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under rain  作者: 亮太 ryota
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第五話 「囚われのマリオネット」 chapter 6

 ホテル街の外れに、立地条件の悪さや自殺未遂事件が重なった結果売りに出されたこじんまりとしたビルがある。祭の喧騒も遠くなる裏路地の一角に白猫は並々ならぬ闘争心を持って立ち止まる。

 居所を聞き出した彼女は長きに渡る因縁を終わらせるべく、闘志を熱く燃やした。


 見掛けこそ廃墟じみた外装でも、重厚な鉄のドアに一歩足を踏み入れれば別世界のように見違えている。時代錯誤でちぐはぐな西洋館を思わせる内装は母親のどうしようもない趣味の悪さの賜物である。

 白猫は湧き起こるトラウマの日々をその景色に重ねた。徹底的に壊したと満足していた自身を呪う彼女は、殺すべき相手を一部屋一部屋手当たり次第探索していく。

 四階建てのビルの最上階のフロアに行き当たり、白猫はよく知る母親の性格を煩わしい気持ちで再認識する。

 息を潜める必要はない。毎日のように男を取っ替え引っ替えするような阿婆擦れに警戒心は微塵もない。どんな些細な事も、あれに掛かれば悉くが汚らわしく成り下がる。


「ーーもぅ、待ってたよ。遅かったじゃん!」

 パーテーションだけで仕切られたベッドルームから、背筋が凍る程に恐ろしいあの頃のままの声が聞こえた。

 甘い香水の濃密な波動には嫌な思い出が付き纏う。顔も確認せず部屋へ入ってきた人間を出迎える母親の不用心さには目も当てられない。


 意を決してパーテーションの布を振り払う白猫。一人で使うには大きすぎる巨大なベッドの中央に、あられもない淫らな姿の母親を見つけた。

 手錠で両手を体の前に繋ぎ止め、漆黒のフリルがあしらわれたアイマスクで目を覆い隠す。足音だけで白猫の方を向いて猫撫で声を上げる裸の女、それが白猫の母親という人間である。

「お母さん、あの時から何も変わってない。全部、終わらせるから」

 白猫は寸前まで激情に駆られていた事が嘘のように舌が滑り、発せられるその声は落ち着いていた。憎悪が消えた訳ではないが、殺したい相手を前に不思議と静かな精神状態で醜い母親を見る。

「……結愛ちゃん? ちょっと待って、本当に結愛ちゃんなの?」

 想定していた相手の声と違い、一部界隈で女神と称される母親がアイマスクを少しだけずらした。驚きと喜びを併せ持つような眼差しが白猫を射抜く。


 何も変わっていない女神の顔に白猫は更に凍り付いた。七年前、決別の時に彼女を執拗なまでに殴った。ティーカップは最初の一撃で砕けて割れ、それでも構わず殴り続けた。大量の切り傷に血だらけになった母親を置いて、白猫は悪夢のような日々から逃げ出した。

 確かにその筈だったのだ。

 生まれ落ちてから物心がついてから七年前の決別までの記憶と変わらず、あの日とそのままの姿で母親の時間は完全に止まっていた。


「……その名前は捨てた、あんたの娘はあの日死んだ。やり方が甘かった、あの時ちゃんと殺してれば、こんな悲劇はとっくに終わっていた」

 ベレッタを構える白猫。決意を改めて、その銃口は裸の女神を射程に捉える。

「結ぶ愛でユア、私のお気に入りの名前なのに酷いわ。妹達と弟にも、飛び切り可愛い名前をあげたのに。ママの愛が伝わってないとか辛いわ」

 母親は拳銃を向けられて尚も、甘ったるい猫撫で声はそのままだった。大きく成長した娘との再会がそんな事を忘れさせているのかもしれない。

 頭痛がするような苛立ちを覚えて何とか寒気を我慢する白猫。相変わらずのその性格に、彼女の肩肘は強情に張っていく。


「客を取らせて、愛が何だの洗脳してるだけじゃない。全部壊してあげるから安心して死になさい」

 白猫は女神の全てを否定して、極限まで高めた殺意に身を委ねる。


「ーーやめて! ママをいじめないで!」

 悲痛な叫びが引き金に掛けた指を強張って動けなくさせる。

 背後には少年と言うにも幼く感じる子供が涙を堪えて立っていた。話に聞いていた弟なのか、こんな子供すらも女神からすれば商品の一つなのだ。

「コーラ、愛蓮ちゃん。今日は自分の部屋から出ちゃダメって言ってあったでしょ? ご褒美なしでもいいの?」

 場に削ぐわない女神の声に、それでも子供は勇気を見せる。固まる白猫の前に立ちはだかり、母親を身を挺して庇う。

「アレン? 子供は、あんたのペットじゃない! あんたも子供の癖に、出しゃばり過ぎよ。死にたいの?」

 図らずも女神の所為で白猫は平静を取り戻して、沸々と湧き上がる怒りが初めて対面する弟にまで及んだ。

「ママを守るのは僕だ! お前なんかやっつけてやる!」

 取るに足らない小さな壁、突けば崩れる脆いバリケード。白猫にとってそれは何ら障害にならない。

 その筈が何故か、彼女は堪えていた感傷に打ちのめされる。たった数時間前に、自身の手で目の前の子供の父親を殺した事が激しく良心を責め立てる。

 やくざ者として生きてはいても、白猫は何処まで行っても心根の甘さを振り切れずにいた。頬に感じる熱で泣いていると自認する彼女は、今更ながらの戸惑いに心が砕けそうになる。


「愛蓮ちゃん、ママを守りたい気持ちは嬉しいよ。めちゃくちゃカッコイイ! でも、お姉ちゃんに向かってお前は駄目よ」

 女神は手錠を付けたまま、愛する息子を背後から抱き締める。全身を委ねるような抱擁は彼女の唱える愛の理論の一つである。手錠を嵌めて全裸でなければ、寸分違わず親子の愛を象徴するシーンが広がっている。


 ベレッタの射線上に重なる親子に決心の揺らぐ白猫、張り詰めた雰囲気に紅く染まるホテルの一室。膠着する修羅場に突然乱入者が不躾にも現れた。


「ーーおぅ、邪魔すんで。おい、白猫。お前仕事放っぽり出して、何をこんな所で遊んでんねん? そんなんやと、教育係失格やんけ」

 場の空気も読まずに咥え煙草を燻らせて、本当の意味で全てをぶち壊す存在が割り込む。


 白猫は心なしか黒猫を見て安堵すらしてしまった事を胸に秘めた。

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