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under rain  作者: 亮太 ryota
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第十話 「土砂降りの空」 chapter 7

 混濁する意識が覚醒して、初めて見た景色は雨空であった。より正確には形容すれば透明なビニール傘越しのそれと激しい息遣いで自身を引き摺る白猫の顔がすぐ近くにあった。

「あんた、見掛けの割にどんだけ重いの、私まで死にそうなんだけど!」

 汗なのか雨なのか、顔を濡らした白猫の叫びに似た声で黒猫は薄らいでいた意識を完全に取り戻す。意識を失う前に感じていた背中の痛みは和らぎ、下半身がアスファルトを引き摺られる感覚のみになっていた。

「ーー何してんねん? 何でお前が此処におるんや?」

 状況を飲み込めない黒猫はされるがままに疑問を口にした。痛みがなくなっただけで、まだまだ疲労が抜けた訳ではない。

 両脇を抱えられたまま彼は山田組相手に油断していた自身の反省点を思い浮かべる。どんな兵器を使ったのかは定かではないが、エルにクラッキングを指示していれば少なくともむざむざ爆撃される事もなかったかもしれない。

 子供の遊びに興じず最初から相手を殲滅する事だけに注力していれば、白猫に助けられる事もなく未だに戦えていた。

「あんたの人工知能から救援要請を受けて助けてあげたの。先に言っておくけど、この貸しは大きいから。後で覚悟しときなさい」

 白猫の吐息が額に掛かり、黒猫はこの状況を徐々に煩わしく感じ始めた。密着状態の態勢から振り解こうにも言う事を聞かない。

「おい、もう大丈夫や。降ろしてくれ。もう分かったから、貧乳当ててくんな」

 黒猫は言葉で応酬するしかなかった。素直に思考を垂れ流して言った彼の言葉と共に、白猫から濡れたアスファルトへ落とされる。

「もうあんたなんか知らない。勝手に野垂れ死ねばいい」

 虎徹を納めた鞄を投げ出し白猫は怒りを滲ませながら捨て台詞を残して、路地裏をそそくさと歩き去っていった。何が彼女の逆鱗を撫でたのかは大方予想が付いたものの、特に気にする事もない日常茶飯事である。

 黒猫は精神を深く落ち着かせて、改めて作戦を練り始める。このままで終わらせては負けを認めた事と同義になる。体は少しずつ回復の兆しを見せ始めていた。

 不意に胸の辺りを締め付けるような感覚を感じて、緩慢な動きで雨に濡れて貼り付いたシャツを引き上げた。覗き込んだ胸元には包帯が何重にも巻かれていた。

 意識を失っている間に白猫が応急処置を施したのかもしれない。麻痺していた感覚が鮮明に蘇る。それでも問題はない。現に体は何とか動く。救援に応じたのが青柳であったならば、間違いなく強制入院を余儀なくされていた筈である。

 人工知能が青柳に声を掛けなかった筈もなく、余程手が離せない事情でもあったに違いない。助けに来たのが白猫で文字通り助かった。負けを認めるぐらいであれば、相手諸共巻き込まなければ気が済まない。まだまだ出来る事、やらなければならない事が黒猫には残されている。

 山田組への執念で体を奮い立たせて、黒猫は路地裏の薄汚れた壁を支えに歩き出す。雨に滴る髪が視界を覆って、その煩わしさに髪を掻き上げた。油断はもうない。相手には一切何もさせない。只管に因果を断ち切る。それだけがこの一連の胸糞の悪い話を終わらせる唯一つの方法である。


「ーー爆発だと? うちの人間でそんな大それた事が出来る事務所があったのか?」

 近藤は黒猫を待ち受ける為に奔走した山田組事務所を前にして、携帯端末から送られてくる目紛しい情報に様々な疑問が浮かんだ。

 山田組内でもまともな情報共有はあまりされていない。同じ組織に属しているだけで、本来交流は皆無である。組長直々の至上命令で動く今の状況であっても、それは数限りある信頼関係を結んだ者同士でしかとても命までは預けられないのだ。

「……組長がガキ一人を殺す為に、態々動く事自体が既にとんでもない事だぞ。ネットニュースじゃ話題になってるが、山田組でそんな兵器を扱ってるとは到底考えられない。裏で絵を描いてる奴がいる筈だ」

 指向性のスピーカーからは訝しむ声が聞こえて、近藤も頷くしか出来ない。母数の多い構成員を纏めるそれぞれの事務所に、均等に武器や兵器が行き渡る事は資本的にも難しい。国家が主導する組織でもない限り、先ず金銭が追い付かないのだ。

「黒猫って奴は其処にいたのか? と言うか、そもそもお前の予想思いっきり外れてるじゃないか!」

 到着した事務所は蛻の殻で、戦闘があったとは到底考えられない程整然と静まり返っていた。生活感すら感じさせない事務所の殺風景さに、彼は八つ当たりするしかなかった。

「ニュースに確定情報はない。コンタクトを取ってみてるが誰も出ない、爆発に巻き込まれて死んでるんだろうよ。最初にちゃんと予想だって前置きしただろ、そう熱くなるな。十中八九黒猫ってガキが動き出してると見て間違いないんだ」

 悪びれる様子もない電話相手に怒りを覚えたものの、このまま言い合っていても致し方ないと無理矢理に納得する。

 荒れ狂う天気を物ともせず、近藤は爆発があった事務所の方面へ走り出した。連続した三ヶ所の襲撃を受けて、予想された次の場所とは全く別の地点にあった。ランダムに襲撃する事務所を決めているのであれば最早足で総当たりするしかなくなってしまう。

「兎に角、攻撃する意思でもなければ爆発するような武器は使わない。先ずはその事務所に向かうべきだ、必ず何かある筈なんだ」

 暫しの沈黙の後電波の先の相手も同じ結論に至ったのを聞いて、近藤は通信を切る。先手を相手に取られた以上、踏み遅れた一歩の差を埋めるには動く他にない。神出鬼没なターゲットの行動に翻弄されながらも、着実に迫っている筈だと自らを鼓舞して走り出す。

 アスファルトを撥ねる雨粒と水溜まりを革靴が叩く音が連続していく。

 夕刻になっても薄暗い空は変わらず、人通りの少ない通りは殆ど彼の独占状態であった。降り頻る雨は止む気配も見せず、湿った空気は澱み世界を深く包み込んでいた。

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