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under rain  作者: 亮太 ryota
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第五話 「囚われのマリオネット」 chapter 4

 猛烈な朝陽が差し込めて、黒猫は繁華街の植え込みから重たい頭を振り絞るように起き上がる。少し隣にいる依頼人の男は、言葉にならない寝言を呟きながら三角座りで眠っていた。

 昨夜の記憶は最後だけ途切れ途切れになっている。一向にターゲットである女神は現れず、男の独り言に近い狂信者振りを散々聞かされ続けた。自宅で既に飲み始めていた黒猫は、そのまま記憶を失う程に飲んだくれて今に至る。不用心の極みである。

「ーーおい、こら、ストーカー。起きろや、置いて帰るぞ」

 黒猫は一抹の義務感から男の肩を擦って揺り動かす。起きる気配を見せない彼に舌打ちを挟んで、ついでに軽く蹴りを入れた後にとうとう黒猫はその場を後にする。

 体中が痛む不快感と寝足りない憂鬱な気分を煙草の煙で紛らわせてそそくさと家路に着いた。


 昼間に比べれば幾分か過ごしやすい朝の空気は徐々に跡形もなく消えて、夏の陽射しは勢いよく駆け上がっていく。

 客のリストを只管回り巡って、昨晩の白猫は結局当たりを引けなかった。汗の滲む額を手で拭って、彼女は衰えない殺意に只々向かい合う。

 半分程塗り潰したリストを見て、自身の母親の清々しいまでの醜態を思い起こす。

 自宅に帰るのも憚って、白猫はホテルの一室で仮眠を取った。手を休める暇もない彼女は小休止を経て再び動き出す。


「ーー弟の父親? あんた、それ本気で言ってる?」

 真昼の太陽が暗い室内に眩い光を注ぎ込む。目の前の男が事実上の義理の父親である事が酷く白猫を不快にさせる。当たりを引いた喜びとそれを遥かに上回る気持ち悪さに表情は歪むばかりである。

「折角高い金払って子供まで作ったってのに、生まれてきたのは男ときたもんだ。女だったら、その先もずっと楽しめたんだ、全くやってられないぜ」

 目も当てられない汚物が流暢に言葉を垂れ流す。白猫の母親がしでかした悪行の醜い部分を寄せ集めたような男は、悪びれる様子もなく本心として嘆き悲しんでいる。罷り通る彼らの欲望に咽せ帰るような吐き気を覚えた。

「他の父親役はいいよな。あんな上玉の女とやりまくって、ついでに自分の娘とも楽しみ放題なんだから」

 白猫を見る目は最早何もかもが狂っている。思い焦がれた女の腹から生まれ落ちた彼女を、その欲望で汚してしまおうと高ぶっているように見えた。品定めの眼差しに呼応するように、苛烈な殺意が彼女の心中を迸る。


「……お母さんの居場所を教えなさい」

 対話も尋問も、この男には全く意味を成さない。それが分かった白猫は淡々と情報を求めた。会話すらその余地を見出せない程に、目の前の存在は異質で異端に思える。

「おいおい、情報ってのは安くないんだぜ。それなりの対価を貰わなきゃ、いくら俺でも立つ瀬がない」

 男は下卑たにやけ顔を浮かべて白猫を見る。薄暗い室内の不衛生なベッドを一瞥すると、何の勝算があるのか白猫をそこへ誘う。


「ーー寝言は寝てから言いなさい。もういい、あんたを殺してそれで終わりにするから」

 白猫は複雑な心情を浮かべて男に近付くと、隠していたベレッタで男を撃ち殺した。大事に取っていた一撃も、過ぎ去ってみれば大した感慨もない事をその時彼女は知った。

 想像と違う展開に男の表情は何とも形容し難い物になっている。死体を弄り携帯端末を調べて、白猫は的確にトラッキングすると簡単にセキュリティーを突破する。

 個人情報がだだ漏れになる男。今となってはそれを危惧する人物は一人もいなかった。連絡先の中に母親の連絡先を見つけると、彼女はやっとの事で掴んだ核心に鼓動が早まっていく。

 殺したくて堪らない存在の手掛かりに白猫はシンプルな作戦を思い付く。無様に死に絶える男の振りをして、母親を嵌めてしまえばいい。

 居場所を突き止めるという最大の難関を乗り越えて、彼女の望みはもうすぐそこまでに到達した。


 執拗な着信の連続に、黒猫は目を覚ます。寝苦しさに汗が浮かび、同じ言葉を延々とリピートする人工知能を黙らせた。


「僕をほっといて帰るなんて酷いじゃないか。君には人の心がないのか?」

 朝まで一緒にいた依頼人の男がスピーカー越しにも理解出来る表情で小言を溢す。

「お前が起きへんかったんや。で、何の用や? まだ眠いねん」

 黒猫は不機嫌に返事して、ストーカー男もとい依頼人の回りくどい話の本題に迫る。


「女神を見つけて尾行してる! 僕は只の信者、殺すのは暗殺者の君しかいない!」

 男の潜めたような小さな絶叫を聞き、黒猫は漸くベッドから起き上がった。眠気を払う情報に、黒猫は覚醒した。

「すぐに向かう。ええか、見失うなよ、ストーカー」

 黒猫は一方的に話を終えて通話を切った。即断即決だけが仕事において彼の褒められた部分である。弱肉強食の世界では行動力が物を言う。


 依頼人と落ち合った黒猫は、一目でしょげた表情に気付いた。

「すまないが、人が多くて見失ってしまった。あの美貌を見落とすとは不覚の至り。面目次第もない」

 汗だくの依頼人は自らの非を言葉の限りで並べ立て言い訳する。

 相手を非難する言葉が喉まで上がった所で、黒猫はその状況的に責めようもない事を知る。普段の人通りを遥かに凌ぐ町の様相に、黒猫は辟易するしかなかった。


 休日というだけで人通りは増えて、更に今日の繁華街周辺は何かの祭が催されている日であった。

 夏の暑さに負けない人々の笑顔と色とりどりの浴衣で着飾った女達の嬌声が、黒猫に胸焼けを引き起こす。ただの不審者である依頼人に、そんな状況下での尾行がどれ程過酷な要求であるかは火を見るより明らかである。


「まぁええ、二手に別れて探すぞ。過ぎたモンはしゃーない。死ぬ気で探せよ」

 黒猫は自身の非は詫びず、直様依頼人に仕事の分担を指示した。男はあくまで自主的にターゲットを追っているものの、彼の悪い人間性が顕著に垣間見える。


 夜へ向けて通りは祭ムードを高めてターゲット探しの邪魔になる。苛立ちを抑えて黒猫は人波を掻き分けて女神を探す。女神がどれ程の人間か知らないが、この暑さの中で人探しに時間を掛けたくはない。決着を付けるつもりで黒猫は走り出した。

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