表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
under rain  作者: 亮太 ryota
72/100

第八話 「居場所を求める者達」 chapter 8

 酒に焼けた濁声と暴力的な個性の渋滞。決して広くはないショーパブには、多くの客とホーネットを始めとする男女の境目を凌駕事態超越者達が飲めや騒げやの酒宴に興じていた。

 女王蜂と銘打たれた煌びやかな看板を貼り付けたその扉は見た目に反して意外と軽く、扉が開くと同時にアコースティックギターが掻き鳴らされる鬱陶しい仕掛けまで付けられている。

「ーーやだ、クロちゃんじゃない! いらっしゃいませー! シロちゃん達はもうとっくに来てるわ! 奥にどうぞー」

 カウンター席に腰掛けて客に撓垂れ掛かって、ごてごてとメイクした目を瞬かせていた男でも女でもない人間が店の入り口に立つ黒猫に抱き着いた。

 その態度と力加減の釣り合わない圧力を既の所で受け止めて、黒猫は縋り付くクイーン・ホーネット・オブ・マリアを押し退けて案内に従った。むさ苦しい程に情熱的な好奇の眼差しが突き刺さる感覚に鳥肌が立つ。


「お、初めまして、俺は橘。此処よりずっと下の都市から来たしがない労働組合のリーダーだ。シロから話は聞いてる。俺達の所ならこの町よりは安全に普通に暮らしていける。安心して任せてくれよ」

 大柄な体格に長めの金髪を光らせる男が和かに自己紹介をして握手を求める。逞しい腕が黒猫の前で静止した。

「……俺は別に心配してへんぞ。それより、下の都市って何処から来たんや?」

 握手に応じずカウンターに腰掛けて酒を頼んだ黒猫は、見当違いな男の説明に目敏く訂正を加える。何時迄も諦めず静かに待っている橘の手を乱雑に握り返して、進まない話の先を促しながら芋焼酎のロックを煽る。

「泥華楼って所さ、まだまだ発展途上だがいずれこの町にも劣らない都市にしたいと思ってる。俺がクロやシロより若い頃は危険地帯だらけだったが、今は仲間達と協力して利権に五月蝿い大人達を黙らせた」

 会って数秒で渾名が決められる程のその距離感に、黒猫は彼の図太さを嫌々ながら認める。聞いた事もない地名にとても想像は付かないが、白猫が納得した上で話が進んでいる以上は最早どうでもよかった。

「ーーそういう話を聞くと、この場所も含めて地下都市って信じられない。と言うよりは、実感が湧かないって感じか」

 白猫は烏龍茶をちびちびと飲みながら、二人の間で楽しそうに話に興じる橘を眺めて言った。酒に酔ったあの日の出来事を省みたのか、彼女は酒を飲んでいないようだ。

「ホントよねー。雨も雪も降るし、太陽も月も出るのに、此処って地下なんだもん。感覚的にバグっちゃうのも頷けるわ。皆、そんな事も忘れちゃってると思うし」

 ホーネットは大仰に白猫の呟きを拾って、体をくねらせるように身悶えしながら哀れみを漂わせて溜め息を吐く。その一挙手一投足の全てが艶かしい湿度を持つ。

 黒猫の頭は処理が追い付かなくなる。普段から見えている景色は当たり前に、実の所はまるで違う事を思い知らされる。地下都市に暮らしていると認知はしていても、実際に今過ごしているこの場所がが地下都市だとは到底思えない程に自然と成り立っている。

 朝になれば煌々と太陽が東から昇り、夕方には赤黒く町を照らして西へ沈む。雨雲に覆われれば雨が降り頻り、風が吹き抜けて町を濡らす。月は日々その形を変えて、名も知らない星々は瞬いては流れる。

 全ては人為的に作られた環境に人間はよく知りもせず考えもせず、只々流されて生きていくのかもしれない。黒猫も又、そんな有り触れた人間に他ならないのだ。


「今度時間があれば、俺達の都市にも遊びに来いよ。歓迎する。こんな派手な遊び場はないが、まぁ落ち着きのある場所を見てほしい」

 酒が進んだ橘は加速度的に饒舌になり、騒がしい店内に後押しされるように声は上気していく。徐々に距離感が近くなって、今や肩に手を回された黒猫は怪訝な顔をしながら話し相手をさせられる。

「もう分かったて、行けたら行くわ。気が向いたらな」

 行動を起こす気のない返事を適当に返して、黒猫は逞しい腕を振り払う。微笑みを湛えて彼らを見るホーネットは母親のようでもあり父親のようでもあった。

「旅行なんて何年もしてないわね。ヨッシーも一緒に行ってくればいいんじゃない?」

 無表情で踊り狂う特殊なパフォーマンスを終えて、肩で息をする吉澤へ唐突に話が振られる。タイトなドレスに身を包んだ彼の姿は既にあの頃の面影すらも感じさせない。

「いやいや、俺にはそんな事楽しむ資格ねぇよ。支援は続けたいと思ってるが、本来なら俺みたいな奴は関わるべきじゃないしな」

 自嘲するように吉澤は自らを諌める。罰を求めるその生き方をホーネットは見守る事しか出来ないでいた。

 彼の暗い眼差しは闇を見つめて暗く淀んでいる。悲劇的なまでのヒロイックを気取って、自身に酔い痴れる様は目も当てられない。


「ーー馬鹿じゃないの? しおらしく振る舞ってそれが何になるっての。あんたの覚悟はその程度だったって事よ。怖いなら最初から、何もしなければよかったんじゃない?」

 悲壮な顔付きの咎人へ白猫は嘲笑を向ける。彼女は弟妹を守る為に、自らの母親に手を掛けた。全ての恨み辛みを一身に受ける覚悟を持って実行に移した。決して哀れまれる筋合いもなく、強く生きるその姿勢を誰に何と言われようと今後も変えるつもりはなかった。

「……過去はどうしたって変わらない。ヨッシーが未来に何をするか、それを証明し続けるしかないのよ。罪は消えないけど、償いで身を滅ぼすだけが正解じゃない」

 冷たい言葉を浴びせた白猫の意見をホーネットは特大の愛でフォローに回る。人生経験の差は歴然で、言葉の重みはその場の誰よりも力強かった。

 何とも言えない表情のまま吉澤は固まってしまう。間違ってばかりの人生の只中で、初めて忖度なく本当の意味で賞賛されたような気分に動揺が収まらなくなる。

「なぁお兄ちゃんよ。何があったのか俺は何も知らないけど、まだまだ若いんだ。全てを諦める前に強く生きなくちゃな」

 無関係な立ち位置にあるからこその励ましと、景気付けの酒を酌み交わす気安さはある意味ホーネットさえ振り切る程に群を抜いていた。吉澤は勧められるままにグラスを空けると、ショーパブの熱気に当てられて熱い感情が噴き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ