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under rain  作者: 亮太 ryota
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第十話 「土砂降りの空」 chapter 9

 雨音に混じってまだまだ大勢の足音らしき反応が周囲を徘徊している。瞼を閉じて聴覚に神経を尖らせて、黒猫は今後の動き方を再確認した。最高のパフォーマンスにはイメージトレーニングが欠かせないのだ。

 人数は不明、分かる事は山田組の構成員が追い付いてきた事実のみ。追い縋ってくる以上は、黒猫を殺すつもりでいる事は殆ど確定している。と言うよりは山田組である事が、既に死すら生温い程に重い罪科なのかもしれない。

 既に敵の内一人を殺した。会敵次第容赦なく殺す他に道は残されていなかった。仲間の一人を殺された以上すぐにその異変には気付かれる。優位な位置から相手を確実に瞬殺する。臨機応変に組み立てた作戦は完璧である。

 黒猫は息を潜めて路地の様子を見て、足音が遠退いたタイミングを見計らって動き出した。雨が再び体を濡らして熱を帯びていく思考回路をクールダウンさせる。雨混じりの風が冷たく黒猫を包み込んだ。

 足音が迫り来る。次の犠牲者は慎重な歩みで路地を進んでいる。深く深呼吸する息遣いが手に取るように聞こえて、彼は敵を待ち受ける。

 虎徹はやはりこの場所では長過ぎる。路地裏で使うには使途が限定的で柔軟な動きには着いてこれない。コルト・シングルはニーズこそ満点でも唯一の欠点である目立つ発砲音が最早どうしようもない。

 肉体一つで相手を完全制圧する。武器の扱いは得てして徒手空拳の道に繋がっている。白虎と暮らす日々の中でも、刃物を使わない組み手は数知れず行われた。その上悪意と敵意に満ちた弱肉強食の世界を実地訓練宛らに生き抜いてきた。全ての経験が、今尚彼の覇道を裏付ける。

 

 降り頻る雨の中、迷路のように入り組んだ路地を進む。組が総出で命を狙う少年が今や手の届く範囲にいるかもしれない事を考えて、男の心は野心ではち切れそうになった。

 山田組の中でやくざ者として成り上がる為には、優秀な上司である若頭に取り入る事がまずスタートラインである。個人的な世渡りスキルや単純な肉体の強靭さだけでは、ある程度までしか成長は望めないのだ。

 如何に優れた者の下に付き従い、その者を押し上げる屋台骨に徹する必要がある。若頭が認められる事はその手下である舎弟の待遇にさえ恩恵が齎される。

 近藤という神輿はその基準で見ると、少し物足りないレベルであった。贅沢な悩みと言えばそれまでだが、近藤は単純な上昇志向に欠けているのだ。そんな状態でさえ着実な結果を示して若頭に登り詰めた事を踏まえて、間違いではない事だけが確かである。

 そんな男が事務所に残して留守番を任せた舎弟の為に走った。舎弟を捨て駒程度にしか考えていない上層部は大きな勘違いをしている。自らの手足となって働く末端にこそ、恩を売って然るべきなのだ。

 疑似的な家族の契りとしてだけでなく、本当に手を掛けて確かな絆を育んでいた。命さえ投げ出しても近藤を担ぎ上げなくては、そんな思いを胸に秘めて男は少年を探し回っていた。

 雨音の中、突如として空き缶が宙を舞う。路地の壁を跳ねて乾いた音が木霊した。全神経を集中して探索していた男は、無意識の内にその気力が途切れてしまっていた。

 路地裏に転がる空き缶を目で追って、視線が下へ下へと誘導される。その所為で男は遥か上空に佇む少年に気付けなかった。雨が途切れたように感じて視線を上に向けた時には既に手遅れだった。


 窓格子と庇を伝って高所に陣取った黒猫は敵を一人目視すると、音もなく飛び降りながら襲い掛かる。

「てめぇ! やっとーー」

 額目掛けた踵落としを決めて、崩れ落ちる男は何とか腕で庇ったものの自由落下まで加わった膂力の凄まじさには抗いようがなかった。

「一回、思いっきり踵落とし決めてみたかってん。案外、労力には見合わんな」

 体格が小さい彼にとって踵落としは物理的に使い所が殆どなかった。頭を抱えて蹲る男の後ろに回りながら黒猫は感想を述べる。

 背後から右手で顎を鷲掴みにして、空いた左手は逆側の首を固定するように軽く添える。両手を反対方向へ引き絞って、骨と筋肉が断裂する音が空虚に響いて男は絶命する。

 男の死体を路地裏に押し込めて黒猫は歩き出す。二人殺して残る人数はどれ程か、銃撃と違い一人一人に掛ける労力が多過ぎる。いっその事暴れ散らしてやろうかとさえ思う心を宥めた。

「おい、連絡が着かないぞ! 固まって動け、奴に違いなーー」

 すぐ近くから怒号が聞こえて黒猫は懐からコルト・シングルを取り出す。言った端から油断していた彼は三人を引き連れて路地裏を埋める男達と鉢合わせた。

 即座に銃口は一番手前の男を狙って撃ち出される。後続の三人は肉の盾となるべく、男を庇いながら身を屈めた。弾丸は男には届かず、手下の肩を撃ち抜いた。

「黒猫、やっと見つけたぜ!」

 腕をだらりと垂らしながらも、空いた手でトカレフを取り出して反撃の態勢に入った。忠臣染みた男の脳天を透かさず撃ち抜いて、後退しながらも銃撃を繰り返した。

 男を守りながら残る手下達も物陰へ身を隠した。戦いは一旦仕切り直しになる。山田組は絶えず乱射して盛大に弾を無駄遣いしている。黒猫はその間も次の一手を見出す為に思考を止めなかった。

 見つかってしまった事はもうどうしようもない。一旦あの三人を殲滅する事に集中するしかない。ちまちまと相手を削る必要がなくなった分、物事の進行は加速していく。路地を逆戻りしながら黒猫はある作戦を思い付いてしまった。

 転がしておいた男の身形を軽く整えて、物陰でまるで休憩でもしているように座らせる。どんな反応が見られるか楽しみに思いながら、黒猫は雨樋に足を掛けて周囲を見渡せる場所に陣取る。仲間に気を取られて油断した所を急襲すれば数的不利は簡単に覆せる。

 止む気配すら見せない雨に既に全身をずぶ濡れにされても、黒猫の体は対称的に燃えるように滾っていた。背中の痛みは最早意識の底奥深くに忘れ去って、純粋に敵を殺す為の機械に徹していく。

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