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under rain  作者: 亮太 ryota
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第八話 「居場所を求める者達」 chapter 1

 昨夜の深酒が目覚めと同時に、体中の血管を所狭しと這い回る。そんな感覚に浮つく朝、寒気を感じて黒猫は毛布を被っていない事に訝しむ。猛烈な吐き気を感じながらベッドから崩れ落ちるように抜け出した彼は、居間へと負傷兵宛らに歩を進めた。

 暖房が効いた室内は何時ぞやよりは快適に過ごせて、テーブルの上に投げ出された煙草を取ろうとソファーを乗り越える。その瞬間になって、そこに毛布を頭まで被った何者かがその場を占領していた。

 片方を無理矢理剥ぎ取ると眠りこける白猫が其処にいた。

「……おい、白猫。何でお前が俺の家におんねん?」

 黒猫は煙草に火を付けながら、堂々と眠る白猫の頭を叩く。何故こんな状況になっているのか、まるで記憶もない彼には何も分からなかった。

 身動ぎと共に呻き声を上げて目を瞬かせた白猫は、自身を見下ろす黒猫を見つけて不機嫌な表情になる。

「あんた、何して……え、何処?」

 起き上がるなり彼女は混乱する頭を抱えて、状況把握に勤しんだ。白猫にも記憶がないとなれば、本格的に迷宮入りしてしまう事態である。どうにもならない状況下で、彼女の悲痛な唸り声だけが聞こえた。


「あんたが電話に出ないから、わざわざ私が君影草に出向いて。それからマスターがおでんくれたから暫く楽しんで、一杯だけ飲もうとーー」

 昨日の記憶を紐解いて白猫は出来事を順序立てて羅列していく。それに倣って黒猫も雁字搦めでクラッシュしている記憶を一から再起動させてみる。

「お前が一杯目で酔っ払って、絡み酒し始めたから怠なって、俺もお湯割り七杯ぐらいは飲んだ。ほいでから……」

 指折り記憶を掻い摘んで、黒猫は酒に焼けた声で喉を酷使した。彼の記憶の消滅ポイントは一体何処であったのか、それを反芻するように呟く。ぼやけた記憶のコントラストが徐々に鮮明になっていく。

「ーーは? 絡み酒? 私があんたに絡んでたの? 何の冗談? 笑えないんだけど」

 白猫は予想外な黒猫の言葉に鼻で笑う。彼女の自覚のない酒乱は暴力的でさえあった。

「お前な……溺れんねやったら酒飲むな。どうせ、お前が無理くり家まで着いてきたか何かやろ。俺も覚えてへんけど」

 自身の事を棚に上げて黒猫は白猫の酒の飲み方に苦言を呈する。酔っ払いが酔っ払いを蔑む違和感に彼は思考を放棄して、責任の所在を彼女に押し付けた。

「あ! 約束の時間! すぐに出発するから、準備しなさい」

 不意に腕時計を見た白猫は喉元まで出掛かった文句を無理矢理飲み込んで、慌てて身嗜みを整えると風のように部屋を出ていった。寝癖の付いた髪もそのままに、玄関の開く音が聞こえた。


「客を待たせるなんて、一体どんな教育を受けているんだ? こっちは高い金払ってあんたらに依頼を出してるんだ。その辺り、もうちょっと誠意を見せて欲しいもんだね」

 二人の遅刻を責めるクライアントである中年の男は、平謝りする白猫と眉根を顰める黒猫を交互に眺めて言う。立腹した様子で威圧的に貧乏揺すりして、白髪混じりの頭を掻き上げる。

「……何回同じ話すんねん。誠意て何や? 具体的に分かるように言うてみろや」

 通算三度に渡る同じ文言の繰り返しに、黒猫は張り詰めた空気に火薬を放り込む。品定めでもしているような相貌を睨み付けながら、彼は一切態度を改めはしない。一度たりとも詫びていない彼にその資格は無論なかった。

「本当に、申し訳ありません。ちょっとあんた、せめて黙ってなさい」

 白猫が隣で不遜な態度を一向に崩さない黒猫をきつく睨み付けて、邪魔をするなと言いたげにテーブルの下で彼を叩く。

 三人は黒猫達の所属するビルの近くにある喫茶店でクライアントとの打ち合わせに臨んでいた。顧客の要望によって、顔合わせと依頼の詳細な情報共有が目的である。

「ったく。これだから最近の若い奴らは、常識ってもんを弁えてないから扱いに困る。今回あんたらに処理して欲しいのも、似たようなもんだ。若いのに礼儀作法もなってない、ゴミみたいな奴らなんだ」

 黒猫に対して言葉を投げ掛ける男は挑発的にすら見える態度でマウントを取る。煽られる彼も静かに沸々と殺意が凝縮されていき、事と次第によっては何時爆発してもおかしくない状況になっている。

「ーーゴミ掃除。確かそういう要望を頂いていたと思いますが、具体的に言ってどうすればいいんですか?」

 白猫は貼り付けた営業スマイルを崩さず、険悪な二人の空気を散らすように話を進行する。煙草に火を付けてクライアントにその煙を吹き掛ける黒猫の太腿を抓りながらも彼女は一人果敢に奮闘する。


 不動産屋に勤めるこの男は所有するビルに居着いてしまった若者達に手を焼いていた。何度も注意したものの、若者達には何処吹く風でまるで効果がなかった。

 不動産屋としてはその土地で事件や事故が起こる事は職業柄見過ごせないが、土地活用に乗り出す彼の邪魔をする若者達には甘いやり方では何も意味を為さない。

 致し方なくゴミ掃除をやくざ者に頼む事にはしたが、決してあのビル内での流血沙汰は起こしたくない。土地の評判を落とさずに、邪魔者だけは秘密裏に排除する。それがクライアントの男が望む依頼の概要である。

「ーーゴミ共がどんな場所で野垂れ死のうとどうでもいいが、あのビルだけは綺麗なままにしておきたい。その辺は何を置いても、最優先にしてもらいたい」

 頻りにゴミと揶揄するその時に黒猫を一瞥しながら、男は話を締め括った。明白に喧嘩腰な彼に対して、黒猫は依然屈する事はあり得ない。


 最後まで陰湿な男の視線は黒猫を逆撫で続けたが、何とかぎりぎりで堪えて黒猫は話し合いの終わりを見届けると席を立った。

 失礼な態度を叱責する白猫が、只々平謝りでそれに続いて店を出る。執拗に呼び掛ける彼女の言葉に漸く振り返った黒猫。白猫はそんな問題児を鋭く睨み付けて無言の圧力を掛けた。

「何や? あのおっさん、客やなかったら一秒掛からんでも殺したるとこや」

 吐き捨てるように黒猫は言い放ち、白猫を置いてその場を後にする。どんな理由と金を並べ立てても、彼を本当の意味で縛り付ける事は困難を極める。

 喧嘩を売られてそのまま水に流しておける程、弱肉強食の世界は甘くない。黒猫は脳裏に焼き付いたクライアントの顔を忘れないようにしっかりと保存した。

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