#4
ひとりの夜は悪いことばかり考える。
この広い世界で独りきり。自分以外に話せる者はいなくて、明かりもない。
ただただ深淵を見つめている。
昔は少し先に父の背中も見えた気がするけど、今は誰もいない。
初めて呪術に挑戦した日は、初めて呪術に失敗した日。
そして、一族から見放された日でもある。
あの時の痛みがずっと心臓を刺してるんだ。失敗が怖い。呆れられるのが怖い。
そのプレッシャーで尚さら上手くいかない……俺は、いつしか自分を呪った。
本当は他人に呪いをかけないといけないのに。
( いや。……違う )
やっぱりこれで良かったんだ。誰かを不幸になんてしたくない。
父や皆の期待に応えられなくても……もう気負わなくていい。
これからは“俺”を見てくれる人と共に生きるんだ。
「……ユノ」
温かい。
さっきまでは震えるほど寒かったのに。……それに、明るい。
照らされている。
ゆっくり瞼を開けると、目の前には心配そうに俺を見下ろすリザベルさんがいた。
「良かった、起きた……大丈夫? どうして床で寝てるんだい?」
「……」
どうやら寝落ちして、椅子から転げ落ちていたみたいだ。それでも起きなかったってやばいな……。
寝ぼけ眼のまま起き上がる。じっと見つめると、リザベルさんの頬はもう赤くなかった。
熱が下がったんだろう。ホッとして、脱力してしまった。
「ユノ? 私、昨日の記憶が少し朧げなんだけど……」
「体調を崩されてたんですよ。お医者さんが言うには、過労のようです」
立ち上がってタオルを取り替える。体温計を差し出すと、彼はまばたきを繰り返した。
「本当に? 辛かった記憶もないな……」
あれほど苦しそうに息していたのに、驚きだ。でもそれはそれで良いか、と思った。
辛い記憶なんて必要ない。彼の傍に腰を下ろし、窓を見る。
夜明け前の空は薄青に染まり、優しい色合いをしていた。
「リザベルさんになにかあったら、皆さんが悲しみますよ。お仕事は大事ですけど、お体も大事にしてください」
あくまでウェスタンド家の人達のことを考えて、静かに告げる。波紋のない心で振り向くと、彼はわずかに目を見開いた。
俺の目元に触れ、怪訝そうに首を傾げる。
「ユノ。……泣いてた?」
「はいっ?」
そんなわけない。驚いて言い返そうとしたが、頬が少しぬれてることに気付き、言葉を失った。
本当だ。……泣いてる。
頬に触れた指先は、ぬれて光っていた。慌てて袖でぬぐおうとしたが、腕を掴まれてしまう。
「強く擦ったら腫れちゃうよ」
「……大丈夫です」
「私が大丈夫じゃない。……君の体と、心が傷つくのは」
優しく抱き寄せられる。
違う、と言いたかった。昨夜は確かに不安だったけど、彼が目覚めてホッとしたんだ。
嬉しかった。
「……」
嬉しくて泣いたのか?
初めての感情に戸惑い、目を泳がす。リザベルさんになにかツッコまれそうな気がしたけど、存外彼は黙っていた。
俺が本当に混乱している時は、何も言わずに背中を撫でてくれる。
「こっちの台詞ですよ。貴方になにかあったら……」
気付けば、強がることも忘れていた。
「ウェスタンド家の人達だけじゃない。俺も、悲しいです」
膝に雫が落ちる。
それを見ながら、彼の吐息を感じていた。
温かくて、眩しい。夜でも陽だまりのような場所。
ずっとここにいたい。失いたくない。
そう強く願ったとき、俺は彼が好きなんだと気付いた。
◇
「リザベル様! 体調が戻られたようで良かった……!」
「心配かけてすまない、ラルド」
翌日。
一日大事をとって静養したリザベルは、仕事の為に城の大広間へ向かった。いつものようにラルドはそつなくスケジュールを読み上げ、それから不思議そうに尋ねる。
「ところで、ユノ様は? 今日は一緒ではないんですか」
「あぁ、部屋で休ませてる。つきっきりで私の看病をしていたから疲れたようなんだ」
「そうでしたか。確かに、リザベル様が倒れたときのユノ様はとても辛そうでした。本当に、貴方のことを信頼されてる」
飲み物を用意し、ラルドはリザベルに手渡した。
どこか懐かしそうに零し、目を細める。
「正直に申し上げますと、初めて会った時のユノ様は機械的な印象がありました。人形のような美しさのせいか、冷たい空気を纏われていて」
リザベルはラルドを横目に、ゆっくり紅茶を飲む。
彼の気持ちも分かるので、静かに続きを待った。
「でも健気に貴方を看病する姿を見て、安心したんです。そしてそこまで想われてる貴方が羨ましいとすら感じた」
「改めて説明されると照れくさいな」
リザベルは脚を組み、瞼を伏せる。
「ユノがそこまで心配してくれてたなんて、不謹慎だけど嬉しいよ」
「不謹慎ですね。なのでご無理はなさらず。体調管理は社会人の基本中の基本ですよ」
「はい」
隙あらば説教してくる秘書に謝罪し、今日行う祝術を頭の中でシミュレーションする。最中、リザベルはふとあることを思い出した。
「そういえば。眠ってるとき、妙な力を感じたんだ。意識があるけど、夢を見てるみたいで……現実との境界線がなくなってるような」
「はい?」
説明がめちゃくちゃなせいで、ラルドは怪訝そうに返した。しかしリザベル自身理解してない為、難儀する。
「意識はある。でも倒れたことは分かってなくて、自分が眠ってるとも思ってない。……ただ、すぐ傍で優しく揺さぶってくる存在がいた」
その感覚は初めてではない。二度目だ。
一番初めに感じたのは、アリヴァー家の屋敷。昏睡の呪いをかけられ、深い闇に落ちていたとき。
光と熱。呼び掛ける音。
それらに反応し、次第に明瞭な意識へと変わった。
リザベルは思量し、ひとつの推測に至った。
眠りの呪いから呼び戻してくれたのは、やはり。
「……ユノ。彼には、アリヴァー家も知らない力があるのかもしれないな」




