第五章 明湖(5)
ため息を一つ漏らそうとしたとき、湖櫻先輩は静かな口調で言った。
「ごめんなさい、グループ分けのとき、あなたと端月が一緒に遊ぶ時間を奪ってしまって。全部、私が気にするって言ったせいで……あなたたち二人に、私の気持ちを気遣わせてしまったの」
俺は一秒ほど呆然とした。なんだ、先輩はそのことを気にしていたのか。
確かに、ときどき端月と一緒にいくつかのアトラクションで遊べないのは少し残念だったが、先輩や曜光と一緒にいるのもなかなか楽しかった。
だからといって、誰かを恨もうなんて気持ちは俺にはなかった。それに、先輩の招待があったからこそ俺たちはここへ遊びに来られたのだから、むしろ俺は彼女に感謝していた。
「俺たちは今日、もともと一緒に遊びに来たんだから、先輩は気にしなくていいよ。それに、じゃんけんでグループを決めるのも面白かった──いや……」
俺が言葉を途中で止めると、湖櫻先輩は首を傾げた。俺は少し考え、本当の問題と向き合うことにした。先輩が聞きたいのは、きっと俺が最初に口にした言葉ではない。
「湖櫻先輩は、俺と端月と一緒に遊びたいから、俺たちを誘ったんだよね。それに、先輩の頭の良さなら、こういう状況になることも、とっくに予想していたはずで……
それでも先輩はこうすることを選んで、俺たちの時間を大切にしたかったんだろうし、俺も同じように、こうして一緒に遊べる機会は大切だと思っている。だから、謝らなくていいよ」
先輩は顔を上へ向け直し、寂しそうな表情で言った。
「そうじゃないの……いえ、正確には、完全にそうというわけじゃないの。私ね、私心を抱えていたの。最初はまだ、ここまで深くのめり込んでいなかった。でも、これまでの時間を経て、私の気持ちはまた強くなってしまった。
本当は……自分で消化するつもりだったの。でも、どうしてなのか、いつもできなくて。あなたたち二人と一緒に遊びたいという気持ちが本物なのは確かだけど──」
先輩は思わず身体を起こし、俺のほうへ身体を向けて言った。
「その一方で……あなたにもっと近づきたいという気持ちも本当なの。むしろ、この気持ちのほうがもっと強いくらい。たとえこの気持ちが大切な後輩を傷つけるとしても、私はどうすることもできなくて、そんな気持ちを抱えたまま、あなたたちを誘って出かけたの。
それに今だって、あなたと二人きりでもう少し長く一緒にいたいから、ここに残ることを選んだ。こんな卑怯な行動をして……」
白い水着に包まれた細い身体は、まるで風の中の花のように揺らめき、思わずこのまま折れてしまわないかと心配になる。
桜色の瞳には、朝の時間に花びらへ凝結した露のような潤いが浮かび、俺は胸が痛くなった。
湖櫻先輩はそのまま俺を見つめていた。そこから、普段と同じ……いや──普段以上に強い、俺への想いが伝わってきた。
俺は無意識に、慈しむようなため息を漏らしそうになったが、そんなことをすれば彼女に誤解を与えてしまうのではないかと思い、堪えた。
俺は彼女を見つめ、頭の中の考えを少し整理してから、ゆっくりと口を開いた。
「前に先輩に話したよね。俺がクリエイターだってこと」
先輩は少し困惑した様子で頷いたので、俺は続けた。
「俺はさ、恋愛と創作って、ある程度似ているところがあると思うんだ。ほら、俺の目標は世界一のクリエイターになることで、その目標を達成するために、俺は自分の能力を高める方法を必死に考えて、それを創作に注ぎ込んでいる。
その過程では、苦しくて辛いと感じることも多いし、頭の中で、なんで俺はここまで必死にならなきゃいけないんだって、自分自身にツッコミを入れることもよくある。それどころか、ときには自分を成長させるために、結果だけを見れば、他人を利用するのと同じような行動を取ることだってある……
それでも、俺を前へ進ませてくれる大切なものはたくさんある。過程の中で得たすべての思い出、出会った人たち、伝えたいこととか、そういうもの。そして何より大切なのは、俺が創作を好きだという気持ちなんだ」
湖櫻先輩は俺の話を静かに聞きながら、「好き……」という言葉を口にした。
「うん。でも、本当に好きなのかと言われると、正しいとも言えないかもしれない。俺自身、もうよく分からなくなっている。ただ……俺は、このことを諦めたくないし、自分がこんな気持ちを抱いていることにも向き合うと決めたんだ。他人から見れば、俺の行動や執着はひどく拙くて見苦しいものに映るかもしれない。でも、これが俺のやりたいことで、本当の俺の考えなんだ」
俺は二秒ほど間を置き、一息入れてから、先輩に言った。
「俺が言うのも変かもしれないけど、先輩には、自分にとって一番大切な気持ちを否定してほしくない。俺から見れば、こんな気持ちを抱えていても、先輩は俺と端月の関係を自分から壊すようなことはしていないし、ずっと堂々としている。
自分では、こうした行動や俺たちへの気遣いがそれほど純粋なものじゃないと思っているかもしれない。でも、表面上はまったく私心のない人よりも、俺は先輩みたいに、私心を抱えながらも、それでも高潔な行動を選ぶ人のほうを信じたい」
「私……」
湖櫻先輩は思わず俯き、俺の言葉について考えているようだった。しばらくして、彼女は小さな声で口を開いた。
「逐幸、あなたは、後悔したことがある……? 本当に私と付き合ったら、どうなるんだろうって、どこかの瞬間に考えたことはある?」
そのとき、先輩は素早く顔を上げ、満面の笑みを浮かべながら、両手で柔らかそうでボリュームのある二つの胸を持ち上げるようにして言った。
「ほら、私と付き合えば、あなたに触らせてあげられるかもしれないし、揉んでもいいよ。それとも、挟むほうが好きなの? どんな変なプレイでも、相談には乗れるよ──?」
彼女は胸を上下に少し持ち上げながら、それでも笑顔を保ったまま言った。
「あなたは私のことを高潔な人間だと思っているみたいだけど、本当の私は、あなたが端月と仲睦まじく付き合っていると分かっていながら、それでも大切な後輩の彼氏を欲しがっている悪い女なの。
私はあなたが好き──あなたに愛されたい、あなたに大切にされたい、心から大切にしてもらいたい、あなたともっと話したい、二人でもっと長い時間を過ごしたい、それどころか、今すぐあなたをラブホテルに連れて行って、あなたと身体を重ねたいとさえ思っている。だから……自分の身体を使って誘惑する……私は、そういう人なの」
一瞬、俺は沈黙した。
最初に俺の頭に浮かんだ言葉は、「先輩、冗談はやめてよ」だった。でも、湖櫻先輩の瞳には笑いがなく、ひどく真剣だった。そういうことなら、適当な態度で話を流すわけにはいかない。
「もし……私がこんなことを言ったら、きっとあなたを困らせるよね? あなたは……私を軽蔑する?」
俺が迷っていると、先輩は今にも泣き出しそうで、身体を縮こまらせた孤独な少女のようだった。
俺は小さく息を吐いた。これから言うことは少し恥ずかしかったが、彼女のそんな姿を見たことで、俺は勇気を得た。
「軽蔑なんてしないよ。そもそも、男だってそれほど高尚な生き物じゃない。先輩みたいな綺麗な女性を見たら、ほとんどの男はそういうことを考えたり、衝動を覚えたりすると思う……だったら逆に考えれば、女の人が先輩みたいな気持ちを抱いても、何もおかしくないんじゃないかな」
俺は自分の言葉に苦笑してしまった。そして俺の話を聞いていた湖櫻先輩は、俺を見ていた視線をふと下へ移動させ、何かを確かめるようにしてから、幸せそうな笑みを浮かべて言った。
「うん、確かにその通りみたいね」
俺は慌てて太腿を持ち上げ、姿勢を変えることで、彼女が俺の硬くそそり立った身体の一部を直視するのを避けた。
「先輩、お願いだから俺にセクハラしないでくれる?」
「反応するほうが、私へのセクハラじゃないの──?」
湖櫻先輩はそう言いながら、両手で下から身体を支え、俺のリクライニングチェアの肘掛けを押さえながら上半身をこちらへ近づけてきた。どうやら、もう少しよく見ようとしているらしい。
俺は慌てて身体を起こして防御態勢を取り、狼狽と焦りが一気に頭へ押し寄せ、思わず叫んだ。
「どうして何の反応もしないと思うんだよ──!」
先輩が近づいてきたことで、彼女から漂う髪の香りと体の香りまでこちらへ流れてきて、俺はますます耐えるのが辛くなった。
まるで俺の慌てぶりを楽しんでいるかのように、俺が手も足も出ない様子を見せるほど、先輩の気持ちも早く回復していくようだった……彼女の顔には好奇心と挑発的な表情が浮かび、赤らんだ両頬もまた、俺の心拍数を上げていった。
俺は片手で自分のある部分を守り、もう片方の手で先輩の柔らかな肩を押さえて、これ以上近づいて観察されないようにした。しばらく騒いだあと、先輩はようやくつまらなそうなふりをして、身体を離し、自分の椅子へ戻って座った。
俺はほっと息をつき、降参を宣言するように言った。
「それでも、本当に触りたいなら、端月に頼んで触らせてもらうよ。それに、先輩がさっきあそこまで言ったんだから、高尚とか高尚じゃないとかいう表現は撤回することにする……」
湖櫻先輩はわずかに唇をすぼめ、さらに少し腕で自分の身体を抱くようにした。俺はもっと優しい口調で、続けて彼女に言った。
「俺は先輩を恋人として扱うことはできないけど、それ以外なら、今の先輩のことが好きだよ。一緒にいて楽しい。それに俺も、先輩には俺と一緒にいることで、楽しいと思ってほしい」
それを聞いた先輩は目を見開いた。最初は口を開いたものの、またそれを避けるように閉じ、視線を逸らした。そして最後に……もう一度こちらへ顔を向け、震える声で言った。
「あなた、そんなことを……口にするのって、ひどいことだと思わない?」
「うん。分かってる。だって俺は、自分の考えを一方的にみんなの前へさらけ出すことにかけては一番のクリエイターだから……いや──俺自身が、そういうひどい人間だから……
もしかしたら、みんなに褒めてもらえる部分も少しはあるのかもしれない。でも、実際の俺はそういう人間なんだ。これを知った上で、先輩はどう思う? 俺への見方は完全に変わった?」
湖櫻先輩は手で肩に乱れた髪を後ろへ梳かし、目を上げて俺に微笑みを浮かべた。
「同じようにひどい男と女なんだから、二人で一緒に堕ちていきましょう……手を繋いで、一緒に地獄へ落ちましょう。あなた……試してみない?」
清純な白いビキニ水着を着ているというのに、湖櫻先輩は色っぽい表情を浮かべていた。俺は背筋が寒くなった。
俺が呆然としていると、先輩は突然、次の言葉を口にした。
「私も、あなたと一緒にいるのはすごく楽しいと思ってる……あなたのひどいところさえ、可愛いと思ってる──」
「お、おう、ありがとう……」
その言葉を口にすると同時に、彼女は優しく、そして恥ずかしそうな表情を浮かべた。その表情に引っ張られるように、俺は思わずそう答えていた。




