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under rain  作者: 亮太 ryota
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第六話 「翼を捥がれた鳥」 chapter 6

 突然号泣する少女に黒川がどうしたものかと呑気に考えていると、マンションの屋上へ続く少し錆びた鋼鉄の扉が勢いよく開いた。

 額に汗を滲ませて、息も絶え絶えな様子の長野が現れる。飛び込んできた光景とその状況を見て彼の脳は高速で演算処理を終わらせる。

「ーー黒川君! 見損なったよ、まさか君まで石川を虐める側だったなんて、そんな事! 僕が絶対に許さない!」

 長野はフェンスを挟んで向かい合う二人を見て、当然の帰着を辿る。激しい怒りに震えて、かつて自身を救った存在に殴り掛かった。涙を堪えながら、とても喧嘩慣れしているとは言えない粗末な動きで。


 黒川は約一ヶ月の間、スーパーヒーローとは何をする存在なのかを考え続けた。そもそも校長の求める仕事とその達成条件には論理的な矛盾が見られる。サボタージュを決め込んでいたのは何も、やる気が起きないという理由だけではなかったのだ。

 勿論、言い訳をするつもりはない。やる気が起きない事もまたどうしようもない程に事実である。

 そして彼は漸くその答えの一つに辿り着く。スーパーヒーローにはなれない。あくまで彼に出来る仕事は反面教師以外にはあり得ない、と。

「君をカッコいいと思ってしまった! 一方的だとしても、僕にとっての憧れだったんだ! それなのに何でだ!?」

 怒り悲しみを吐き出して、長野の遅過ぎる拳が黒川の頬に衝撃を与える。動きは悪くとも、確かに何かを守らんとする強い拳であった。とても裏社会では生きていけない温もりさえ持ったその拳は、蔵猫にとって痛みよりも別の何かを感じた。

 黒川は敢えて避けずに、その拳を堂々と受け入れる。彼はたった今仕事モードに切り替わった。景気付けの一発には充分である。

 そんな気持ちとは裏腹に、胸倉を掴んで見様見真似のファイティングスタイルは中々見るに堪えない。


「ーー本当に! 申し訳ありませんでした! 全て僕の勘違いです。このままじゃ気が収まらない! 頼む、僕を殴ってくれ」

 壮絶な感情を込めた並以下のパンチを受けて、石川は号泣していた事すら忘れてフェンスをよじ登って黒川と長野の間には割り込んだ。

 石川の取り成しと誠心誠意な態度に、遅れて真実を察した長野は自らの非を大仰に詫びる。状況的に致し方ない部分は多々にあっても、碌に聞きもせず黒川を悪人と決め付けて殴ったのだ。

 黒川が途轍もない強さで五人を手玉に取っていた現場を見た彼の心中は生きた心地もしなかった。殺されたとしても文句の言い様がない。


「……気にすんな、このけじめは焼きそばパン一週間分で許したるわ。それより長野、お前もやれば出来るやないか。何であんな奴らに、好き放題やられて黙ってるねん?」

 黒川は頬の事は気にも留めず、長野が根性を発揮した事に言及する。それはそれとして、けじめだけは求めた。少ない学生としての生活の中、唯一彼を満足させた物である。

 喧嘩に勝てるかどうかは一旦置いておいても、殴り掛かるその気概が最初からあればあの日見た状況には到底なり得ない。


「ーーそれは私が悪いんです。拓海……長野は私を庇って、紗代だって私の、私の所為で!」

 土下座する長野の横で、石川は悲しげに彼を庇う。互いを思い合う幼馴染の二人に黒川は難しい表情のまま黙って見ていた。

「そんな事言うなよ。福井も……俺も、幼馴染が虐められて黙って見てるなんて出来なかったんだ! 悪いのは、あいつらだろ?」

 石川の肩を掴み言い聞かせるように長野は言う。その言葉は途中から涙に濡れて、更に釣られるように石川も泣き崩れていく。


 長野拓海は男女の境界線すら感じない年頃から二人の幼馴染と共に成長してきた。家が近くて事ある毎に遊んだ二人の少女と、少し距離を感じ始めたのは徐々に体が大きくなってからである。

 楽しく話す事自体は出来ても、心の何処かでは何かが違うようなそんな言い知れない感情に悩まされる。二人と過ごす時間は彼にとって当たり前で、それでいて心なしか羞恥心も感じてしまうジレンマは凄まじかった。

 そんなある日、石川美穂が同級生の女から虐められている現場を偶然にも目撃してしまう。相手は女で、自身は男。決して超えられない壁が確かにある。それでも尚冷静に状況を見ている冷めた自身に嫌気が差して、体は言う事も効かず動き出していた。

 泣きそうな顔で俯く幼馴染の手を取り、長野は同級生の女達を押し退けてその場を後にする。汚い罵声に歪んだ石川を、彼女にだけ聞こえる声でそんな事はないと全否定する。

 その時になって長野は、幼馴染である事以上に石川を大事に思っている事を本当の意味で自覚してしまう。

 友達としてではなく一人の女性として、何を失ってでも守ってみせるとその時彼は心に誓った。


 そんな二人を見て、もう一人の幼馴染である福井紗代は決死の覚悟で行動に移した。三人の中で最も活発だった彼女は、石川を虐めていた同級生に堂々とぶつかる道を選ぶ。それが連鎖する悲劇の切欠になると、よもや長野と石川には知る由もなかった。

 福井の行動力が災いして、石川に向けられていた嫉妬に近しい悪感情は爆発する事になる。女同士の小さな諍いが地域の不良達にまで波及して、三人は加速度的に陰湿さを極める虐めに晒されていったのだ。

 自身を責めて距離を置くよう石川に言われても、彼女は懸命に戦い続ける。折れる訳にはいかないと、心を奮い立たせる。

 負けないと決めていた彼女を、残酷な世界は容易に破壊する。石川を虐めていた同級生の女は不良達を陰で操って、拭い去れない傷を福井のその身に刻み付けた。

 気丈に振る舞う彼女を心配して、石川や長野も何とか守ろうと一致団結する。しかし、それは既に手遅れであった。


 夏の終わり。心と体を徹底的に傷付けられた福井は幼馴染二人に謝罪のメッセージだけを残して、彼女達の通う学校を前方に臨むマンションから飛び降りた。

 その死体の腹には子供を宿していたと、長野達は後になって知らされる。

 腹に据え難い激情とどれ程溢れても尽きない痛哭に、残された幼馴染二人は何も考えられなくなる。

 

 奇しくもその現場に居合わせた黒川は暗く沈み込んでいく空気を入れ替えるように、煙草に火を点けると変わらず冷たい青空に煙を吐き出す。

 まさか彼が学生として潜入する事になる原因と知らぬ間に接触していた事に因縁めいた物を感じた。

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