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under rain  作者: 亮太 ryota
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第四話 「亡霊が嗤う夜」 chapter 1

 灼けるような陽射しが肌を焼く町中で暑さのピークへ向けて、熱気は渦を巻いていく。一般人同士の喧嘩の仲裁役となる毒にも薬にもならない依頼を終えて、白猫とも解散した黒猫は現場となった繁華街を重い体を押して歩いた。

 汗ばむ体は清涼を求めて、気怠さに引き摺る足取りは重い。頬を伝う汗を半袖シャツの裾で拭い、忌々しいばかりに輝く夏の青空を睨み付ける。オーバーヒートしたように黒猫は、ただの通行人にすら殴り掛かってしまいそうな程にその精神までやさぐれている。


「あれ? 黒猫さんじゃないですか! こんな時間にお会いするとは珍しいですね」

 聞き馴染んだ声に振り返ると、君影草のマスターが人懐っこい笑顔で手を振っていた。襟付きの半袖シャツを綺麗に着こなすマスターは夏の暑さにも全く負けていない。


「……そっちこそ珍しいやん。店は夜からやろ?」

 黒猫はそれまでの邪気を払うようなマスターの快活振りに、徐々に心をリカバリーしていく。

「いやね、最近ランチでも始めようかと思ってましてね、市場調査も兼ねて買い出しの途中なんですよ」

 額の汗を白いハンカチで拭い、マスターの変わらぬ笑顔が煩わしい程に眩しい。太陽の下で見る彼は夜の店で見るより更に暑苦しくさえ感じられた。

「そらよかったな、まぁ頑張りや」

 黒猫はぶり返す夏の暑さへの苛立ちに、マスターをぞんざいに鼻であしらう。一秒でも早く繁華街の通りを抜けて、早々に無人タクシーに乗りたい気持ちが勝った。


「そうだ! 時間あるならウチ来ませんか? 特別にお酒も出しますよ」

 そそくさと歩き出す黒猫の背中をマスターの声が呼び止めた。


 夜とはまるで違う雰囲気の君影草。営業していない飲食店は当然の如く静まり返り、心なしか寂寥感を漂わせている。

 手際よくいつものカウンター席の準備を済ませてマスターは黒猫を誘った。

 汗に張り付く半袖シャツをはためかせて、超絶的な速度で提供された氷たっぷりのハイボールを一気に飲み干した。生き返ったような心地で喉越しを味わって、黒猫の演算装置は漸く通常状態に戻る。

 効き始めた冷房の風が更に気分を上げて、彼の中から日々の仕事のストレスが抜け切っていく。二杯目のハイボールを渡されて、アルコールに溺れる準備は完全に整った。


「ーー黒猫さん、カキ氷って食べた事ありますか?」

 マスターは満足気な黒猫の飲みっぷりを見て、彼の営業脳が徐々に加速していく。

「カキ氷? 何やそれ」

 グラスは結露して水滴が垂れて、更に初めて聞いたその名前に黒猫は興味を唆られた。

「その反応堪りませんね。カキ氷は割とメジャーなスイーツでね、夏って言えばとりあえず食べる方も多いですよ。未体験なら是非食べてみて下さい」


 黒猫はその仕事も然る事ながら余りにも知識が偏っている。記憶喪失の影響が一番大きいが、周りの大人達が教える常識がそもそも子供には適していないのだ。


 冷凍庫から氷を取り出して、マスターは意気揚々と作業に入る。厳しい大きな機械に氷のブロックをセットしてハンドルを回す。氷を削り取る涼やかな音が店内に溢れて、黒猫の前へとガラスの器に注がれた細やかな氷の山が置かれた。

 色とりどりのシロップを数本並べて、好きな物を選ばせようと味の紹介が始まる。黒猫は特に好みもなく、適当に苺味の赤いシロップを選んだ。

「お酒好きの方も案外好きな方多いんですよ。食べ過ぎると頭キーンてなりますし、お腹下しちゃう人もいるのでお気を付けて程々に」

 興味を惹かれるままに人生初のカキ氷を食べた黒猫の表情に大きな変化はない。マスターからすれば毎回の事で、それでも確かに止まらないスプーンの動きに現れていた。

 特にコメントする事もないまま食べ終えると、黒猫はマスターの忠告の意味を理解して額を押さえた。眉間を貫く痛みを堪えて暫く俯いてから、カウンター越しに満足そうに眺めるマスターを見る。


「……で? なんか話でもあったんやろ?」

 ハイボールとカキ氷の未知数の可能性に驚きながらも、マスターの不自然とも取れる行動に黒猫は思いを至らせる。

「僕には小学生の娘がいるんですが、実は最近学校で親としては心配なブームが起きてましてーー」

 神妙な表情でマスターは語り始めた。飲食店の店主としてではなく、子を持つ親の複雑なその胸中を。

 

 小学校において限定地域的な流行り廃りは様々で、小さなコミュニティーであるからこそ爆発的な影響を及ぼすブームは親の立場にとっては恐ろしいとさえ言える。

 身に危険が及ぶようなブームであれば尚更、マスターのみならず保護者にとっては悩みの種になる。

「ーー子供だけでする肝試しがブームらしくて。言葉尻だけ見れば可愛いもんなんですが、その場所ってのがもう心配で心配で」

 幼少期を振り返り、懐かしむようなマスターの表情。頭ごなしに否定しているのではなく、その場所が問題なのだと彼は言う。

「二ヶ月近く前になりますけど、廃工場で山田組の死体が見つかったニュース覚えてます? あそこに亡霊が出るって、小学生の間で盛り上がってるらしんですよ」

 廃工場と山田組の二つのキーワードに参照された黒猫の記憶が蘇る。水滴の輪を広げるハイボールを飲み干して、言葉を濁した黒猫は適当に相槌を打つ。

「亡霊はまぁ、子供達の思い込みだとして、単純にあの一帯は危険地域ですし。行くなって言って聞く子ばかりでもなくて、本当に困ってるんです」

 マスターは一通りの説明を終えつつ、黒猫へハイボールを提供すると恥ずかしそうに笑った。


 まさか目の前にいる黒猫が廃工場で山田組を大量に斬殺した張本人である事を、マスターは知る由もなかった。堅気ではない事は一目瞭然としても、黒猫自身が仕事の内容を詳らかにはしない。

 マスターもマスターで客商売の円滑なコミュニケーションを超えるラインには踏み込んではいかないのだ。

 思わぬ所で巻き込まれたトラブルに、黒猫は先程とは別の意味で頭を抱える事になる。

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