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under rain  作者: 亮太 ryota
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幕間 「職人気質と現代の侍事情」 chapter 2

 一旦虎徹を預けた黒猫は数分後に戻ってきた虎徹を見て思わず驚く。工房の中は作業を終えた後も熱気は篭ったままである。

 刀の鞘は装飾の施された木製の物が一般的であり、黒猫の虎徹も当然そういう物であった。それが数分で機械仕掛けの物々しい様相に変わっていた。


「……なんか、メカメカしいな。ちょっと重くなってるし」

 黒猫は見た目こそ悪くはないと思いながらも、手に取った瞬間の重みに苦言を呈する。背負ってしまえばどうとでもなる重みではあったが、刹那の戦闘の中では気にしない訳にもいかない。

「文句ばかり言うな、まずは背負ってみろ。俺特製の刀の美しさを阻害しないギリギリのラインを攻めたデザインだ」

 白虎はそんなクレームを跳ね除けて、黒猫に早く装着するよう急かした。


 黒猫は新しくなった虎徹を背中に担いで、動きの調子を確かめる。白虎は割りかし様になっている現代の侍に満足そうな笑みを浮かべると、虎徹の新しい鞘のプレゼンテーションを進める。

「ーー普段なら鯉口を切って抜く訳だが、この特製の鞘はスイッチを押せば開く。右手で柄を握って左手でスイッチを押せ」

 身振りを交えた説明に黒猫は大人しく従った。虎徹の刃を包んでいた鞘は信号を受けて、蝶番のように開く。腕の長さに関係なく抜刀出来る見た目に反して至極シンプルな機能である。

「抜刀はまぁ簡単やな。納刀はどうすんねん?」

 黒猫の感想を聞く白虎は、想定通りの問答に一人相槌を打つ。

「鞘にはセンサーが内蔵されている。刃を正しい位置に収めれば自動で閉まる。勝手に閉まらないように三秒のラグを設けてある。位置は兎に角慣れろ」

 虎徹を背中に回して納刀を試みる。そもそも背負ったまま納刀する事自体初めてで、黒猫は感覚を掴み切れない。

 多少手間取りながら漸く納刀に成功すると、白虎は懐古するように黒猫を見つめた。


「久々にお前の実力を見てやろう。庭に出ろ」

 白虎は作務衣の腰に長ドスを佩くと刀匠の目から剣豪の目に変わる。慣れ親しんだとさえ言えるその目に黒猫も闘志が燻っていく。

 揺るぎない強さを前にして、今度こそ彼へ目に物を言わせる算段を積み上げた。


 庭で対峙する二人の侍。まるで仇敵を前に睨み合う壮絶な修羅場であるが、少なくとも黒猫と白虎の絆のような物はこうして築き上げてきたのだ。


「納刀状態から斬り掛かって来い。いつも通りだ、俺を殺す気でやれ。手加減は無用だ」

 白虎が一人静かに嗤う。空気が重く張り詰めていく。熱を帯びて敵以外の景色が霞んで消えていった。


 二人にとって間合いを牽制し合う事に意味はない。渾身の一撃で最大の力を加減なくぶつけ合うのみである。

 大きく踏み込んで黒猫が突進する。虎徹の柄を握り込み、鞘を展開して上段から振りかぶった。力任せで最速の一振りが空を裂き、黒い刃は白虎の頭部に迫る。

 白虎の強さは黒猫にとって未だ超えられない高き壁である。刻々と殺しに向かってくる虎徹の刃を見ても身構える事もなく余裕があった。

 斬り殺すに至る寸前、黒猫の虎徹は強烈な衝撃を受けて空振る。やくざ者として生きる中で多くの敵意に対抗し殲滅してきた全身全霊の一撃が、目の前をふらつく虫でも払うように押し退けられる。


「殺意の篭った素晴らしい一振りではあるな。ただ、それだけで殺せる程世界は狭くないぞ。今の今まで何をしていたんだ?」

 白虎は何もしていない。確かに黒猫にはそう見えた。見えただけの世界を形容するのであれば。


 圧倒的技術と鍛錬の果て、白虎は剣豪となる。凄まじき剣戟の冴えは常人の認識に捉えられる速さを既に超えていた。

 居合斬りの達人。抜刀の一振りで敵を薙ぎ払い、斬られた事にすら気付けないまま納刀状態に戻る。戦闘技術の高さを見せ付けるような所作がそこにはあった。


「まぁいい。攻めはそこそこか、受けも見てやる。しっかり構えろ」

 白虎は自身を棚に上げて、黒猫には真摯な向き合いを強制させる。それが自然な成り行きであるように、黒猫を始めとする世界に錯覚させる実力がそこにはあった。

 

 刃を寝かせた八相の構えで黒猫は白虎を睨み付ける。時間の流れさえ停止した世界に取り残された気持ちになる。一秒にも満たない時間の中で神経が擦り切れていく。


 次の一手、白虎が一足歩む。気ままに町を散策するような心地よさで、敵の防御を払い上げてそのまま切り返した一撃が空間に刻まれる。

 黒猫の意識外からの一撃、彼は初動すら何も見えなかったが虎徹に伝わる衝撃から本能的にそれを知覚する。暴力的な力の流れに逆らって、振り絞る力を虎徹に込める。

 首を両断する一撃に間一髪で虎徹の一振りをぶつける。刃を食い止めて、黒猫の意識が初めて白虎を捉えた。火花散る剣戟に薄皮一枚で耐え抜いた。


「見えてはいないが、その反応だけは素晴らしい。ならば二撃目はどうだ?」

 切っ先の力だけで黒猫を抑え込む白虎は、感嘆の声を上げて目を輝かせる。

 必死に耐える黒猫を嘲笑うように、白虎は鋭い後ろ回し蹴りを見舞う。古いあばら家のコンクリートの塀に黒猫が沈む。


「……ボケが」

 悪態を吐きながら、痛みを堪えて黒猫は立ち上がる。雑草に塗れた乾いた土を踏み躙り、見守る白虎に憎悪を向けて殺意を膨らませる。


「気持ちは大事だ。強さはまずそこが原点になる。まだまだ俺を殺すには圧倒的に足りないがな」

 飾り気一つない白銀の刃が煌めき、白虎は長ドスを鞘に納める。晴れやかな表情で感想を溢す白虎と、絶え絶えに息を漏らす黒猫の温度差は激しい。


「今の内に言うとけ。いつか殺したる」

 捨て台詞と共に黒猫はその場にへたり込む。山田組との連戦よりも、たった一人白虎と一撃交えるだけの事が何倍も過酷に感じた。

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