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under rain  作者: 亮太 ryota
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第四話 「亡霊が嗤う夜」 chapter 6

 迸る夏の暑さが肌身を焦がす昼下がり。亡霊探しには向かない時間帯の廃工場に黒猫は立つ。陽炎が打ち捨てられた工場跡地に湧き上がる。絶望的な現状を前に、やる気も何も湧かなかった。


「溶けそう、日焼けしちゃう」

 汗を滲ませる白猫が一人呟いて、忌まわしそうに空を仰ぐ。

 夜間とはまるで違う印象の廃工場は、それでも人間が居着くような環境ではない。不気味さは少し和らぐ程度で退廃している様は観察しやすい今の時間の方が遥かに上回っている。


「ーーおやおや、黒猫さんじゃないですか。こんな場所で奇遇ですね」

 建物の影で佇む武田が黒猫達を見つけると、友人でも見つけたように大手を振って駆け付ける。その白々しさは相変わらずである。

「……監視ドローンには何の変化もなかったのに、どうして貴方がここにいるんですか?」

 白猫は今一度携帯端末を確認して、あり得ない状況の説明を求めた。ドローンがこれ程目立つ人間を認識出来ない筈がなかったのだ。

「ぶんぶんと、プロペラが五月蝿かったのでトラッキングさせて頂きました。只さえ暑いのに、耳まで騒がしかった物で申し訳ありませんね」

 武田はいけしゃあしゃあとそんな事を宣った。黒スーツの上下にネクタイまで着こなす彼には季節感は感じられない。


「おい、このクソ暑い中、何してんねん?」

 道化に殉じる武田に黒猫は余興抜きで本題に入る。


「ーー守秘義務がありますので」

 笑顔を貼り付けた表情で、その真意は悪巧みをしているような不信感を彷彿とさせる。何の確証もないものの、信用出来ない人間という部分だけは如実に感じ取れた。

「黒猫みたいな奴スカウトして、貴方達公安は何をしようとしてるんですか?」

 白猫はどさくさに紛れて質問責めに加わった。少しでも情報を引き摺り出して、相手の真意を探らなければならない。

「有能な方をナンパするのは、一般企業も政府も同じような物でしょう? とそんな事より、お麗しいお嬢様。黒猫さんとはどういった関係ですか?」

 武田は白猫をまじまじと見つめて、質問に答える。飄々としていながらも会話の主導権は保持されている。

「ただの仕事の先輩です。山田組の人達も、有能だからスカウトしてたんですか? 癒着、そう言った方が正しいのかもしれませんけど」

 道化に応じる事もなく、白猫は核心へ果敢に切り込む。漣でも立てば幸い、隙あらば微かな情報でも掠め取る算段である。

「守秘義務がありますので」

 それでも尚二人の間では、鉄壁のガードもとい堂々巡りが繰り広げられた。


 安い挑発ぐらいしか交渉術を持ち合わせていない黒猫は、いつものやり方にシフトするべく煙草に火を点けた。

 人間には向き不向きがある。取り分け交渉術ならば白猫に任せてしまえばいいが、それでもどうにもならない時もある。やくざ者として、この場の最適解は太古の昔から決まり切っている。

「俺を取り込みたい癖に、こっちの要求は何も飲まん。武田、ええ大人がそんなやり口で情けないとは思わんか?」

 黒猫は相手の要求ばかり通っている事を強調する。あくまで自身は被害者であるとする事が強請りの入り口に繋がる。僅かな勝機を掴むとすれば、こうする他なかった。


「黒猫さん。一般人には通じるかもしれませんが、その辺りはまだまだ拙いですね。……まぁ仕方ない、心意気は買いましょう。それで、何が知りたいんでしょうか?」

 不敵な笑みを深めて、武田は譲歩の姿勢を初めて見せた。明白な黒猫の罠に、彼は自ら飛び込んでくる。

「山田組どうこうは、この際どうでもええねん。お前ら、この廃工場ウロウロしてへんかったか? ガキんちょ共が亡霊見たとか抜かしとんねん」

 黒猫は一旦要求を取り下げて、亡霊騒ぎの話を与える。次々と展開する話のスタート地点に立ち戻る。

 小学生達からの目撃証言を提示すると、武田は大袈裟な身振りで思案している。

「そんな事になっているとは露知らず、申し訳ありませんでした。多分恐らく私達でしょう、残念ながらこれ以上は守秘義務がありますので」

 武田は依然笑顔を崩さずに黒猫達に情報を開示する。ゴールへの道筋はこの証言によって漸く整えられる。


「ほな、これで解決したやろ? もう思い残す事もない。解散や」

 その場を後にした武田を睨み付けて、黒猫は納得のいかない表情のまま固まる白猫に問い掛けた。重要な部分の型が嵌まった以上、彼女が何を望んでいるのか見当も付かない。

「それもそうだけど、結局公安が何をしようとしてるのかは謎が深まっただけじゃない。そこは気にならない?」

 白猫の疑問点はそこにあるらしい。しかし今回の依頼に関して亡霊の正体は確定している。後はどういう形で報告するか、それを考えなければならないだけである。

「よう知りもせん奴の事考えて、分かる訳ないやろ……確かなんはあのおっさん、山田組と繋がってるって事だけや」

 答えられないという事が答えを物語っている。その事実を深掘りしようとしても、武田の口を割らせるには余りにも手札が少ない。

 亡霊の正体が政府の役人で、目的意図の読めない不気味な人間。そんな報告では別の興味を惹かれて話は本末転倒になる。

「そんな事分かり切ってる。あぁ、私もどうでもよくなってきた。君影草のマスターには、私からいい感じに報告するから」

 問答する事に煩わしくなった白猫は顔を手で扇ぎながら廃工場を後にする。


 亡霊騒ぎの顛末は白猫の絶妙な脚色によって、一応の決着を迎える。武田の存在を伏せて子供を脅かそうと企む不審者集団をでっち上げると、そんな存在とのすったもんだを虚実織り交ぜて報告する。

 マスターの娘は納得し兼ねる雰囲気だったらしいが、白猫は今回の件を小学校にも報告した。小学生同士の肝試しを夜間に敢行した事とでっち上げた不審者集団の話、この二つで小学校も子供の遊びと甘受する姿勢を今更に改める。

 興味のある物を我慢する事は子供にとって酷な選択に違いはないが、所詮は単なる学校単位のブーム。本当の意味で亡霊に心躍らされた人間はその内の少数だけである。

 明確な罰則を与えるルールでもってその少数派を抑え込めば、今回の亡霊騒ぎで黒猫達がやれる事は最早なくなる。

 亡霊は最初から居なかった。子供の夢を踏み躙って、今日も黒猫達は世界に汚されていく。


 誰もいない筈の廃工場の建物の中、満月が闇に紛れて何かが蠢いた。誰に認められずともそこにある存在は、案外何処にでもいるのかもしれない。

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