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under rain  作者: 亮太 ryota
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第六話 「翼を捥がれた鳥」 chapter 4

 厳かな静けさを纏って、校長室には燦々と朝陽が差し込む。社長室とはまた趣の違う設えは、木材を基調とした古式ゆかしい雰囲気である。

 来客用の応接スペースに向かい合う人間の醸し出す空気さえ穏やかであれば、随分と落ち着いた安らぎの空間になり得たかもしれない。

 何を怒っているのか判断は付かないが、どうにも面倒な相手である事だけが理解出来た。


「ーー転入初日に寝坊した上、問題まで起こすのは関心出来ませんね、社会的なルールを守るのは人として、当たり前の事です。それから、刃物なんて学校に持ち込まないで下さい。一体どんな理由があれば、そんな物を持ち歩く理由になるんですか? 聞いてます? 黒川君」

 険しい顔付きで粧し込んだふくよかな校長は、馬の耳に念仏を唱える。黒猫が学校に潜入する為に与えられた偽名を呼んで、彼女は真摯に問題児と向き合う。

 裏社会を知らない平穏な日常の中で、伸びやかに生きてきた人間と彼はとても相容れない。


「……その問題は俺が悪いんか? あのゴミ共が長野とか言う奴を虐めてて、俺はそれに巻き込まれただけやんけ」

 黒猫もとい黒川は約束の時間を守らなかった事は水に流して、彼女の言う問題に訂正を求める。最終的な過失割合は彼の過剰防衛に他ならないが、事の発端は長野とそれを虐めていた人間達にある。

 本質から目を逸らして綺麗事を並べ立てる校長へ、彼は釘を刺すように指摘する。

「人に対してゴミだなんて言ってはいけません。長野君達からも話は伺いますが、何より危険なのは黒川君のように思えます」

 苦渋を舐める顔付きで校長は黒川に指導を繰り返す。取り付く島がない彼女の発言とは一向に噛み合わない。それに何より生きる世界が盛大にすれ違っている。

「もうええわ。それよりボスから依頼内容はあんたに聞けて言われてる。で? 俺みたいな奴に何してほしいねん?」

 舌打ちを一つ構して、黒川は苛立つ心に折り合いを付ける。言葉の通じない人間とは必要最低限の対話で、互いに干渉しない方が効率的に話が進む。


「舌打ちは円滑なコミュニケーションを阻害します。黒川君、貴方はこの学校で勉強以上に、もっと大事な事を学ぶ必要がありそうです。話が逸れましたね、私が貴方に求める事はーー」


「ーーつまり、黒川君。貴方はこの学校のスーパーヒーローになって欲しいのです!」

 一方的なマシンガントークの最後、校長は決め顔と指差しを持ってとんでもない要求を黒川に叩き付ける。

「……何を言うてるんかよー分からんけど、スーパーヒーローなんかになれる訳ないやん」

 黒川は信じ難い物を見る眼差しで、現実的に達成不可能な依頼に頭を抱える。創作のストーリーでもない限り、外部から介入した人間が簡単に内部の問題を解決出来る筈もない。

 大の大人が何を言っているのか、本気で何も理解出来なかった。

 

 校長からの依頼は、凄まじく理解に苦しむ物である。

 彼女が務めるこの学校は、三ヶ月前に生徒が自殺した事で騒然となる。その生徒は長い間虐めを受けており、怒り狂った保護者達や世間の声に押されて学校は虐めの撲滅に動き出す。

 虐めのアンケート調査や生徒や教職員の心理カウンセリング、虐めへの認識を深める為の講習会など大人が出来る事は全て徹底的にやってきた。

 表面上はこの学校から虐めは確かになくなった。あくまでそれは表面的な解決でしかない。それでも尚生徒を常に監視するようなやり方が長く効力を発揮する訳もなく、実際に黒猫が経験したように虐めはより陰湿に先鋭化する結果となっている。

 最初から結末の見えていた話である。大人であっても小さなコミュニティーの中では力関係の強弱があるように、当たり前に虐げる者と虐げられる者が生まれる。子供と言うには体も心も大人びている中学生に、虐めは間違っていると上から目線で諭した所で説得力はない。

 頭を悩ませた結果、校長は昔ながらの付き合いである銀猫に頼る。大人の話をまともに聞かないのであれば、同世代の子供が何かを変えるきっかけになるのではないか。

 藁にも縋る思いを込めて、彼女は潜入した彼にスーパーヒーローになれと宣うのだ。


「……具体的な依頼を言うてくれな、どうしようもないやん。虐めをなくせって言いたいんか? それこそ、我がらで出来もせん事やろ」

 黒川は校長の長い話を噛み砕いて咀嚼して、彼女の望む依頼達成の条件を問い詰める。無理難題な要望は今に始まった話ではないが、肝心のスーパーヒーローになる基準がそもそも提示されていない。

「勿論、虐めはなくしたいと思ってますが、黒川君の言うように責任逃れに思われるかもしれません。私が貴方にして欲しいのは、生徒達の中から今も悩める人達を救うヒーローになってほしいのです」

 校長は漸く本題へと話が進み、黒川の具体的な仕事が決まる。どの道彼には荷が重過ぎる案件ではあった。

 虐めをなくす事は不可能であっても、何かしらの成果を目に見える形で残せば依頼達成。最悪適当にでっち上げてしまえば話は収まると、彼は密かに悪巧みを巡らせる。


「ただし! 今日のような問題行動は、一教職者として見過ごす事は出来ません。いいですね? 刃物は何があっても使わないと誓ってください。そして黒川君、出来れば仕事としてだけでなく、学生の一人として勉学にも気を向けてみて下さい。きっと、見える世界も広がると思います」

 校長は黒川の虎徹入りバッグを指差して、最終確認を取る。要求の多い彼女に黒川は深い溜め息を吐いた。


 虎徹を没収された黒川は空吹かし気味の心持ちで、転入生として教室へと案内される。やる気のない自己紹介に騒つく室内を物ともせず、彼は興味なさ気に周りを観察した。

 同じ制服を着て、同じような顔立ちで狭い教室に整然と並ぶ。教育と言う名の呪縛が社会と言うのであれば、黒川にはそんな物は何一つとして必要とは思えなかった。

 澱んだ空気に酔いそうになりながら、黒川は空白の席に腰を落ち着ける。木製の座面は座り心地も悪く、ゆとりの少ないパーソナルスペースにはストレスがマッハで降り積もる。

 未だかつて経験した事のない学生生活が始まる。

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