第十話 「土砂降りの空」 chapter 8
ネットニュースを見た野次馬達を掻き分けて、近藤はずぶ濡れになりながらも壊滅状態の山田組事務所であった筈の場所に辿り着いた。一酸化炭素除去中とアナウンスするドローンによって規制線が貼られて、その先にはガスマスクを着けた数人の男が事後処理に追われている。
この町に警察組織は存在しない。しかしそれでも人間は様々な問題を起こす為、必ずと言っていい程必要になってくるのが彼らのような清掃業者である。事件や事故に限らず彼らは現場に出向いて原状回復を一任されるその道の専門家達で、原因究明と共に費用を関係者に請求するハイエナのような存在ともされる。
「ナパーム弾が使用されたとの情報があります! 現場を見た貴方方の率直な感想を聞かせてください!」
ジャーナリストのような男が規制線の手前でドローンに阻まれながら声を荒げた。ネットニュースの記者なのか、大きな荷物を抱えて首からは一眼レフカメラと伸ばした右腕にはボイスレコーダーを持っていた。
時代錯誤な装いの男は雨合羽を着込んだ上に傘まで差して、この場に居座る腹積りが見え透いていた。世の中の人間は大抵の場合ゴシップを好む、炎が落ち着いた現場にはそんな彼らの好物が其処彼処に転がっているのだ。
「ーーおい、お前何時からこの場所に居た? こんな感じのガキを見なかったか?」
近藤はドローンと押し合う男の首根っこを掴みながら群衆を抜けて、黒猫の画像データをホログラムで投射して見せた。
突然の介入にジャーナリストは目を丸くしながら、近藤が堅気の人間ではないと察すると雨に乱れるホログラムを暫く凝視した。路地裏の壁に押さえ付けられたまま彼は頭をフル回転させる。
「此処に到着する前に、似たような子供を見掛けました。ふらふらとしていたので声を掛けましたが、子供とは思えない程の威圧感で睨まれたので……」
方向を指差しながらジャーナリストは媚びるように近藤の目を、機嫌を窺うように記憶の糸を解いていく。話を聞いた近藤は男を解放すると即座に走り出した。
壊滅状態の事務所前を、その溢れる人混みを力尽くで掻き分けて路地裏へ突き進む。今し方得られた情報はかつてない精度の高さである。焦燥にも似た気持ちが逸り、只管にターゲットを追い掛けた。
「ーー近藤! 何処に行くんだ?」
路地裏に差し掛かる所で大勢の手下を引き連れた男と合流した。動きを止めず、近藤は事の経緯を手短に説明する。並び立つ二人のやくざ者は、少年を目指して確実にその背中に迫っていく。
複雑に入り組んだ路地裏を緩やかに歩きながら、黒猫は想像以上のダメージによって地べたへ倒れ込んだ。目の前三方を壁に阻まれた彼は迷子になっている。雨が入り込まない事だけが取り柄の行き止まりで、心を落ち着けるように煙草に火を点けた。爆発に巻き込まれて意識を失ってから、どれ程の時間が経過したのかさえ今の彼には定かではない。
空も見えない路地裏の奥地で、無様に生き絶える訳にはいかない。その一心で黒猫は中空を睨み付ける。
「黒猫様、先程の事務所での件がネットニュースに上がっています。ライブ映像まで流れている事を考慮すると、山田組も本格的に動き出す可能性があります」
人工知能が浮かび上がり、拾ってきた映像を黒猫に提示する。野次馬に囲まれた爆発現場は随分と様変わりしていた。
「追っ掛けてくるんやったら、丁度ええわ。こっちから出向く手間省けて助かるやん」
霞んだ視界で垣間見た爆発直後の事務所は地獄と形容しても過言ではない程であった。野次馬が集まれると言う事は、少なくともそれが幾分か緩和されたと見て問題ない。体力的にも追い掛けて来る敵を待ち伏せする形の方が随分と戦い易い。
濡れたアスファルトの上を走る足音が遠く耳に届く。エルの情報通り、追手がすぐ其処まで迫っているようだ。黒猫は煙草を大きく一吸いしてから火を揉み消した。
大勢の足音に耳を澄ませて、行き止まりの路地で息を潜める。ゴミ箱の陰に身を隠して敵対する存在へと全神経を傾ける。
「この辺の路地は入り組んでるぞ、手分けして隈なく探せよ! まだまだ近くに居る筈だ」
遠くから怒号のような声が聞こえる。同調するように返答した足音は段々と近付いてくる。騒動を聞き付けたか或いはこれまでの四ヶ所の事務所の生存者が、直に追い付いてくる。
黒猫はコルト・シングルの撃鉄を起こす。場所が狭過ぎて使い道は限られるものの、虎徹も死角に沿わせるようにして臨戦態勢に入った。会敵を避けるべき状況に変わりないが、ただ黙って殺されるぐらいであれば諸共皆殺しにするまでである。
騒がしい足音と共に黒猫の潜む路地の行き止まりの前で気配が歩みを止める。目視せずとも相手が息を呑む音で、微かに緊張している事が読み取れた。
一歩一歩と慎重な足取りで接近してくる。黒猫は身構えて不測の事態に備えた。速さが何より物を言う。応援を呼ばれる前に全てを終わらせる必要がある。
「あーー」
雨に濡れて体に貼り付いた黒いスーツの男は黒猫を視認すると共に向けられた銃口を見て固まる。そのまま両手を上げて懇願するように彼の目を円に見た。
「……命乞いすなや、やくざらしく潔く死んどけよ」
爆発に巻き込まれても自身を殺そうと画策した四ヶ所目の事務所の男を思い返しながら、黒猫は目の前の情けない男を呆れたように眺める。
「俺を殺しに来たんやろ? 何人で来た? お前らもド派手な武器隠し持ってんのか?」
情報を引き出す為に尋問に掛ける、遊ぶ時間はない。黙りこくったまま冷や汗だけを垂れ流す男に彼は無意味な事をしていたと小さく溜め息を溢す。
「仲間の情報は売らんってか? 意地張る方向性間違えてんぞ、どの道お前は殺すんやけどな」
発砲音は目立ち過ぎる。銃口を前に成す術もない男の首へ虎徹を滑り込ませるように刺して、小さく呻いた男は完全に死亡する。ゴミ箱にそのまま男を投棄して、男の黒いスーツで刃に着いた血を拭い取った。
情報が取れれば大成功とさえ言えたが、それでも幾分かスマートに敵を瞬殺出来た事を考えれば上々のスタートを切れた。万全とは程遠いコンディションを加味しながら、黒猫は再び息を潜めて状況を探る。
雨垂れが撥ねて熱に火照る彼の頬をほんの少しだけ冷やす。揺るぎない闘争本能を潜ませて、路地裏は血に塗れていく。




