#5
本当はわかっていた。そしてずっと、心の底から祈っていた。
毎晩、目を覚ましてくれ、と。
「貴方に……ずっと会いたかった……です」
城での孤立していた自分が初めて手に入れた繋がり。
宝石のように美しい人。
眠りから目を覚まして、自分を知ってほしかった。
自身の欲深さに戦慄するし、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。けどリザベルさんは、そこで初めて嬉しそうに微笑んだ。
寂しくて彼に抱き着いた夜は禁断。だけど、人生で唯一光り輝く宝物のような夜だ。
いい加減認めなくてはいけないのかもしれない。彼に連れられ、ベッドに寝転んで。
また彼の大きな腕に抱かれて、泥のように眠った。
翌朝。ユノはキングサイズのベッドに伏し、苦しげに呻いた。
「ありゃ……ユノ、熱があるね」
「はあ……」
身体が怠い。熱いのに悪寒がする。
ここまで体調が悪化するのは、呪術の特訓をしていた時以来だ。
ちなみに原因は分かっている。そしてその元凶たる存在は、心配そうに俺の額に触れた。
「もしかして、ちょっと可愛がり過ぎちゃったのかな」
「むしろそれ以外に何があるんですか?」
心底不思議に思い、真顔で返してしまった。
昨夜は夜が明けるまでめいっぱい愛された。
恥ずかしい秘密を知られていた上に、新たな痴態まで晒してしまった。これを最悪と言わず何と言おう。
挙句の果てには寂しいとか怖いとか、変な自白もさせられたし……あれはほとんど強制的に言わされたようなもんだ。
はぁ……。
ため息しか出ない。正直今だって、この部屋から飛び出したいぐらいだ。
でも身体がしんどいのは事実だから、寝返りを打ってリザベルを見上げる。
彼は愛おしそうに目を細め、俺のはだけたガウンをしっかり被せた。
「無理させてごめんね。誰にも邪魔されず君を可愛がれると思ったら、ブレーキかけられなくなっちゃって」
「怖いです」
「あはは。大丈夫、直に慣れるよ」
慣れたくない。
青ざめながら俯いてると、彼は部屋を出て行った。
どうしたんだろう。不思議に思いながらシーツに埋もれていると、なにかを持って部屋に戻ってきた。
形からして薬だろうか。静かに見つめていると、彼が妙にニコニコしていることに気付く。
何か嫌な予感……。
訝しげな視線を送ると、リザベルはまた胡散臭い笑顔でベッドに乗り上げ、俺をうつ伏せにした。
「あの、リザベルさん……?」
「ユノ、お薬があるんだ。大丈夫、痛くはないから」
「え」
腰を引き寄せられ、ガウンを捲くられる。
薬はともかく、何故こんな体勢にさせられるのか分からない。混乱してると、後ろに指を充てがわれた。
「解熱剤だから安心して。お尻から入れるものだけど」
その瞬間、座薬を入れられるのだと理解した。
呪術を扱う者は必然的に医療薬学の知識も身につけないといけない為、彼がやろうとしてることが間違いではないと分かる。が、正しいかと訊かれたら答えはノーだ。
「それなら飲み薬で良いでしょう! 何で座薬じゃないといけないんですか!」
二十年生きていて、ここまで意味不明だと思ったことはない。
とにかく彼という変態を恨んだ。後は早く終わってくれ、という願いだけ。
「はい、終わり。我慢して偉いね」
「うぅ……」
数分後。よしよしと頭を撫でられたが、怒りのあまりその手を振り払う。脱がされた下着を履き、彼から距離をとった。
「警戒してるなぁ」
「当たり前でしょ!」
これで疑心暗鬼にならないと思ってる方がやばい。
真っ赤になりながらシーツをかぶり、再び横になった。
リザベルも隣にやってきた。そして膝を差し出し、腕枕をした。
「もう大丈夫。また少し眠りなさい」
「……寝てる間になにかしません?」
「病人に悪戯はしないよ。命懸けるさ」
そこまで言うなら……信じとこうか。
まるで恋人みたいに俺の頬を撫でる彼に、諦めの眼差しを向ける。
そういえば、俺と彼はどういう関係なんだろう。
身体だけだとしたら、尋常じゃなく爛れた関係だ。どんなに気持ち良くても駄目だと思う。
だから突っぱねないといけないのに……彼の腕の中は、怖いほど安心する。
「……」
目が合うのも気恥ずかしいから、視線を下に落とした。するとはだけた襟元から、彼の厚い胸板が目に入る。
これはこれで目に毒……っていうか、罪悪感があって嫌だな。
仕方ないから瞼を伏せ、寝たふりをすることにした。
「おやすみ。私の、可愛いユノ」
……。
もうツッコむこともやめた。
クールに流していた方が良い。一々反応したら彼を喜ばせるだけだ。
でも、抱き締められるとこんなにも心地良い。
辛いほどの熱に包まれ、息をする。ほんの少し撫でられただけど、また夢の世界に足を踏み入れていた。
◇
物心ついた時には、真っ暗な城の中にいた。
母はいなかった。その理由を訊くことも憚られた。父の視線は冷たくて、まるで物を見るような目で俺を見ていたから。
当主の息子だからまだ譲歩されてる部分があるが、基本一族は出来損ないの俺に厳しい。とは言え教育係以外はなにか言うわけでも教えるわけでもなく、放任主義だった。
『旦那様。やはりユノ様に呪術を使わせるのは無理があるのでは……』
今からずっと昔。
乳母が、父に俺のことを話していた。でも幼かった俺にはいまいち分からなくて、ただ二人のやりとりを見つめていた。
深刻そうだったし、何となく話に入ってはいけないと思ったんだ。
乳母は一族の中で唯一俺に優しかったし……そんな彼女が辛そうな顔をしていたから。せめて目立たず、主張はせず、大人しく過ごそうと決めたんだ。




