#8
「跡継ぎのことかな? それは大丈夫さ。いざとなれば姉上の子が継げばいい」
リザベルさんが微笑むと、ラルドさんは「はぁ……」と狼狽えながら呟いた。
クリスタッドは同性婚が許されてると聞いたことがあるけど、まだまだ珍かなのだろう。
完全に外野として聞いていると、ラルドさんは俺の方に向き直り、一礼した。
「先ほどから失礼を働き申し訳ありません。私はリザベル様の秘書、ラルドと申します」
「ラルドさん……よろしくお願いします。俺はユノ・アリうっ」
名乗ってる途中だったのだが、リザベルさんに口を手で塞がれた。
「ラルド、心配かけてすまなかった。すぐに城へ戻るから、車の用意を頼む」
「は、はい。しばしお待ちください」
ラルドさんは慌てて部屋を出て行った。
リザベルさんは俺の口から手を離し、ため息をつく。
「ふぅ、ヒヤッとした。アリヴァーと名乗ったら駄目だよ、ユノ」
「あ、そうでした。すみません」
「いいんだ。後、白衣はやめよう。なるべく怪しまれないようにしないと」
彼がそう言うので、ずっと着ていた白衣は腕に持った。
「いいかい、これから先は役を徹底するんだ。君は記憶喪失ということにする。家族も生まれ育った場所も分からない。何を訊かれても“知らない”で通すんだよ」
「なるほど……。それは良案ですね」
初めからそういう設定を貫けば、ボロも出さずに済む。
アリヴァー家の人間であることがバレないように演技しないと。
というか、今の流れだと本当に彼の婚約者として動くことになる。まだプロポーズの答えも返してないのに、大丈夫だろうか。
「リザベルさん。俺、本当についていっていいんですか? 貴方に迷惑をかけてしまうかも……」
今の時点でも迷惑をかけてるのに。そこまでしてもらう価値があるのか。
けど彼は、俺の心配など容易く掻き消してしまう。
「むしろ逆だよ。独りじゃ不安なことも、君がいれば大丈夫と思える」
ぎゅっと握った手を引かれる。
なんて心強いんだろう。……目眩がしそうなほど。
ここまで言ってくれる彼の想いに応えたい。目元を袖で擦り、意を決して前へ踏み出した。
大きな車に乗って連れて行かれたのは、街のどこにいても見つけられる巨城だった。
これが、クリスタッドの神聖な王城……。
自分のような穢れた存在が入って大丈夫だろうか。とても不安だったけど、門を抜けて簡単に入ることができた。
結界で弾かれるとか、そういうことがなくて良かった……。
密かに安堵しながら、リザベルさんの後ろを歩く。すると天井が絵画で埋め尽くされた広間へ出た。
そこには既に大勢の人がいて、リザベルさんを見た途端に駆け寄ってきた。
「リザベル様!」
「リザベル様、ご無事で何よりです……!」
「心配かけてすまない、皆」
様子を見るに、彼らはウェスタンド家の人間のようだ。アリヴァー家に連れ去られたリザベルの安否を気遣って、涙を流す者までいた。
やっぱり大切に想われてる。
それが分かって、少しホッとした。
「監視が油断した隙に逃げてきたんだ。怪我はないから大丈夫」
「そうだったんですね……お力になれず申し訳ございませんでした」
辛そうに頭を下げた初老の男性は、ユノを見て首を傾げた。
「リザベル様、そちらの方は?」
「あぁ、……こちらはユノ様です」
リザベルさんではなく、今度はラルドさんが前に出た。
そして少し気まずそうにリザベルさんに目配せする。
「あ……初めまして」
黙ってるのも悪いので、ひとまず深く一礼する。この後はどうしようと考えてると、リザベルさんに抱き寄せられた。
「ユノもアリヴァー家に捕らえられていたんだ。ショックで記憶を失ってるようだけど、私は彼のおかげで逃げ出すことができた。だから恩人なんだ」
「まぁ……! ユノ様、ありがとうございます!」
「お辛いと思いますが、もう大丈夫ですよ。ここには悪しき者は入れませんから」
「あ、ありがとうございます……」
急に囲まれ、今度はひとりひとりに頭を下げる。
だいぶ捏造してしまったけど、リザベルさんの為にも演技しないといけない。
気付いた時にはアリヴァー家に軟禁されていたことにして、その場を乗り切った。
「そうだ、リザベル様。お疲れのところ申し訳ないのですが、夕刻に落成式の予定が入ってます」
「分かった。……ユノ、悪いけど夜まで休んでてくれ。必ず迎えに行くから」
「え。あ、はい……お気をつけて」
今帰ってきたばかりなのに、リザベルさんはラルドさんや他の側近に連れられて行ってしまった。
ホテルで少し休んだとは言え、もう少し落ち着けたら良かったのに。あれでは家出したくなる気持ちも分かる。
でも、いきなり放置されるとは思わなかった。
どうしよう……と周りをきょろきょろ見渡してると、二人の若い男女がやってきた。
「ユノ様。リザベル様が戻られるまで、困ったことがあれば私達にお申し付けください」
「えっ。ありがとうございます」
去り際に話されていたのか、彼らは俺のお付きになると告げた。しかし何をしたら良いのか分からず、露骨に狼狽えてしまう。
「困ってること……強いて言うなら、何をしたら良いでしょうか」
人見知りなのも相まって小声で尋ねると、二人は顔を見合わせ、優しく微笑んだ。
「なにかしないといけない訳ではありません。まずは体と、心を休めてあげてください」




