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under rain  作者: 亮太 ryota
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第九話 「灰烟る追憶」 chapter 1

「ーーおやおや、生憎の空模様ですね。それにしても、現政府にとって史上最悪とまで呼ばれた貴方のような方が、こんな片田舎でやくざ者として生きているなんてね」


 俄に冬の厳しい寒さが落ち着いて、過ごしやすい陽気も漂い始めた萌芽の季節。小夜時雨が静かに包まれた暗い町並みに漆黒の傘を差して二人の男が向かい合う。

「初対面の人間相手に随分と気安い奴だな。確か……公安の武田だったか? 政府のお偉いさんが田舎のやくざになんの用だ?」

 道化を演じる武田に銀猫は気怠そうに返した。面識はなくとも、相手が面倒な人間である事は既に割れている。黒猫に一時期付き纏っていた変態という認識が彼の中で樹立している。

「これはこれは、流石の情報網ですね。銀猫さん、いや違うな……天厄、世界を震撼させた貴方と、是非お話がしたいだけですよ」

 細い線のような雨が石造りの歩道に跳ねて、音もなく世界に溶け込んでいく。昔懐かしい響きの名前を呼ばれて、銀猫は武田を鋭く睨み付けた。


「その呼び方は気に入ってないんだ。まず何より語呂がよくない。それにな、俺はそもそも昔話が好きじゃない」

 武田は銀猫からの壮大な威圧感を浴びて、まだ幼いながらも末恐ろしい黒猫の過ぎ去りし日の姿を重ねた。山田組の天敵とも言える人間を前に、長話は命を懸ける程の覚悟が必要だと悟る。

「失礼致しました。しかし、猫と言っても貴方達は虎か豹って感じですね。機嫌を損ねて食い殺される前に手早く話を終わらせましょうか、山田組は近々、黒猫君へ報復する為に一斉蜂起します」

 裏切りとも取れる行動であっても武田にとっては全てが人生を彩る余興でしかない。彼が求める物は混沌のみで、予定調和には興味すら湧かない。

 依然不機嫌な面持ちは変わらないものの、今尚生きている事が何よりの成果かもしれない。万に一つ気に入られる事はなくとも、殺すには惜しい情報源程度の有用性は示せたと実感する。

「おいおい、てめぇは山田組の回し者だろ? そんな奴からの情報は説得力に欠ける。全然分かってねぇよ。黒猫に執心してる用だが、あいつはそんなタマじゃない。簡単に飼い慣らせるような奴なら俺だって最初から苦労してない」

 殺気を垂れ流していながらも、銀猫は話を続ける気になったように見える。尤もらしい意見は武田にも素直に同感出来た。首輪を嵌めた所でそれがまるで意味を為さない事は目に見えている。何よりそんな部分が強烈に唆られてしまっている感覚は、誰しもに共感を得られる物ではない。

 思わせ振りに近寄ってくる野良猫が追い掛けた途端に姿を消すような感覚、黒猫に対しての彼は何処までも恋に恋する少女然としている。あくまでその将来性と破滅願望にさえ似た彼の人間性が所以ではあっても。

「守秘義務がありますので余り言えませんが、私には私のやりたい事がありますので。嵐の前の静けさって事です。貴方達には最大限の警戒をお勧めします」

 肝心な所だけは暈かしつつも、不意打ちや策略に嵌められるような面白味のない終わり方は認められない。譲歩の限りを尽くして武田は銀猫に情報を委ねていた。

 訝しむような視線はかつて対峙した黒猫と瓜二つに感じる。こんな時代に生きていく人間はそう簡単に誰かに身を委ねたりはしないのだ。

「山田組とは昔、色々派手にやり合った。元々警戒はしてるが、政府のお偉いさんに心配されるまでもない。まぁ有難く利用してやるさ」

 銀猫は余計なお世話だと言わんばかりに、懐から葉巻を取り出すと優雅に煙を燻らせた。勢いこそ弱い雨も、時と共に町を湿気で包み込んでいく。井戸端会議には向かない天気にも武田はめげなかった。

「存じておりますとも。しかし、彼らは今や一国の軍隊程に力を貯めています。このままでは黒猫君は容易く殺されてしまうでしょう。おっと、これ以上は口を滑らせてしまいそうです。お時間取らせて申し訳ありません。またお話出来る事を楽しみにしております」

 エンターテイナー気取りにお辞儀をすると、武田は暗い闇に紛れて消える。傘に跳ねる雨音が劇を囃し立てるビートにさえ思える。弾むようなステップで夜の町を歩いた。


 銀猫は葉巻の煙を口の中で転がして、街灯に照らされる細い雨を掻き消すように豪快に空気を侵す。掴み所のない道化師のような武田に、初対面ながら不快感は限度額ぎりぎりである。

 元々飲みに繰り出すつもりだった彼は募る苛立ちを燃料に武田とは反対方向に歩き出した。雨の音だけに支配された町並みと硬い街灯の灯りが生み出す灰色の世界を見ると、ふと黒猫との出会いを思い起こす。


 約五年前のあの日、土砂降りの空には傘を差そうとも意味はなかった。只立っているだけでさえ、足許は愚か全身を濡らす程に天気は荒れ狂っていた。

 耳を劈くような雨の暴力の中でも、確かに銀猫の耳には銃声を聞き取る事が出来た。人生の全てが無駄に思えて、やさぐれたまま空虚な日々を過ごしてきた日々がほんの僅かに脈動を始めたきっかけだったのかもしれない。

 身の入らない仕事を部下に丸投げしてふらふらと雨に打たれて、何かに背中を押されるように不思議と彼は走り出す。

 大きな水溜まりの中、ずぶ濡れになった子供が其処にはいた。水溜まりは赤黒く染まって、うつ伏せに倒れた少年はとても生きているようには見えなかった。

 忘れようとしても忘られない痛みの記憶が甦って、銀猫は咄嗟にその少年を抱き上げていた。守る為に心身を鍛え抜き強くなった筈が、肝心な所で結局何一つ守る事さえ出来ずに絶望していた過去を振り切るように。

 雨に濡れたその顔を見て、脳に深く刻まれた消え難い映像と重なる。小さく開いた双眸と目が合って、生きている事に彼は何故か心底安堵していた。

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