋へ向かう。
もう少し話してみたかったけど……。
ポケットに入れたお守りを眺めながら、さっきのカフェを振り返る。
男性はもういなかった。




