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under rain  作者: 亮太 ryota
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第十話 「土砂降りの空」 chapter 14

「何処に行くつもり? 自殺したいなら勝手にすればいいけど、今日、今このタイミングで死なれちゃ寝覚めが悪い。だから……終わったら言う事聞きなさいよ」

 他人の意見には一切耳を貸さず、誰に好かれようともまるで考えない黒猫の説得は難関を極める。白猫は最初からそれを理解した上で黒猫に対峙していた。

 言葉で理解出来るのであれば、端からこうまで拗れる訳がない。手の掛かる問題児。彼の化物染みた強さと頑固さの根底には、皮肉にも不思議とシンパシーすら感じてしまう物がある。

 弱肉強食の世界が人間に強いる過酷な試練が、只の子供だった存在を今の形に押し込めたのだ。白猫がそうしてやくざ者として生きる道を選んだように、黒猫も又そうならざるを得ない選択を受け入れて今日まで生きて来たのかもしれない。

 どうにも止まらないのであれば、最早自由にさせる他に道はなかった。

「……待っとけ、ちょっと組長、いてこましてくるだけや。今日中に終わる」

 黒猫は背中越しに軽く右手をひらひらさせながら、雷雨の夜の街へと傘も差さずに歩き出す。白猫はそれを黙って見送った。

 哀しい程に磨き上げた強さが人間を破滅へ向かわせる。傍で寄り添い優しく見守る存在がいなければ、彼女も同じような生き方しか出来なかった。それが如実に感じ取れて、白猫は冷え込む寒さに自らの体を抱いた。


 執拗に、口五月蝿く罵るように纏わり付いてくる事を予想していた黒猫は、意外にもすんなり見送られた事に驚きながらも感情のスイッチを切り替える。

 引き出した情報によると山田組組長は、連日のようにナイトクラブを貸し切っては壮行会を開き構成員の士気を盛り立てている。命懸けの作戦を決行する手下達にせめてもの贅沢をと、若頭のみに限らず舎弟も集められては酒池肉林の大騒ぎが繰り広げられていたようだ。

 斯く言う黒猫はその間も監視付きの軟禁生活を強いられてきた。それをあろう事かドンチャン騒ぎをしていたとは、恨みを何倍にも増して返さなければ収まる所にも収まらない。

 繁華街を少し外れた歓楽街付近にその店はある。ラブホテルや風俗店が並び立つ金と欲望の通りを奥へ奥へと進む。土砂降りの天気で煩わしい客引きは店に引っ込んでいた。何より連れ込む客足すら絶望的な状況で、黒猫は快適に目的地へ到着する事が出来た。

「ーー申し訳ありませんが、今日は山田組の皆様が貸し切りでお楽しみ中です。本日はお帰りになった方がお客様の為にもなります」

 ナイトクラブの入り口で律儀に待ち構えるボーイがずぶ濡れの黒猫を前に、言葉とは裏腹に下卑た眼差しで止めに入った。

「おい、死にたなかったら、さっさと家帰って寝とけ。組長に用事あんねや、邪魔すなよ」

 黒猫は背負ったバッグから虎徹を抜き放ち、ボーイの首に刃を添えながら逃げ道を塞ぐ。山田組の人間であるならば即殺していたが、見た所関係者ではなさそうである。舐め腐ったような悪意はこの際見逃してもよかったが、相手の態度次第ではついでに殺しても何ら問題はない。

「……どうぞ、ごゆっくりお楽しみ下さい」

 突如として彼我の力関係を思い知ったであろうボーイは身を強ばらせて、片手をナイトクラブの入り口へと向ける。

「ちょう待ちぃな、他に何か言う事ないんか? 俺は誰もが認める優しい人間やから、言いたい事あるんやったら聞いたるで」

 黒猫はボーイを睨み付けたまま、薄ら笑顔で更に脅しを掛ける。自身の過ちはそのまま自身で正さなければならない。世の中の道理は弱肉強食の世界でも特段変わらない。

「差し出がましい事を申し上げました。深く反省しております」

 ボーイは謝罪の言葉を並べて土下座しながら、黒猫に許しを乞う。人間は見掛けで判断してはいけない。命が惜しければ安易に他人を攻撃しない事が重要である。

「せやな、素直に謝るんは大事な事や。今日はええ勉強になったやんか、よかったな」

 土下座するボーイの前にしゃがみ込んで、顔を上げた彼の頬を軽く叩いて黒猫は語り掛ける。それから彼はゆったりと立ち上がって、本来の目的へ振り返る。

 絢爛豪華な装飾が施された、眩く煌めくドアを開いてナイトクラブに入る。間接照明が作り出す薄暗さの中、喧騒は雨の音にも負けず活気に満ちていた。


「組長さん、この所毎日ありがとうございます。お祝いか何かなんですか?」

 カウチソファーに大の字に座る男の右脇に収まりながら、タイトなドレスを纏う女がシャンパンを片手に耳元で囁いた。肌と肌、息と息が触れ合う距離で騒がしい店内で秘密の会話を持ち掛ける。

 客の大半は彼女の甘い猫撫で声に魅了され、小動物のような細やかな振る舞いだけで男の庇護欲は更に掻き立てられる。多少の失礼も美貌が全てを許す。金に糸目を付けない馬鹿な男達は、そうして彼女をこの店一番の稼ぎ頭に仕立て上げたのだ。

「レイラ、世の中には知らねぇ方がいい事もある。お前はその、可愛いらしい顔で俺達を持て成しててればいい」

 ウイスキーのロックを舌で転がすように楽しみ、組長は肩に回した手で女を潰れんばかりに抱き寄せながら話を遮る。子犬でも愛でるようなスキンシップに女はされるが侭に身を任せる。

「えぇー、内緒話しましょうよ! もっともっと楽しい事したくないですか?」

 レイラは負けじと攻めに転ずる。これまでのやり取りで踏み込んでも大丈夫なラインはかなり緩くなっている。谷間を見せ付けるように更に甘えた声を合わせれば、簡単に落とせると踏んでいた。

 彼女の人生戦略は愛人として生きる事である。まずは金持ちであればどんな男でも構わないと思っていたが、ナイトクラブに訪れる様々な客を見定めた中で次第にそれだけでは物足りなく感じてしまった。

 権力と金は決してイコールではない。どれ程に権力を持っていても、大概の男はあくまで限定的な物でしかない。金に余裕があっても、そんな事では彼女の渇望を埋めるには圧倒的に足りない。

 水商売の界隈で山田組の評判はよくないが、彼女からすれば金を落とす上客に他ならない。はぐらかされるばかりの関係性を更に深める為に彼女はこの瞬間勝負に出る。


 騒がしい店内に悲鳴が轟いたのは、そんな時であった。祭騒ぎに盛り上がっていた雰囲気を凍り付かせるそれは突如として姿を現した。

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