第四話 「亡霊が嗤う夜」 chapter 2
「ーーそれで私が呼ばれたって訳。また面倒な事になっちゃってるじゃない。亡霊って言われても、どうしたら」
珍しい黒猫からの呼び出しに君影草を訪れた白猫は、マスターの抱える事情を聞いて腕を組み思考を巡らせる。
営業前の店内でカウンター席の隙間は大きく空いていた。
一応は何とかしようと思案した黒猫も結局はアルコールで方策も纏まらず、もう一人の当事者を呼び付けて丸投げする所存である。店の準備で少し場を外していたマスターから、何杯目になるかも分からなくなったハイボールを更に受け取る。
「いやーお恥ずかしい限りなんですがね、しっかし黒猫さんが、こんな可愛い女の子を連れてくるなんて」
マスターは心なしか上機嫌に黒猫と白猫を交互に見て、明後日の方向への勘違いを膨らませていた。
「やめてくださいよ。こんなバグった機械みたいな奴、私の趣味じゃないので」
白猫は濃淡のない声でマスターを牽制して、黒猫へは嫌悪感の篭った眼差しを向ける。
「ホンマやで、マスター。俺はこんな貧ーー」
黒猫は同意する旨を述べようとして、直情的な白猫からの飛んできたおしぼり攻撃を払い除けた。
「ーーセクハラだから」
暴力を棚に上げて白猫は、黒猫を睨み付ける。先に喧嘩を売ってきた癖に、何とも躾の悪い女である。
「いやー羨ましい。若いって素晴らしいですよ。私も二、三十年若ければこんな風に初々しい会話が出来たのかもしれませんね」
マスターの和やかな笑いが開店前の店内に響いた。
険悪なムードのまま黒猫達はマスターからの依頼を受けるか思案する。金さえ貰えれば依頼は受ける事が基本でも、当然の如く達成不可能な依頼は現実的に無理なのである。
子供達に廃工場での肝試しを完全に止めさせる事がそもそも不可能に近く、その場で目撃されたとされる亡霊も眉唾物でしかない。
科学技術の発達した現代に、それでも人類の心の奥底にはオカルトめいた超常的存在を信じる非科学は蔓延っている。
その元凶たる二人が肩を並べて、頭を悩ませていた。手っ取り早い方策としては、子供達を怯え上がらせて行動を抑制するか単純に亡霊の正体を突き止めるかの二択になる。
前者は君影草を縄張りとしている黒猫としては避けたい上に完全に抑制は無理があるが、後者は労力と結果に見合わない可能性が甚大である。
「任せてください、とは言えませんが出来るだけの事はやってみます」
白猫は熟考の末に答えを出した。半ば予想出来ていた黒猫は溜め息と共に、ポケットから煙草を取り出して燻らせる。
後日、小学校が休みの日に黒猫達はマスターの娘と会う段取りになった。またしても昼間の君影草にて、四人はテーブルを挟んで向かい合う。
柔和なマスターとは違い随分と刺々しい表情で黒猫を見つめる娘が白猫と重なって瓜二つと言えた。子供の嗅覚が彼の危険性のような物を感じ取ったのかもしれない。
「学校での話、お兄さんとお姉さんに話してあげて。亡霊が出たって言ってる子がいるんだろ」
張り詰める空気を取りなすマスターが娘の頭を撫でて進行役を務めた。
「ーー二メートルぐらいのでっかい巨人が夜の工場を彷徨ってるって言ってた。なんか火の玉みたいなのも飛んでたって。先生は誰も信じてないけど。あたしも工場から怖い声が聞こえてきたの」
黒猫達には目もくれずマスターだけを見つめて娘は訥々と話を続ける。言い訳でもしているように黒猫は感じられた。
二メートル級の巨人が火の玉を引き連れて怖い声を上げている様を想像して、黒猫は思わず笑っていた。身長は兎も角、火の玉を引き連れて怖い声を上げての部分が大いに理解に苦しむ。
「嘘じゃないもん!」
俯きながらもこちらを立派に睨み付けるマスターの娘。我が子を慰めつつもマスターは黒猫に申し訳なさそうな表情を見せる。
「……肝試しなんか行って、何がしたいんや?」
黒猫は意にも介さずに、率直な疑問を娘にぶつける。子供達をそこまで焚き付ける肝試しの目的が不可解である。
「だって、皆が楽しそうにしてるし」
膨れっ面がそっぽを向く。予想を遥かに下回る娘の解答に、黒猫は興味をなくして煙草に火を点けた。
「どうですか? 何かの役に立ってればいいんですが」
黒猫が掻き乱した空気をマスターが程々に整えて、話題は次の段階へと進んだ。
「そうですね。実際にその工場を調査してみようと思います。お父さんから言われてると思うけど、あそこでの肝試しは危ないから止めてね」
白猫が会話を引き取り、ご機嫌斜めの娘を優しく諭した。
何かを得られるとは思っていなかったものの、実際の目撃談を聞いても亡霊の事はまるで分からなかった。子供の思い込みを念頭において調べる他二人には手が残されていないようだ。
夜になって、忌まわしい記憶がまざまざと思い出される廃工場に降り立つ黒猫達。敷地内には以前同様、大量のスクラップと残骸が人間に忘れ去られたまま荒れ果てている。
凄惨な殺人現場となった後は、その荒涼に拍車を掛けているようにも思えた。居場所を持たない人間も流石に場所を選ぶようで、死体のみが片付けられた戦場跡には人影も何も見当たらない。
亡霊が現れれば仕事も早く片付く。亡霊という見えもしない物が存在するのであれば。
ライトを照らしてスクラップの山を洗っていく。清掃業者による完璧な掃除により、大凡目星い手掛かりはとうになくなっている。
鋭い弓張り月の光と人工的なライトの灯りがコントラストの緩い世界を浮き上がらせる。目に見えない物を探す困難な仕事を前に、黒猫は何度目かの深い溜め息を溢した。




