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under rain  作者: 亮太 ryota
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第九話 「灰烟る追憶」 chapter 7

「緒方さん。実際の所、黒猫ってのはどんな奴なんだい? 出向組の私達にはどうも、これ程までの段取りが必要かいまいち図り兼ねる」

 応接室の黒い革張りのソファーに腰掛けた男は騒々しい事務所内を見渡して、最後に窓際の上座に腰掛ける山田組の若頭へと視線を戻した。

「ーーそうだったな、あんた達からすれば何を大袈裟な事をって感じだよな。データを送る、それを見てからもう一度意見を聞かせてくれ……ビジネスの話はそれからだ」

 緒方は腕に付けたバングル状の携帯端末を操作すると、疑問を投げ掛けた外部の人間へ情報を開示する。送ったデータは黒猫がこれまでに屠ってきた山田組の若頭を始めとする多くの人間とそれに付随する損害の影響を纏めたものである。

 人身売買でシノギを上げていた林と連携して薬物の販売をしていた真鍋。既に隠居したもののかつては山田組に多大な貢献をしたとされる大物や、確証こそないものの隙間産業で着実に稼いでいた吉澤すらも黒猫の介入によって破滅させられたと噂されている。

 その他多くの構成員がこの町で黒猫に関わった事で命を散らしている事実が並べ立てられている。損害で言うなら幾らか搾り取った所で、少年一人に贖える金額ではなかった。

「こんなガキが、侍なんて時代遅れにも……銃も使うのか、いやしかし、武器を持った所で所詮はーー」

 リストを見繕った最後になって林の事務所に備えられていた監視カメラの映像を流すと、男は野暮な質問をしていた事を思い知ったように息を呑んだ。


「ーー人を見掛けで判断しちゃいけねぇ。これは正に、それを分かってなかった奴らのリストでもある。どうにも猫って名前は今の組長も因縁があるらしい。元公安の傭兵から見てどうだ? これだけの準備に納得出来たか?」

 怒りでも焦りでもなく、緒方の目は覚悟を決めた戦士の目をしていた。政府所属の警察組織である公安を退職して、裏社会を生きる傭兵になった男はそれを確信する。

「これだけの事をガキがやってのけたのか。軍属の人間でもこんな事、いやこの若さではあり得ないレベルじゃないか」

 兵器の融資と人員の提供、安くはない仕事に対する敵の脅威度は適正に思えた。片田舎のやくざ者だと若干の驕りを抱いていた自身を素直に恥じる事が出来る。

「まぁ実際どう思っていても、こっちとしては成果さえ出してくれりゃいい。山田組としてはそれが全てさ、なぁ森脇さんよ。油断して死なれちゃ恥の上塗りだろ?」

 悪戯に嗤った緒方を前にして森脇も吊られるように顔を綻ばせる。商売相手としては悪くない。最低限の建前さえあれば、本音を曝け出して話の通じる取引は仕事としても有難い。

「こちらから出す人員も出せる最大限の精鋭にしましょう。後で言い訳する事を考えてる余裕はなさそうだ」

 森脇は隣に控えた部下へ、見積もりが甘かった事を伝えてすぐにプランの練り直しを図る。兵器は元より、人員を割いてでもこの山場は勝ち取らなければならない。

「人員の方は出来高で申し訳ないが、報酬は約束するさ。死ぬ気はねぇが、もしもの時に備えて用意もしてある。後の祭りじゃ笑えないしな」

 言葉は冗談混じりでも緒方の表情は一切の遊びを感じさせない気迫に満ちていた。

 

 黒猫にとっての脅威が着々と進行していく中、当の本人はアルコールによる浅い眠りにうなされていた。こんな事になるのであればもう酒を飲みたくないと、何度も脳を思考が走る。しかしそんな思いは眠って簡単に忘れてしまう。そうしたループを只管に繰り返して今日まで生きてきた。

 ベッドから体を起こす。猛烈な怠さの最中で疲れているのに眠れもしない。窓からは灰色の空が朝を知らせている。夜明け前の少しの晴れ間はすっかり薄曇りになっていた。

「ーー黒猫様、おはようございます。朝の一時に清々しいミュージックは如何でしょうか?」

 人工知能がホログラム投射されて黒猫の顔を見て淡く微笑む。何とも間の悪い人工知能を彼は無機質に見た。

「いらん。余計な事すな、俺は今から寝るねん。着信あっても無視しろ」

 気分転換に煙草でも吸おうとしていた彼は鼻を曲げて再びベッドへ体を横たえた。深く目を瞑り、意識を睡眠へと傾けていく。未だ尚も眠れない、体中をアルコールが這い回るような感覚が奥底から迫り上がってくる。

 ふと目を開くと、人工知能が命令を無視したまま霧散せず黒猫を見ていた。笑顔を貼り付けて、人間の感情の真似事でもしているようだった。

「……何見てんねん? 何時まで突っ立ってるつもりや」

 憤りを隠さずに人工知能を睨み付ける。機械的思考しか持たない筈の彼女の視線に、黒猫は強烈に苛立ちを覚えた。

「失礼致しました。おやすみなさい、よい眠りを」

 流麗なカーテシーで人工知能は漸く姿を消すと、精々した気持ちで再び眠りへと意識を沈めていく。


 携帯端末と人工知能は現代科学によってより人間との親和性を培ってきた。人工知能達は生活を献身的に支える執事や家政婦の役割を全うする為、日々使用者との対話や生活を観察し学習していくのだ。

 人工知能との暮らしの中で、黒猫はつくづく彼らとの相性の悪さを痛感した。銀猫から与えられた携帯端末をそのまま使用しているだけで、エルに対しての愛着は一切ない。家電や設備を遠隔操作する為でしか、彼女を必要とする理由は其処にしかない。


 山田組が本格的に動き出すという情報も考えなくてはならないが、今の彼には全く身に入らなかった。元より何をするべきかは決まり切っていて、特段何かを変える事もない。

 益体もない思考が止め処なく溢れて、何度も同じ所を回り続ける。何時になれば眠れるのか、眠るとはどういう状態なのか、極まった疲労が何処までも深く広がっていき徐々に意識は遠退く。

 長い一日の終わりに、彼は全てを放り投げたように何もかもを忘れる。瞼を差す白い朝日の中でも、黒猫は深く深く眠りに就いた。

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