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under rain  作者: 亮太 ryota
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第七話 「凍雲に眠る」 chapter 9

 その日は雪も降らず空気が酷く乾燥していて、それでいて痺れるような寒さだけが横たわるように町を覆い隠していた。

 カルト宗教の拠点である異質な支部教会が小火騒ぎを起こしたニュースは、町の事情通を架け橋にしてすぐに噂が広がる。火災による怪我人こそいないもののその団体の多くが銃殺され、撲殺され、毒殺されていた世にも奇妙な出来事は裏社会の人間のみならず一般人の耳にも入ってくる。

 元々特殊な精神性を持つ集まりである上に地域住民との隔絶は凄まじく、宗教団体内部での揉め事が火種となり複数の死傷者を出したのではないかとよく知りもしない好事家達に予想された。

 教会は結果的に小半損程度に被害を抑えたが、礼拝堂に続くシンボルは黒く焼け焦げて元からあった不気味な雰囲気はより鮮烈になる。その事故の後には噂が噂を呼び徐々に的外れで素っ頓狂な陰謀論に塗り替えられていく。


 三日程経過した夜の繁華街の外れ。あの日と同じように雪もなく乾いた寒気が身を凍えさせる空気の中、黒猫は君影草に足を運ぶ。店先にまで漏れ聞こえる繁盛の様子に、彼は一瞬躊躇ってから重い木製のドアを開いた。

 小洒落たジャズと冬を満喫するような店内の装飾、溢れ返る客で賑わうテーブルとカウンターは何時もの君影草とは随分と趣が違っている。

 外の寒さを忘れるような満開の笑顔で額に汗を滲ませたマスターがぽつんと空いたカウンター席の一つに黒猫を誘う。満員であればどうしたものかと、そんな考えが杞憂に終わって彼は通路を縫うように歩いてどっしりと腰を落ち着けた。

「ーーマスター、芋お湯割り」

 カウンターテーブルの小さなパーソナルスペースにポケットから煙草を取り出して、注文と共に紫煙を燻らせる。程なくして提供された陶器のカップを受け取ると、啜るように温かな甘みで喉を潤した。

「黒猫さん、もうすっかり冬って感じですね。お腹空いてますか? おつまみか何か作りましょうか?」

 分厚い中綿が入ったスカジャンに長いマフラーを巻いた黒猫の出立ちを見て、季節の移り変わりに微笑ましい表情を見せる。体が充分に暖まるまで彼は冬仕様の装いのまま過ごす。

「適当にええ感じで頼むわ、マスターのオススメで」

 陶器のコップで手を暖めながら、黒猫はてきぱきと調理を進めるマスターに抽象的な要望を出す。アルコールの吸収率は温度によってまるで変わる。呑んだくれの黒猫も冬場は酔いのサイクルが段違いに早くなっていく。

 二杯目のお湯割りが届くと同時に、カウンター越しにマスターから湯気立つ料理が手渡された。食欲を唆る香りと見掛けから温かみを感じるそれに黒猫は思わず釘付けになった。

「……まさか、おでんも初めてですか? これは腕が鳴りますね。火傷しないように、気を付けて食べて下さいね」

 マスターは興味深い反応を示す彼に腕捲りして気合を入れる。味の追求を至高とするマスターにとって、黒猫はかなりの上客である。

「中々美味いやん。芋にも合うし、冬には丁度ええな」

 出汁の旨味をふんだんに染みさせた大根を箸で小分けにして、噛めば解ける熱々の繊維質が最高の肴に思えた。凍えた体を暖めるには最適な料理を、更に追い掛けるようにお湯割りが進む。

「ーーそう言えば黒猫さん。二日前か三日前に火事があったの知ってますか? 何でも宗教団体の教会が被害にあったらしくてね、どうにも話に尾鰭が付いてて、何が本当か分からないんですが怖い話ですよね」

 オーダーに一段落が着いたのか、マスターは休憩がてらに黒猫に世間話を持ち掛ける。

「何や、そんな燃えてたんか? 深淵……とか何とかやろ? まぁあの手の連中がどうなろうが、知ったこっちゃないわ」

 事もあろうにその真犯人である黒猫は、既に記憶の彼方に消えた案件を思い起こそうとして酷くうろ覚えな記憶に思考を放棄した。名前も顔も、全てが朧げに揺蕩う。

 たった二、三日で忘れられる程度の事。彼にとっては所詮それだけである。進む酒が彼に大概の事全てをどうでもよくさせていく。

「確かにね。子供達にとっても、あの団体はあまりよろしくなかったですし。彼らも大人しくなってくれれば、娘を持つこちらとしても文句はないんですがね」

 苦笑いを浮かべてマスターは黒猫の言葉に曖昧な同意を見せる。客商売の手前もあるのか、彼は他人の悪口は極力発しない人物であった。そんな人物が難色を示す人間の生き様は、確かに教育上宜しくないのかもしれない。

「何やったっけ、愛は地球を救うとか抜かしてたんや、どんな困難も愛の力で乗り越えていくんやろな。知らんけど」

 酔いで饒舌になる黒猫は食べやすい温度になったおでんの厚揚げを口に放り込んで、大きく少し冷めたお湯割りを煽った。


「あんたって本当馬鹿。どの口がそんな事言ってるの? そのぶっ飛んだ脳みそデバッグしてもらいなさい」

 楽しげな酒の場を冷徹に斬り伏せるような冷たい声が、黒猫の神経を逆撫でる。肩越しに睨み付けた先には黒猫以上に防寒仕様に包まれた白猫が立っていた。

「……五月蝿い奴やな。白猫、何でお前が此処におんねん?」

 興醒めした黒猫は三杯目のお湯割りを所望して、人形のような眼差しから目を背ける。一瞥しただけで酔いが薄れる感覚に、体は更にアルコールを欲していた。

「何度も連絡したのにあんたが折り返さないから直接に言いに来ただけ。明日朝から仕事だから、飲み過ぎないように。聞いてないって言い訳は通じないと思いなさい」

 白猫は一方的に用件を伝えると、すぐに踵を返して君影草から出ようと歩き出す。マスターがそんな彼女に折角だからと呼び止めて、あろう事か黒猫の隣のスペースへと手を向ける。

 カウンターを埋めていた客達にマスターが願い出て、通常よりも狭いながら一人分の席を用意する。テーブル席の余りを白猫の為にカウンターへ捩じ込むと、和かに彼女を待ち受けた。

「まぁまぁ、外は寒いですし、せめて暖まってからでも遅くはないでしょう? 夜はまだこれからですよ」

 黒猫にそうしたように、白猫にもおでんが振る舞われる。居座る気もなかった彼女はその温もりの魅力に根負けして、彼に誘われるまま黒猫の隣に腰掛ける。


 冷え込む夜は賑わいと共に更けていく。何事もなかったように、人間の意思も何もかもを気にも留めずに。

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