#6
俺はここにいてはいけない。
薄々分かっていた。だって、あまりに何もできないから。
一般人にやらせた方がまだ上手くできたかもしれない。俺は呪いを扱うことが絶望的にできない。
父も今頃、俺がいなくなってせいせいしてるはずだ。
「……ん」
視界が徐々に開ける。
暗澹とした世界が色づき、見覚えのある景色を照らした。
リザベルさんと眠っていたベッドルーム。隣を見ると、彼の姿はなかった。
「……っ」
変な夢を見ていたようだ。独りということが猛烈に心細くなった。
「リザベルさん?」
ベッドから足を下ろし、他の部屋を覗いたものの彼は見つからない。言葉にならない焦燥に突き動かされ、ガウンのままテラスへ出た。
どこにもいない……。
今なら逃げられるかも。なんて考えることはなかった。リザベルがいないことに対する不安の方が大きくて、目の前が真っ暗になる。
俺はまだ、独りでなんて生きられそうにない……。
「リザベルさん……」
高層階のテラスは見晴らしが良かった。手すりに手をかけ、下の方を覗く。
こんなに雄大で美しい景色も……自分が置かれた惨めな状況と比較する対象にしかならず、苦しかった。
城にいた時のように、前に傾きそうになる。下から吹き上げる強い風に身体が揺れたが、
「ユノ!」
後ろから抱き留められ、引き寄せられる。
振り向くと、額に汗を浮かべたリザベルかいた。
「危ないだろう。落ちたらどうするの」
彼は俺を抱き寄せ、胸を撫で下ろした。
「目を離せないな。困ったお姫様だ」
「だって……貴方がいないから」
捜してたんです、と言うと彼は一瞬きょとんとした。好奇心で動き回ってたわけじゃないと知り、眉を下げる。
「私がいなくて不安だった? ……ごめんね」
「……」
違う。と言いたいけど、声を発することができなかった。
「何も言わずに出掛けてたのは良くなかったね。でも、私は君を独りにしたりしない。約束するから、泣かないで」
「泣いてません」
「そ? 目が赤いけど」
たまたまだ。彼から顔を背け、室内へ戻る。
せっかく逃げられたかもしれないのに、気付いたら自分の方が彼を求めている。一体どういうことだろう。
シャツに着替えてソファに座ると、リザベルさんは着ていたジャケットを脱いだ。
「ちょっと近くを偵察してたんだ。アリヴァー家の追手が彷徨いてないか」
……そうか。
自分だって危ないのに、独りで外の様子を見に行ってくれていたんだ。
改めて申し訳なくなり、頭を下げる。
「すみません。……全然お役に立てなくて」
「いいや? 君はいるだけで私の力になる」
と、彼は俺の隣に来て、ぎゅっと抱き締めた。
「本当に。叶うならあのまま三ヶ月ぐらい呪いにかけられて、君にお世話をしてほしかったな」
「…………」
無垢で誠実とされてるウェスタンド家の次期当主がコレというのも、ちょっと問題だな……。
ある程度のことは聞き流せるようになってきたけど、どうしても黙ってられないこともあるわけで。
「もうちょっとしたらまた、君があんあん泣きながら私の上で腰を振る絶景が見られたのに」
「本当に申し訳ありません。どんなことでもするので、二度とそれを口にしないでもらえますか?」
羞恥心と自己嫌悪で気が触れそうだ。
真剣な顔で言うと、彼は無邪気な顔で笑った。
「謝る必要はないよ。むしろ感謝してるんだ。私は確かに男女問わずモテたけど、これまで誰かに夢中になったことはなかった。でも君は、そんな私を目覚めさせてくれた」
呪いから。……じゃないよな。
性癖という、目覚めさせちゃいけないやつを呼び起こしてしまった。これは確かに、俺の罪かもしれない。
「……あ。そういえば人の記憶を奪う呪術があったような」
「ちょっとちょっと、やめなさい。そもそも呪いはつかっちゃ駄目」
リザベルは慌てて片手を翳し、ユノの額を指でついた。
「君はもうただの男の子だ。アリヴァー家のひとりであることは隠し、新しい人生を歩むんだよ」
「新しい人生……」
「そう。私の妻として」
「あぁ……え?」
何か、理解に苦しむワードが聞こえた。
聞き間違いであってほしいと思ったけど、リザベルは床に膝をつき、俺の手の甲にキスをした。
「ユノ。ここで誓わせてくれ。私は君を永遠に愛する」
「あ……愛、って」
「求婚するということだよ。私と結婚してくれ」
感情の処理能力が限界を越えた。
信じられない要求を立て続けに聴いて、完全にフリーズする。
だって、色々おかしすぎる。俺は世間知らずだけど……そんな俺でも分かる。絶対、色んな手順をすっ飛ばしてるって。
百人いたら百人が猛反対するだろ、この求婚。
「でっ……出会って一ヶ月ぐらいですよ? 貴方は俺のことを何も知らない」
逆も然り。だから正気じゃない。
それか舞い上がり過ぎてるんだ。盲目になって、恋愛を美化し過ぎてる可能性がある。
まぁ俺も彼で自慰したり、助けを求めたりしたから強いことは言えないけど。それでもウンと言ってはいけない。
「黙認されてるけど、俺の一族は犯罪者集団です。そんな俺が貴方と一緒にいるわけには……」
「絶縁したことにすれば、そんなことを気にする必要はない。縁を切らずとも、私は君を妻に迎え入れるつもりだ。周りがどう思おうが関係ない」
「性急過ぎますよ……」
当事者同士で決めていいことではない。これは国の今後を揺るがす二つの家の問題だ。
まして、自分のせいで彼が責められたら。それこそ耐えられない。
「俺、分かったんです。独りは怖いけど、人も怖い。あまりに人と関わってこなかったから……そんな俺が誰かと笑って過ごす未来が、とてもじゃないけど想像できない」




