#1
「あぁ、ラルドさん。遅くまでお疲れ様です」
「お疲れ様です。お二人とも、ユノ様を見てくださりありがとうございます」
ラルドさんはウォンさんとテラさんに礼を告げると、俺に向かって手を差し出した。
「さ、参りましょう」
「は、はい。……ウォンさん、テラさん、本当にありがとうございました」
振り返ると、テラさんはラタンの籠を渡してくれた。そこにはあのパイがたくさん入っていた。
「明日の朝ご飯にリザベル様と食べてね」
「ありがとうございます……!」
「全然っ。またね、ユノ」
手を振ってくれる二人にお辞儀し、部屋を出る。心なしか足が軽くて、来た時よりも視界が広くなっていた。
「ユノ様、少し肩の力を抜くことができました?」
昼より顔色が良いので、とラルドさんは微笑んだ。
「はい。お二人とも、俺なんかにすごく優しくて……」
「あはは。そんな謙遜しないでください。ユノ様は素直だから、きっと誰もが優しくなりますよ」
ラルドさんはそう言ってくれたけど、そんなことはない。
アリヴァー家にいた時の生活がそれを物語っている。俺も捻くれてたし、一族は皆あたりが強かった。
当たり前のことだし……優しくしてもらう価値もないんだ。
だからこそ、ここで彼らの想いを裏切るような真似はしたくない。
「そうだ……ラルドさんも、様付けはしないでください。俺はただの一般人なので」
「ありがとうございます。ですが私はリザベル様のお客様に敬意を払わないといけない立場なので。気を遣わないで大丈夫ですよ」
長い回廊を抜け、彼は足を止めた。
「まして、リザベル様の未来の奥さまとなる方なら」
「ちょっ」
忘れかけてた話で、思わず躓きそうになる。
「それは……リザベルさんが冗談で言ってることなので、本気にしないでください」
「おや。あの人は基本冗談なんて言いませんよ。だから私も驚いたのです」
ラルドさんは腕を組み、軽く首を傾げた。
「自分の立場が悪くなるような冗談は絶対言わない。穏やかですが、狡猾な方ですからね。貴方を娶るというのは本気でしょう」
娶るって……。
改めて聞くと軽く目眩がする。最終的に「俺は男なので……」と呟いた。
「ではユノ様は、リザベル様と添い遂げるつもりはないと?」
「いえ、その……自由の身になったばかりでいきなり結婚とか、話が急過ぎてついていけないんです」
「それもそうですね……。では、ゆっくり考えれば大丈夫ですよ」
ラルドさんの答えはとても淡白だった。
他人事には違いないが、上司が男色で複雑じゃないんだろうか。
「……俺とリザベルさんが一緒になって、ラルドさんは嫌じゃないですか?」
「はは、思慮深いですね。いや、心配症なのか……この国では同性婚が認められてるし、私は構いませんよ」
彼は可笑しそうに肩を揺らし、歩き出した。
「リザベル様が幸せになれるなら、何でもいい」
「……」
本当に大切な人だから……そんな風に言い切れるんだろうか。
俺には似たような存在がいない。上司も部下もいない。可愛い姪や甥はいたから彼らは幸せになってほしいと思うけど、とやかく言える立場でもないし。
はぁ。分からない。
思考の糸は絡まり、言葉も奪う。振り切るように頭を横に振り、ラルドさんの後を追った。
「ユノ!」
「リザベルさん」
連れられたのは、広い応接間。そこではリザベルさんが書き物をしていたけど、俺を見るやいなや立ち上がり、抱き締めてきた。
「はぁ……数時間会えないだけで胸が痛かったよ。ユノも私がいなくて寂しかった?」
「いえ、それほど」
「そうか、寂しくて仕方なかったんだね。次からは君も仕事に同行してもらうから安心して」
若干話が噛み合わないけど、いつものことだ。スルーしてラルドさんの方を見る。
「皆さん優しくて、不安も飛んでいきました」
「そう……良かった」
頬を撫でられる。ラルドさんの前でべたべたされると恥ずかしいのでさり気なく距離を取ると、彼は察したように咳払いした。
「では、リザベル様。私はこれで」
「あぁ、ありがとう。明日もよろしく頼むよ」
「はい。それでは失礼します。ユノ様もおやすみなさい」
俺もラルドさんにお辞儀し、ドアが閉まるのを見守った。
途端に二人きりとなり、ちょっと緊張する。待ち焦がれていたことでもあるのに。
「はぁ。戻って来ちゃったなぁ」
「……貴方は戻らないと駄目でしょう」
未だ不満そうに俺を抱き締める彼の袖を引く。
呆れつつ、静かに息をついた。
「でも、安心しました」
「何が?」
「家を出たいと言っていたから、家族から酷い扱いをされてるんじゃないかと思ったんです。でも皆さん心から貴方のことを心配して、戻ってきたことを喜んでいた。……大切に想われてるんだと分かった」
俺には涙を流して喜んでくれるような人いないけど……彼にはそんな人がたくさんいて良かった。
大きな一族の嫡子ではあるけど、俺と彼は似て非なるもの。心配するのも烏滸がましかったのかもしれない。
近くのソファの背に寄りかかると、リザベルさんは頬をわずかに紅潮させた。
「……ありがと。確かに、君の言う通りだね。久しぶりに独りじゃないと気付いたよ」




