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under rain  作者: 亮太 ryota
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第十話 「土砂降りの空」 chapter 3

「黒猫様、室内の携帯端末から非常警報が発信されています。残念ながら送信先は特定出来ませんが、アラームを解除しますか?」

 粗末なセキュリティーに拍子抜けして事務所内を物色していた黒猫の隣に、人工知能のホログラムが浮き上がる。

「流石にそれくらいの防犯意識はあるんやな。まぁ放っとけ、どうせ此処に大したもんもない。次の場所や、さっさと案内せぇ」

 銀猫に聞かされていた情報とまるで噛み合わない事務所のその様子に、銀猫への苛立ちが俄に膨らむ。腹いせに室内を荒らすのにも黒猫は早々に飽きてその場を後にする。

 玄関先に立ててあった傘を奪い取り、降り頻る雨の通りへと出る。虱潰しに山田組を襲撃して回るしかないと気持ちを切り替えて、黒猫は次の目的地を目指す。

 通りは益々人気をなくして閑散としていた。殺しても殺して湧いてくる害虫掃除はまだ始まったばかりである。

 その後も三ヶ所程山田組事務所を回ってみたものの、銀猫の話が嘘と言われる方が素直に信用出来る程に彼らは何の準備も出来ていなかった。留守番でもさせられているのか、事務所内には一人ないし二人程がいるだけであった。

 情報収集の傍ら淡々と彼らを屠り、逆に猶予を与えても彼らは寡黙で時間を無駄にするばかり。気持ちはまだまだ折れていないものの、体力的に疲れが見え始めると彼は小休止を挟み込む。

 雨宿りにコンビニの僅かな庇から空を眺めながら、黒猫は煙草を燻らせる。馴染みのコンビニではなかった為、休憩の腹ごなしにはグレープフルーツ味のチューハイを選択していた。甘味の強い酒は苦手ではあっても酸味が強いチューハイであれば、黒猫でも美味しく楽しめる。

「ーー黒猫様、今から夜に掛けて雨は勢いを増していきます。急を要する予定以外での外出は、控えた方が懸命かと思われます」

 世話焼きな人工知能は黒猫の横に目線を合わせるようにしゃがみ込みながら、今日一日の天気の推移を伝える。妙な人間味を醸し出すエルを睨み付けて、チューハイを煽る。

「急を要するから、今こんなとこで雨宿りしてんねやろ。それより、さっきの非常警報はどうなったんや?」

 人工知能にアドバイスされるまでもなく、用事でもなければこんな日に態々出掛ける事もない。皮肉をたんまりとエルにぶつけながら、黒猫は状況報告を要請した。

「最初に訪問した場所から発せられたアラームが解除されました。推測ですが第三者が到着したと見受けられます。どのように致しましょうか?」

 放置してはいても観察だけは続けていたエルが黒猫に情報を伝達する。友達と楽しく会話するようなテンションで話を続ける人工知能に、黒猫の感情はとことん冷たかった。

「確認しただけや、何もせんでええ。どうせあそこには死体しかないんや。誰ぞが来たとしても、もう手遅れやねん」

 フィルターを焦がす寸前の煙草を弾き飛ばしてチューハイを飲み切ると、黒猫は立ち上がって体を解すように伸ばした。暫しの休憩を終えて再び行動を開始する。


 黒猫がコンビニでだらだらと過ごすほんの少し前、息を切らして人混みを掻き分けるように通りを走り抜ける男がいた。

 全力疾走を最後にしたのは何年も、下手をすれば何十年と昔の事になる。脂汗が吹き出して目に入った。視界が滲んで、喘ぐような息が漏れた。無力感が去来して、気持ちばかりが逸る。

 事務所から非常事態を報せる警告が届いた時、男は別の事務所を任された若頭と昼日中から酒を酌み交わしてそのまま眠っていた。

 たった一人の少年を殺す為に多くの犠牲が生まれ、とうとう山田組総力を持って敵討ちに出るお触れが出る。少数精鋭で切り盛りしていたグループは自然と協力して作戦に臨もうと、信頼の置けるグループと行動していたのだ。

「……くそがっ! よりによって、こんなタイミングで」

 恨み言が大きな独り言のように垂れ流される。急いで事務所に戻らなければ、とんでもない事になる。その思いだけが男を突き動かす。事務所に残してきた留守番役の舎弟と連絡が取れない。考えないようにしても、その理由はすぐに頭を過ぎる。

 散乱する事務所内に辿り着いた頃には、何もかもが終わっていた。蹲ったまま血と脳漿を垂れ流す舎弟を見て、男は力なく床に膝を着いた。

「ーー近藤、事務所はどうだったんだ?」

 携帯端末越しに安否を確認する声が聞こえる。たった一人の少年を殺す為に、若頭同士が協力してまで準備を進めていた。その結果がこれならば、何の為に多くの時間を費やしたのか。言葉が脳内で溢れて、無音のまま喉を通り過ぎていく。

「他の事務所にも連絡が付かない所があるみたいだ。おい、聞いてるのか? お前ん所は大丈夫なのか?」

 刻々と催促の言葉は棘を増やして、呆然と聞いている男を突き刺していく。心配されている事は充分に理解していたが、どうにも返す言葉が見つからない。

「……舎弟が殺されてた。事務所も荒らされてる。例の奴かもしれない」

 絞り出した答えを何とか伝えると、データでしか確認した事はない少年の顔を憎悪に塗れて思い浮かべる。山田組の怨敵に対して近藤は当初無関心であった。

 弱肉強食の世の中で生き残る為にはやくざ者としての絶対的な力が物を言う。たった一人の少年に殺された人間は、山田組と言う大きな傘の中に属してはいても弱く情けない人間に過ぎない。

 関係ないと勝手に割り切っていた。近藤は漸くその時になって始めて当事者となる。遅過ぎた覚悟が男の中で確と形になる。


「ーー絶対に殺してやる! 黒猫!」

 近藤の中で確固たる宿敵は定まった。人気のなくなって、荒らされた事務所内で怨嗟の炎が燃え広がった。

 何処までも続く復讐の連鎖、その循環に取り込まれた瞬間である。やくざ者としての彼の人生はこの時、避けられない運命の袋小路に迷い込んだのだ。

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