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under rain  作者: 亮太 ryota
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第九話 「灰烟る追憶」 chapter 2

 呼吸を確認すると、銀猫は通りに並ぶ建物の死角へ少年を即座に連れ込む。発砲音とその被害者が血塗れで倒れている状況で、その場に留まる事は愚策である。何かしらの意図があって少年を襲撃した人間が、今も狙っている可能性を考慮しない訳にはいかなかった。


 ずぶ濡れのジャケットを脱ぎ捨て、余り濡れてはいないワイシャツの袖を破いた。脇腹から血を流している少年の傷口へと強く当てがう。更にジャケットを彼の体に縛り付けて、簡単な応急処置を終えると未だ動きのない通り沿いに目を凝らした。

 狭い建物の庇は雨宿りには到底向かず、しかし何処で狙っているか分からない襲撃者の事を考えれば安易に動く事も出来ない。

 煙草を買いに行くと事付けて盛大にサボタージュを決め込んでいた手前、猛烈な後ろめたさを感じながら銀猫は青龍に電話を掛ける。

「社長! 何時になったら帰ってくるんです? 今は患者さんがいないからいいものの、私は基本的に医師です。いいですか? 私は、貴方がサボる為にいる訳じゃないんーー」

 指向性スピーカーが不満たっぷりな青龍の声を伝えて、雨音の中でもそれが明確に聞き取れた。物資の補充をしていた彼を少しの間だけと言って誘い込み、事務仕事を押し付けていた事を彼はその時まで完全に忘れていた。

「ーー悪い。青龍、ガキが腹を撃たれて倒れてるんだ。すぐに来れるか? 場所は位置情報を辿ってくれ。それから、白虎も連れてきた方がいい」

 長くなりそうな会話を遮って、銀猫は事の顛末を端的に伝えた。彼の性格を知っているからこそ、それこそが一番手っ取り早い事を深く理解出来る。不満が完全に消えた訳ではないものの、深刻な事態に頭は即座に切り替わる。

「その子供に意識はありますか? 止血を最優先で、兎に角安静にしておいて下さい。白虎さんとすぐに向かいます」

 物分かりのいい返答を述べるとすぐに青龍は思い付く限りの対応を銀猫に伝えるとカメラを起動させて、少年の様子を事細かに映像を確認する。

「ガキの癖に、撃たれてんのに泣き声一つも出さない。大した奴だ、最速で来てくれ」

 静かに呼吸だけする少年の見てその異常性に驚きながらも、痛みを感じない訳がない事は経験上よくよく分かっている。見掛けよりも数段根性の座った戦士のような、そんな印象を年端もいかない少年に見た。


 不意に遠い日の記憶とその面影が重なって、彼は目を瞑ったまま横たわる少年にそっと手を伸ばす。濡れた黒髪が張り付いている額を撫で付けて、ほんの少しでもと水分を拭った。その行為の意味は薄くとも何かせずには居られないのだ。

 突如目を見開いた少年に安堵した瞬間、銀猫は濡れたアスファルトに組み伏せられていた。完全に油断していた事と単純に子供の腕力とは思えない強さとその技術に、彼の認識は置いていかれた。

 少年に伸ばしていた腕は関節を極められて、馬乗りにされた銀猫は雨垂れに濡れそぼっていく。状況を理解する頃には最早抵抗しようがなかった。

「随分と殺気に塗れてんな、とんだ野良猫じゃねぇか。周り全部が敵に見えてんだろ? 分かるさ、テクニックだけは完璧だろうーー」

 横目に見上げた子供の顔に強烈な殺意を受け取って、銀猫は濡れたアスファルトの匂いを嗅ぎながら言葉を並べる。その意気込みと実力は舌を巻くレベルの物であっても、少年には圧倒的に足りない事がある。

「ーーでもな、ガキの体重じゃそのやり方で長くは持たない。やるならやり切る勢いが必要だ」

 寝返りを打つように銀猫は少年を巻き込んで翻る。立場を逆転させると銀猫は脇腹の傷を考慮しながらも身動き一つ取れないように拘束した。

「心配すんな、ビビらなくてもいい。殺すつもりなら最初からそうしてる。今に医者も来る、ガキは大人しくしてろ。傷に障る、死にたくないだろ?」

 憎悪に満ちた双眸から少しずつ荒くれた色が引いていく。踠き苦しむような動きが次第に落ち着いて、少年の反抗心が消えたのを見取ると銀猫は拘束を解く。

 傷を負いながらも戦う意志と行動力を見せた少年に、銀猫は強く興味を抱いだ。深く目を閉じて、弱音一つも溢さず只々黙っていた。


「煙草買いに行って子供を拾うとは、数奇な生き方してるな。で、敵は何処なんだ? 態々こんな天気の日に俺まで呼んだんだ。どんな奴でも斬り刻んでやる」

 白いキャラバンのスライドドアが開いて、白虎は腰に差した長ドスを掴みながら勇猛に語る。目に飛び込んできた情報の嵐に、彼は即座に与えられた役目を見い出していた。

「お前らとの付き合いも、まぁまぁ似たようなもんだ。敵はまだ確認出来てないが、ガキ相手に発砲するような奴だ。警戒しながらじゃ治療も儘ならねぇだろ。保険だと思ってくれ」

 銀猫は頼もしい存在に状況を伝えながら青龍と白虎に指示を下す。少年の応急処置と周囲の警戒を分担して、ストレッチャーに傷を負った子供を乗せる。

 人工知能が行う自動運転の普及により、車社会は大きく様変わりする。今や運転技術は多くの人間にとって無意味な物となり、緊急車両以外は運転席そのものが取り払われている。

 青龍が所有するキャラバンは政府公認の緊急車両ではないが、特殊な改造を施されて自由に運転する事が出来る。医師としての活動にはどうしても必要であり、銀猫を始めとして重宝されていた。

 電子製品を嫌う白虎の病的なアレルギーもこの車両にだけは多少の抵抗を持つ。誰からも理解されないその曖昧な境界線は一向に計り知れないが、達人の名を恣にするその剣技と制圧性能は折り紙付きである。

「ーー急ぎましょう。社長、運転は任せます。腕、まさか鈍ってないですよね? 安全運転且つ最高速度でお願いします」

 青龍はそれだけを言い残して少年の容態を注意深く観察する。一般人向けの運転免許が廃止されたこの時代において、それでも趣味として運転技術を磨く人間は一定数存在している。銀猫はそんな希少な分類に属していた。

「俺を誰だと思ってんだ。ガキの方は任せたぞ、白虎も周りの異変には気を付けておいてくれ。さぁ、さっさと帰ろう」

 キャラバンのルーフを叩く猛烈な雨は勢いを落とさず、邪魔な物を根刮ぎ洗い流すように降り続けた。駆け足気味に町は煙に巻かれるように白く霞んでいく。

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