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under rain  作者: 亮太 ryota
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第九話 「灰烟る追憶」 chapter 6

「ーー山田組から手を引け、黒猫。やくざなんて辞めちまえ、お前は普通に生きれる。もう充分過ぎるぐらい強くなった」


 無言のまま暫く並んで酒を飲んでから、銀猫は一つ飛ばしの隣に座る黒猫へ唐突に語り掛ける。散々言われてきた言葉に反射的に反論しようとして、一瞥しただけで分かる彼の顔の真剣さに口を噤む。

 雰囲気がまるで違う。酔っ払っているから普段と違うと言う次元も遥かに超えている。確固たる信念を持って、相手を説得するようなそんな真摯な眼差しに思わず射抜かれた。

「……おい、今更何や? そんな事言われんでも、あんなゴミ共と仲良くする気なんか更々ないねん」

 黒猫は煙草を咥えると同時に意志を固めて、言葉を言い終えてから火を点ける。渇く喉を潤すように芋焼酎のロックを傾けて、覚悟を決めたように銀猫を睨む。

 やくざ者として生きる事を決めたのはあくまで黒猫自身の意志であり、誰であろうとその歩む道を指図される謂れは毛頭ない。例え自らの命を助けた恩人と呼べる人間であっても、それだけは決して揺らがなかった。

「武田から山田組の計画を聞かされた。こんな町さっさと出ていけばいい。あいつらも所詮この町でしか生きられない、その程度の虫ケラ共だ。大人しく引け、お前はこれ以上奴らと関わり合うべきじゃねぇんだ」

 何故逃げる事を最初から考えなければならないのか、弱肉強食の世界ではそれを負けと呼ぶ。銀猫の弱気に黒猫は疑問しか浮かばない。そんな生き方を選択するならば、初めて会ったあの時から既に道を間違えている。

「こんな町に拘りはないけど、山田組にビビって逃げるぐらいやったら、死のうがどうなろうがどうでもええわ。負ける気は最初からないけどな」

 黒猫は強情にも同じ言葉と意志で、銀猫の弱気な発言の全てを否定する。言論で矯正される性格であれば、そもそもやくざ者として今の今まで生き延びる人間ではなかった。


「まぁまぁ、二人共。折角久々に肩を並べてるんですし、今日は楽しく飲みましょうよ!」

 重く暗い雰囲気を盛り上げるべく、話が途切れたタイミングを見計らって湯気立つ料理を二人に提供した。

 一触即発の気配を漂わせていた二人は食欲を唆る香りに即座に毒気を抜かれる。毎度のようにマスターの振る舞う手料理は心を惹かれる不思議な魅力に溢れていた。

「だし巻き卵です。今日は冷えますし、案外どんなお酒にも合う魔法の料理ですよ」

 ふるふると柔らかな感触と出汁が香る料理に黒猫はそれまでの話には最早興味をなくしていた。勧められるままに箸を手に取り、熱い一欠片を口に含める。広がる豊かな風味と優しい卵の味が喉を滑り落ちる。後を追うように芋焼酎のロックが微かに冷まして、マスターの言葉に納得する。

「……マスター、確かにこれは美味い。でもな、バーボンには流石に合わねぇ。味が優し過ぎるんだよ、美味い事は認めるがな」

 銀猫もまるで人が変わったように、朗らかな表情でマスターの舌を疑う。食の好みはそれぞれ違う、酒の良し悪しや組み合わせは違って当然とも言える。

 面倒な話の矛先が黒猫から逸れた事に溜め息が溢れる。マスターの提案通りにだし巻き卵の横に添えられた大根おろしにポン酢を垂らして、それと共に味わえばまた違う美味さに疲れが吹き飛んだ。

「何にせよ、マスターの料理も食われへんくなるんや。益々逃げる選択肢はなくなったわな」

 出し抜けに黒猫はつまらない説得を先制して封じ込める。逃げて逃げて、生に縋り付くつもりはない。好きなように生きて、力及ばなければそのまま死ぬだけである。

「ーーてめぇは本当に言う事を聞かねぇ奴だ。あの日……あの頃から何も変わってない」

 怒りを滲ませながらも、銀猫は呆れたように黒猫を見る。その眼差しは遠い目で過去を振り返っているようでもあった。

「ボス、誰が言うてんねんて話やで、それ」

 挑発的に黒猫は買って出る。遠慮や謙遜は必要ない。二人の関係性は今後も変わる事はない。今のままで延々と続いていくのだ。


 二人が店を出る頃には、東の空から淡く太陽が空を明るく光らせていた。紫色の空がグラデーションを作って、ふらつく足取りの二人を仄かな温もりで照らしている。


「ーー黒猫、お前を狙って山田組が力を蓄えてるらしいぞ。警告はした、惨めに死に晒す真似はするんじゃねぇ。最大限の警戒で叩き潰せ。俺から言う事は以上だ」

 通りに出て無人タクシーを拾い、それぞれの家路へ着く瞬間になって銀猫は改めて黒猫へ忠告する。最初からその路線で話が進んでいれば、こんな明け方にまで続く事もなかった。どれ程論戦を交わそうとも相変わらずな言動に、黒猫は後ろ手に無愛想な返事をして帰宅する。


 悪意や敵意は至る所に隠れ潜む。黒猫達が飲み明かすその瞬間にも、町の片隅には計画を進める山田組が人知れず暗躍していた。


 路地裏を抜けて繁華街から少し離れたビルの中、山田組の数ある事務所の一角にはやくざ者が着々と兵站を集めている。

 鉄火場で血みどろの争いを生きてきた人間が束になっても、幼い少年一人にしてやられてしまった事実を彼らは認めなければならない。やられたままでは面子は保てないが、だからと言って油断していては先走ってむざむざと死んでいった輩達と大差はない。

 たった一人、それも子供を殺すには充分過ぎる程に準備を入念に進めていた。

 山田組には徹底された実力主義を象徴するように、誰にでも組長へ昇り詰める道が示されている。その足掛かりである若頭就任は、図らずも黒猫と言う存在によって多くの構成員にチャンスを与えていたのだ。

「ガキ一人だと甘く見てた奴らがどうなったか、知らねぇ筈がねぇ。やるなら徹底的にだ、俺が組長になったらてめぇらも俺に吊られて地位を上げる。この山、俺達で取るぞ」

 忙しなく動き回る事務所内の手下を鼓舞する男は、ブラインドの隙間から白む空を眺めて野望を燃やした。

 男のその心には微塵の油断もなかった。しかし彼一人がそう思っているだけでは話にならない。どうすれば一丸となって統率された動きを導く事が出来るのか、それだけを只々考えている。

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