#5
クリスタッドは平和そのもの。
城の中も外も、穏やかな空気が流れている。ユノは窓から見える遠方の街を眺め、小さく息をこぼした。
現状、アリヴァー家の干渉はない。
リザベルが逃げ果せ、王城に戻ったことも既に知られているはずだ。だが向こうも下手に動けば大きな諍いになると分かってる。大方リザベルとユノをどう始末すべきか考えているんだろう。
それでも今日はやってくる。今感じている平和に感謝して、許されるまで生きよう。
リザベルさんは今日も朝から仕事して、皆に笑顔を届けている。
俺もいい加減なにかしないと。
思い立ったら即行動。久しぶりにウォンさんとテラさんの部屋に訪れた。
「あら! ユノ、来てくれたのね。嬉しいわ」
「お久しぶりです。今お時間大丈夫ですか……?」
「もちろん。ウォン。ユノが来てくれたわよ」
二人は笑顔で迎え入れてくれた。感謝しつつ、早速本題に入る。
「あの、実は……料理を教えていただきたくて」
「お。ユノ、もしかしてリザベル様に作るのかい?」
話を聞いていたウォンさんが、興味深そうに尋ねる。徐に頷くと、テラさんは目を輝かせ、俺の手をとった。
「良いじゃない! 教えるから早速キッチンに行きましょ!」
「わわっ。あ、ありがとうございます」
テラさんは意気揚々と何も分からない俺に料理を教えてくれた。
基本的なことも知らないから申し訳なかったけど……調理器具のことや、食材を使う時に気をつけなくてはいけないこと。どれも目から鱗というか、俺にとっては新鮮な情報だった。
比べちゃいけないけど、薬草を煮る必要があった調合と少し似ている。メモを取りながら、夜まで料理教室を開いてもらった。
その後も数回テラさんに見てもらい、とうとう自分でパイを焼くことができた。
「できた……」
絶対失敗しないというレシピを貰って挑戦したけど、本当にできるとは思わなかった。初めてご飯を作ったことに感動し、若干震える。
もう居ても立っても居られず、仕事から帰ってきたリザベルさんをそのままダイニングへ誘導した。
自分が作ったと告げてお皿にパイを乗せると、リザベルさんは露骨に驚いていた。
「ユノが作ったの? なんて成長っぷり……もういつでもお嫁さんになれるね」
そういうつもりで作ったわけじゃないけど、とりあえず見守る。
というか興奮し過ぎて、自分で味見する前に差し出してしまった……。
内心ひやひやしながら、リザベルさんがパイを切り分け、頬張る瞬間を見つめた。
「ど。……どうですか?」
「そりゃあ美味しいよね」
「お世辞抜きでお願いします」
彼が真顔なので、真面目に、と言うのも失礼な気がしたけど。彼は優しいから、俺を傷つけまいとお世辞を言う可能性がある。
だからどきどきしていると、彼は少し笑って、俺の口元にパイを差し出した。
「ほら。あーん」
「……」
迷ったものの、諦めてひと口頬張る。熱いけど、テラさんが作ってくれたパイに近い味だった。
「美味しい。……です」
「ね。ユノは料理の才能があるよ!」
「先生がすごいんです」
テラさんの教え方はとても上手だった。俺のかつての教育係とは全然違う。
自嘲しながら息をつくと、リザベルさんはフォークを置き、俺の額をつついた。
「過程がどうであれ、これを一から作ったのは君だ。もっと自信を持ちなさい」
「自信……」
俺とは縁遠いもの。そのはずなのに、胸の中にじわじわと響いていった。
少し心強くて、温かい。これが自信なのか。
「……美味しかった! ありがとね、ユノ」
「いいえ」
嬉しそうに笑うリザベルさんを見て、ふっと笑う。彼はリラックスしていたが、突然前のめりになって尋ねた。
「でも、どうして急に料理をしたいと思ったの? テラが作ったパイが美味しかったから?」
「それもありますけど」
皿を重ね、首を傾げる。そして目の前の彼に視線を移した。
「貴方が喜んでくれたら良いな、と思って」
「ユノ……」
それが理由だ。ただ彼の役に立ち、笑ってほしかっただけ。
「いつもお世話になってるし、自分でも色々できるようになりたいと思ったんです」
完璧な彼には到底及ばないし、笑ってしまうぐらい小さなことかもしれない。それでも行動しないと、いつまで経っても俺はアリヴァー家にいた時のままだ。
「俺は呪術は全然駄目だったけど、頑張れば料理も少し作れるかもしれない。……それが分かったのは、すごく嬉しかったです」
彼に笑いかけ、そっと指先に触れる。
「また食べてもらえますか?」
「もちろん。こちらからお願いするよ」
優しくキスされる。
……これが“幸せ”なんだ。あまりに無縁で想像すらできなかったけど、心の底から求めていたもの。
「ユノ、愛してるよ。君はやっと見つけた宝物だ」
愛しい光。眩し過ぎて、包まれていることも気付かなかった。
俺はずっと、この人に愛されてたんだ。今ようやく分かった。
笑った顔が見たい。そう願う心こそ、愛そのもの。
「……俺も」
認めざるを得ない。だって、彼といるとこんなにも浮かれてしまうんだから。
「貴方が好きなんだと思います。恐らく……」
「うんうん。間違いないよ」
まだまだ“普通”に近付くのは先だろうけど、昔とは違う。
愛おしいと想う気持ちを手に入れた。ただそれだけのことで、明日が待ち遠しい。
「両想いになっちゃったね。私の愛しいお姫様?」
手を握られる。一本一本指を絡め、リザベルさんは不敵に笑った。
時針が進む。
それと同時に、俺達の息も熱を帯びる。
ベッドに行き、他愛もない話をした。愛は分からないけど、これは間違いなく言える。今までで一番楽しい夜を、彼と過ごした。




