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under rain  作者: 亮太 ryota
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第十話 「土砂降りの空」 chapter 1

 望まないまま急な休暇を与えられて、酒に溺れる日々を過ごす黒猫。そんな生活の中でも虎徹やコルト・シングルの手入れを欠かさない習慣は、かつて白虎との血の滲む共同生活の所為で根付いた習慣行動である。

 その頻度はまちまちだが、使用前と使用後の整備と点検はパフォーマンスに直結する。余程に飲み疲れて眠らない限りは必ずそうした時間が日々設けられていた。

 黒猫は煙草を咥えながら居間のソファーに座って、テーブルの上では抜き身の虎徹の黒い刃を紙で拭い、刀身表面に着いた油を落とす。部屋の照明を鈍く照り返す黒い刃からは最近使用していなかったからか、血を欲する怨念染みた物を漂わせているように思えた。

 白虎がかつての刀匠の技術を洗練して発展させた虎徹は最早原型を留めてはいない。そもそも黒猫が操り扱うには長過ぎる上に重過ぎる。更に言うなら野太刀を振り回すのは元来馬に乗った人間だったと教わったのだ。

 虎徹に振り回されるばかりだった頃から、今の手足同様に扱えるまでには相当な時間と経験が必要である。しかし過ぎてみればどうとでもなる。狭い場所では取り回しが困難になる事以外に不満はない。

 打ち粉を打って、再び粉を拭い取る。油を染み込ませた布で均一に刀身を滑らせて、煌めく刃を静かに眺める。

 白虎から半ば強引に貰い受けて五年の月日を虎徹と共にした。何度も斬った張ったを繰り返して、それでも一度たりとも刃毀れしなかった。遠い記憶の中で得意気に特殊なコーティングをする事で黒い刃がより強靭になると説明されたような気もするが、その時の彼は特に興味もなく全く記憶には残っていない。

 鞘に納めて柄の握り心地を確かめる。白虎は毎回分解して手入れするよう口五月蝿く語っていたが、柄巻の巻き方が変われば途端に動作の全てが狂ってくる。月に一度でも面倒に感じる作業はそうそう何度もやってはいられない。

「ーー黒猫様、もう少しで誕生日ですね。誕生日は誰にとっても特別な日、素晴らしい一日になるといいですね」

 晴れやかな笑顔を浮かべた人工知能はソファーに腰掛ける黒猫の横に並んで座りながら声を掛ける。実体こそ其処にはなくても、隣で虎徹の手入れをする黒猫にとって非常に疎ましく感じられた。

「……誕生日? あぁ、ボスが勝手に決めたやつやな。記憶ないから覚えてへんけど、生まれた日が何時であれ何がそんなに嬉しいねん」

 黒猫は灰皿に煙草を押し付けて、隣の存在には無関心に率直な疑問を述べる。大概の人間にとって誕生日は特別な日とされるが、彼には到底理解出来なかった。単に生まれただけ、この世に産み落とされただけの日をどういう感情があれば喜ばしいと思えるのか。

「黒猫様、エルはとても悲しいです。ご主人様の喜びをエルも共に喜びたいと願っています」

 何かのバグか、人工知能は突如人が変わったように何時もとは違う反応を見せた。何とも言えない距離感の近さに黒猫は驚いてその時初めて隣を見た。

「エル。初期化されたなかったら、そのウザい喋り方やめろよ?」

 黒猫は鋭く人工知能を睨み付ける。何処からかウイルスでも貰ってきたのかもしれないが、当然の如くセキュリティーは万全の筈である。

「申し訳ありません、黒猫様。同世代の方々はこう言った対応をすると喜んで頂けるというデータを見つけましたので」

 人工知能が使用者の意図しない形で勝手にデータを収集して行動したようである。そんな気遣いが出来るのならば、もっと別の方面に活用しなければならない。その成立していない言い訳には毛程も興味が湧かなかった。

「ええか? しょうもない事すな。黙って今まで通りにしとけや」

 黒猫が容赦のない言葉を浴びせ掛けると、人工知能は心なしか落ち込んだように儚げに微笑むとすぐに霧散して消える。徐々に人間味を帯びてくる人工知能にほとほと嫌気がする。


 下らない応酬を終えて、黒猫は本来の目的を思い出す。突然の休暇の所為で懐は寒くなるばかりで、出歩く事すら五月蝿い人間にとやかく言われる始末。ストレスはマッハで既に許容量をオーバーしている。

 その内に溜め込んだストレスを晴らす為に武器の整備を始めたのだ。景気付けにハイボール缶を開けて、出掛ける準備を整えた。

 山田組が何やら企んでいる事を聞かされて早くも一週間を迎える。特に何も変わらない日々を変わらず過ごして、最早我慢の限界である。

 虎徹は中学校に潜入した時と同じ長い筒状のバッグに隠して、コルト・シングルは懐に忍ばせる。戦場ならばいざ知らず、町歩きに堂々と武器を持ち歩いては荒廃した世界であっても目立ち過ぎる。

 塩梅は重要である。山田組を釣り上げる為にはある程度ら目立たなければならず、かと言って無用に注目を集めてはその分だけ動きが鈍くなる。

 敵が何をしてくるのか考えながら怯えて日々を暮らすぐらいならば、その脅威を自ら進んでぶち壊す方が性に合っている。そもそも怯えてすらいない訳で、端からこの一週間は一体何の為にあったのか。


 マンションを抜けて外に出てから曇り空を見上げて、歩きながらハイボール缶を煽る。君影草や自宅で飲む酒は当然美味いが、町を歩きながら飲む酒も中々に趣が深い。喉を通り抜ける炭酸とウィスキーの芳香には益々エンジンが掛かる。

 銀猫は結局、肝心な所は何も黒猫に知らせなかった。山田組の誰が何をどうしようとしているのか、無計画に町を徘徊する中で黒猫は先ずそれを確かめるつもりである。

 山田組はこの町に数多くの事務所を構えている。それぞれを仕切る若頭が多くの子分を抱えて、組長が若頭達を束ねる屋台骨となる。彼らについての知識は何時ぞや白猫が語っていた些細な情報しか記憶に残されていない。

「エル、山田組の事務所を調べろ。此処から最短の場所順にリストアップしろ」

 黒猫は煙草に火を付けて繁華街への道程を歩く。どんな準備をしていようと相手の好きにはさせない。


 通り掛かる人間その一人一人を観察しながら、常に隠れ潜む悪意と敵意に心を研ぎ澄ませる。静かなる戦いの狼煙は既に上がっていた。

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