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under rain  作者: 亮太 ryota
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第三話 「愛食む獣」 chapter 5

 ホテル街から離れて酔い潰れる女を無人タクシーに放り込むと、白猫の拷問に近い尋問が人気のない深夜の広場で繰り広げられた。

 両手に手錠と口に猿轡で松川をベンチに座らせると、まずは上下関係の相互理解から始まる。理路整然と松川の言動を並べ立て、それが如何に間違っているかを訴求する。頷くかどうかの二択しか許さず、少しでも反抗的な態度を見せると華奢な腕が毟り取る勢いで松川の頭髪を引っ張った。造詣の深い拷問のレパートリーが暫く続く。

 黒猫はそういった仕事を丸投げにされると思っていただけに、初めてまともに垣間見る白猫のやくざ者としての器に少しだけ驚いた。


「ーー俺の事、化物とか言うとった割に、お前も大概やないか」

 僅か数十分で心を折られて項垂れる松川を見て、黒猫は白猫に意趣返しする。彼女もまた弱肉強食の世界を生きるやくざ者なのだと改めて思い知る。

「あんたみたいな泥臭いのと一緒にしないで。私はスマートなやり方しかしない」

 白猫は松川を嬲った手を入念に水場で洗い流すと、事の顛末を組織に報告する。


 松川の話ではとある男から大金を騙し取る計画があり、それを見越して組織に依頼を出したそうだ。しかし取らぬ狸の皮算用が上手く行く筈もなく、依頼報酬を支払う期限を過ぎても計画は進まず今に至る。

 餌は確実に撒いたという松川の言葉に一切の信用はないが、ない袖は触れない事も確かで仕方なくその計画とやらに付き合う約束をする。勿論、未払いの報酬に手間賃とマージンを大幅に載せての話である。


「おっさん、具体的にその計画どこまで進んでんねん?」

 猿轡から解放された松川に問い掛ける。反抗の意思を綺麗に取り除かれた彼は、締まらない表情で煙草を燻らせる黒猫を見た。


「美人局を一人送ってて、今はそいつと楽しく過ごしてるらしい。外からは俺が圧力を掛けて、中からはそいつが懐柔する計画なんだ」

 先程までの松川が夢幻のように、気持ち悪いぐらい素直な言葉が返ってくる。反抗的に掴み掛かってきた先程までの態度とは別人である。

「金騙し取るって、今日日簡単やないやろ? 勝算あるんやろな」

 最もらしい黒猫の指摘に、松川は確信して頷く。根拠のない話を自信満々に語る姿はこの人間の底の浅さを表しているのかもしれない。


「認知症の耄碌爺だ。頭を怪我してからそれまでと様変わりしたらしくて、そんな奴を借金があると刷り込んでやった。そいつは元々裏の人間、金は余る程持ってるに違いねぇよ」


 松川は計画の全容を黒猫達に開示する。胸糞悪い思惑であるが、金が綺麗か汚いかはどうでもよかった。

 弱者はただ強者の思うがままに搾取される。松川の弁を信じるならば、騙されている耄碌爺もかつて同じように弱者から搾取してきたのだろう。

 何度も何度も嘘の刷り込みを続けて、その男は松川に何の恩もないまま金がないと謝り続けている。奪い奪われるだけの人生に弱みを見せたが最後、食らい付いているつもりが逆に食われていたのではよもや救いもない。


 人間の愚かしさを見せ付けられたような感覚に白猫は嫌悪感を示していた。清く正しく生きる事さえ荒廃した世界では儘ならない事実に対して。

 彼女が何故やくざ者になったのかを知らない黒猫は、すっかり雨の季節を過ぎた夜空を見上げて大きく煙草の煙を吐き出した。


 翌日、松川は繁華街の外れにある裏通りを一人歩いていた。朝の活気を遠くに寂れた商店街を生温い風が吹き抜ける。

 連日訪問し続けた中西の商店の前で松川は携帯端末を起動する。

「ユイ、中西に気付かれないように出てこい。店の前にいる」

 松川の要請を受けて、朽ちた外観のシャッターが開く。隠密行動とはかけ離れた軋む音を立てて傷に塗れた少女が顔を出した。

「手続きは済んでるな? 今日今すぐに決行だ、俺も見張られてる。失敗すればお前諸共終わりだ。いいな? 計画通り動けよ」

 松川の言葉をユイは小さく心で反芻する。いずれ訪れると分かっていながら、少女の小さな胸は答えを求めて震える。


 ユイは松川に言われるがままに動く事しか出来ない。幼少期に奴隷として買われて、飼い主の命令だけが全ての人生が始まったのだ。

 まともな教育すら受けず過酷な環境で培われた生への執着。幾度の転売を経て松川の手に渡る頃には歪みを矯正する事さえ不可能になる。

 大人になり切れないままの子供が松川という悪党であるならば、子供のまま大人になるしかなかったのがユイという少女である。

 そんなユイは中西の金を奪う計画にほんの少しの迷いを覚えてしまった。奴隷として生きた日々より遥かに少ない期間で、されるがままの人間以下の暮らしに慣れてしまった諦念が淡く溶かされていた。


「ーー漸くだ、この時を待ってたんだ。少しだけ遠回りしたが、奴の資産はびた一文たりとも俺達のもんだ」

 興奮を抑えながら松川は独白する。リスクで言えば生かしたまま本人の意思で金を譲渡するべきだが、耄碌した中西にそれをさせる程の余裕は最早ない。

 個人の資産が本人の意思以外で移動する唯一の方法が、死亡時の財産贈与である。本来ならば親族に限られるそれも、本人が任意の人間に変更する事は可能なのだ。

 松川はユイを贈与先に誘導するべく中西の元へ彼女を送り込み、孤立するよう嘘を重ねて更に追い込んだ。時期尚早は否めないものの、強硬手段に出る他道が残されていない。


 時代がいくら進んでも人間の企てる悪事に大きな変化はない。朝の時間も陽が差さず薄暗い商店の二階にある寝室で、中西は天井を凝視して言葉にならない言葉を微かに溢した。

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