#3
リザベルさんは常に凛としていて、明るい。
自分の周りにはいなかったタイプだ。新鮮で、……太陽のように眩しい。
自分と同じ温室育ちかと思いきや、サバイバルに強くて何でも器用にこなす。
嫌でも尊敬するし、憧れてしまう。彼の強さは、今の自分が手に入れたい力そのものだから。
「俺はこれから独りで生きていきます」
自身のシャツを握り締め、ユノは静かに視線を落とした。
「安心してください。人に迷惑かけないように、なるべく誰もいないところでひっそり暮らしますので」
「……」
これ以上、彼の優しさに甘えるわけにはいかない。既に充分助けてもらったんだから。
「明日には本当にここを出ていきます。落ち着いたら、改めて御礼をします」
リザベルさんはなにか言いたげだったが、ドアをノックする音が聞こえて口を噤んだ。ちょうど夕食の時間のようだ。
「あ。ちょっと手伝ってきますね」
「うん……」
ワゴンを持ってきてくれた女性に御礼を言い、リザベルさんと一緒に食事をした。
きっと、これが彼と最後の晩餐になる。そう思うと途端に切ない気がした。俺は、自分が思ってるより彼と過ごす時間を気に入ってるのかもしれない。
「リザベルさん、お湯沸きました。どうぞ」
食後、ゆっくりお茶してからお風呂の用意をした。いつもなら先に入っていいと言われるが、今日は彼の疲れをとることを優先したかった。
バスタオルを持ってシャワールームを指し示すと、リザベルさんは憂いを帯びた瞳でこちらを見つめた。
「……何だか少しフラフラする」
「え!」
慌てて見ると、確かに顔色が悪い。
「大丈夫ですか? お風呂はやめときましょうか」
「汗を流したいからシャワーだけ浴びたいな。……ユノ、不安だから一緒に入ってくれないかい?」
リザベルさんは自身の額に手を当て、小声で零した。
彼がこんな風にお願いしてくるのも珍しい。
確かに浴室内で倒れたら大変だし……今こそ彼の役に立つ時だ。
「わ、わかりました。脱ぐのもお手伝いします」
意を決し、彼の入浴を手伝うことにした。
俺は服を着たまま、袖とズボンの裾を捲り上げる。そしてだだっ広い浴室に入り、彼を椅子に座らせた。
「ありがとう、ユノ。手慣れてるね」
「え? い、いえ……そんなことは……」
服を脱がす手際が良すぎたせいで、不審に思われてしまった。
城では毎日服を脱がせて清拭してたとか、ちょっと言えない……。
呪いの力なのか食事や排泄は必要なかったけど、身だしなみは整える必要があったからな。
けど彼の為にも、それは隠しておいた方がいい。城にいた時はひたすらベッドで寝かせていたことにしよう。
良い香りのシャンプーを手に取り、泡立ててから彼の頭を洗う。
これも初めてじゃない。だから無心で、落ち着きながら行えた。
( とは言え…… )
この浴室は四方全面が鏡張りになっている。お洒落だが誰かと一緒に入るには勇気のいる内装だ。
変に意識してしまう。なるべく彼の身体は見ないように心掛けてるけど、変に意識してると思われるのも嫌だ。
早く終わらそう。シャワーで泡を流し、今度はスポンジで彼の背中を洗う。相変わらず鍛えられた背筋で、そこは惚れ惚れした。
「あ。ま、前はご自分で洗ってもらえます?」
「あぁ、もちろん」
お願いすると彼はスポンジを受け取り、自身で洗ってくれた。
ひとまずホッとする。待ってる間にお湯を出しておこうと思ったけど、滑ってシャワーヘッドを床に落としてしまった。
「うわっ!」
「ユノ、大丈夫!?」
床に落ちたシャワーヘッドは運悪く、自分の方に向いていた。おかげで腹までずぶぬれになった。
「あはは……ドジしちゃいました」
「ううん。怪我がないならいい」
リザベルさんは心配して、咄嗟に支えてくれていた。
しかし彼の身体についていた泡も俺のシャツやズボンについてしまい、中々悲惨な状態になっている。
でも仕方ない。彼をお風呂から出した後に着替えよう。
と思ってると、何故かリザベルさんは俺を自分の胸に抱き寄せた。
「あふっ!」
顔をぶつけたこともそうだが、定位置に戻したシャワーを今度は頭からかぶることになった。瞬く間に全身びしょびしょになり、何とも言えない虚しさに支配される。
「な、な、何するんですか!」
「ぬれちゃったし、どうせなら泡を落とした方が良いだろう?」
一緒に洗った方が効率良いしね、と俺の肌に張り付いたシャツを脱がせ始めた。
水を含んで重くなったシャツとズボンを脱がされ、扉の前に落とされる。訳が分からぬまま、気付いたらまた彼と全裸で向かい合っていた。
ていうか、変だ。
さっきまでの弱々しい雰囲気は消えて、リザベルさんは瞳に鋭い色を宿している。
あっという間に角に追いやられ、口端に笑みをたたえる彼を見上げた。
「リザベルさん、具合が悪いのは……」
「うん? あぁ、ありがとう。すっかり治ったよ」
清々しいまでに笑顔で答える彼に、顔が熱くなる。
具合が悪そうにしていたのは全部演技だ。こうして自分を追い詰める為の。
「ユノにお世話してもらったら、すごく元気になった。むしろ元気になり過ぎて困ってしまうね」
不意に当たった彼の腰は、確実に硬度を保っていた。
笑えないジョークに、怒りと羞恥心でパニックになる。
「騙しましたね。やっぱり貴方、最低です!」
「騙したつもりはないよ。本当に気分が落ちてたんだ。でもユノと触れ合って復活した」
リザベルさんは俺の頬にキスをした。
「つまり、今の私の心の拠り所はユノ。君ということ」
「何言ってんのか全然わからないんで……離してください……っ」
彼の胸を必死に押すも、鎖骨やうなじを愛撫され、情けない声をもらしてしまう。
涙でにじんだ瞳を向けると、彼も苦しそうに顔を歪ませ、呟いた。
「諦めようかと思ったけど、気が変わった。ここで手放すなんて、やっぱり男がすたるからね」




