第六章 旭日(5)
俺たちは階段を下りてこの建物を出ると、そのままグラウンドのトラックに沿ってぶらぶら歩いた。
そして左側にある朝礼台には、風雨を防ぐことのできる庇の構造が追加されていることにも気づいた。こういうお偉いさんたちが話をする舞台が、またずいぶん豪華になったように感じる。
右手にある建物は体育館兼講堂で、体育祭であろうと様々な式典であろうと、最後には生徒たちをここに集めることになる。集まることはたいてい退屈なので、俺にとって集合というものの印象は、あまりよくない。
「卒業式もここで行われたよね」
「うん。たしか六月の中旬くらいで、ちょうど梅雨の時期だったよね。あの日は雨がすごく降ってて、向こう側からグラウンドを横切って体育館まで来たら、足も靴もすっかり濡れちゃった」
「ああ――そう言われると、確かに少し覚えてる。その日は俺、わざと靴の踵の部分を先に地面につけて歩いてたんだ。そうすれば、水が靴の中に入りにくいから」
「また変なことしてるじゃない。まさか、このことを他の人には話してないよね? きっと変な人だと思われるよ」
「えっと……そうなのか?」
端月の言葉を聞いて、俺自身もこの行動は少し変だったと思ったが、庭雪先生に話した時には、先生も合わせるように「なるほど、そんな方法もあるんだね」と言ってくれた。どうやらあの時、先生はやっぱり俺に合わせてくれていたらしい……先生、本当にいい人だ。
端月は俺の気まずそうな様子を見ると、思わず少し溜息をついた。
だが、嫌がっているようには見えなかった。
「このことはまあいいとしても、卒業式をやっている最中に、下で近くの友達とトランプでブリッジをやってたのは、さすがにどうかと思うけど」
端月はさらに、俺の若気の至りとも言える行動を指摘してきた。
いや、でも、式典って本当に退屈なんだよ? トランプをやらなかったら、時間を潰すのも難しいんだよ。
「それにその後、トランプをやらなくなったと思ったら、今度は誰かとメッセージを送ってたみたいだけど……もしかして、実は他校の恋人でもできたの?」
端月の口調はとても淡々としていたが、彼女の記憶はますます鮮明になってきたようで、青い瞳からも、さっきの十倍は真剣な感情が伝わってきた。
「え? い、いや、違うって! 君が思ってるようなことじゃなくて、その、えっと、それはただ……」
「ただ――?」
端月は俺の手を振りほどこうとする素振りを見せた。
ひとまず、その振りほどく力加減から判断するに、まだ冗談の範囲ではあったが、このことを危険な状況に陥らせないため、俺は慌てて繋いだ手に力を込めた。
「だって、あまりにも退屈だったし、寝ちゃうのも心配だったから、先生と少しだけ話してたんだ」
「へえ――庭雪先生と二人って、そんなに仲がよかったんだ? それで、何を話してたの?」
端月は今も俺の手を振りほどこうとするような素振りを見せていたので、俺はさらに振りほどきにくいように彼女の指を絡めて握った。
頭の中で素早くどう説明するべきか考えてから、答えた。
「俺が何の賞を取ったとか、それから、先生は早く家に帰って休めて羨ましいとか、えっと……そんな些細なことばかりだよ……」
俺は端月に許してもらえるよう祈りながら、顔を横へ向けて、端月の表情を窺った。
「その日が、会える最後の日だったのに……?」
端月は軽く眉を上げ、甘えるような、不満そうな、そして少し拗ねたような口調で言った。
俺の恋愛コメディに対する理解によれば……いや、端月本人に対する理解によれば、この言葉で省略されている主語は「私たち」だ。
つまり、端月は「私たちが会える最後の日だったのに、どうしてまだ先生と話すことに夢中になってたの」と言っているのだ。
え、えっと……でも、そんなふうに言う君は可愛いけど、俺だってどうしようもなかったんだよ……。
「君のその時の席は後ろに割り当てられてたし、俺、君と話せなかったんだよ」
「先生とはメッセージで話せたのに、どうして私とはメッセージで話せなかったの?」
「あ……だって、あの時の俺たちって、たまに少しメッセージを送るくらいだったから……」
それを聞いた端月は眉をひそめて言った。
「もう最後の日だったのに、どうしてそんなことを気にしてたの?」
「だって、俺たちが同じ大学に進学するなんて知らなかったし、そんなことしたら君に迷惑をかけるだろ……?」
「怒るよ……?」
「ごめん……」
俺の落ち込んだ様子を見て、端月は優しげな表情を浮かべて言った。
「冗談だよ。そんなに気にしないで」
「端月、ひどい……」
「えっ、私ってそんなに意地悪かな……?」
端月が本当に少し心配そうな顔をしたのを見て、俺はほっとしながら言った。
「君は意地悪じゃない……俺が嫌だと思うような意地悪じゃない。もっと意地悪してもいいよ。だって……今は俺のほうが悪いから」
あ……しまった……うっかり最近起きたことに結びつけてしまった。
端月はどう反応するんだろう?
俺は少し怖くなった。
だが、端月はそれに反応することなく、体育館の隣にある建物へ目を向けて言った。
「向こうを見に行こうよ。あっちは美術系科目専用の多目的教室だったと思う」
俺は少し慰められたような気持ちと自責の念を抱きながら、少しだけ頷いた。
そして、彼女の手に導かれるように、その場所へ向かって歩いていった。
バスケットボールコートとバレーボールコートでは、後輩たちがボールを使って遊んでいた。
俺たちは美術科の教室を少し見て回った後、反対側にある別の建物へ向かった。
「ああ、ここの水槽って、すごく詰まりやすかったのを覚えてる」
「お弁当箱を洗う時に、一部の人が野菜くずを中に落としちゃうからだよ」
俺たちは手を繋いだまま、この建物の一階を歩いた。
これは俺の一方的な感覚なのかもしれないが、二人の距離は少し近くなったように思う。
少なくとも……今の俺は、親しげにもう一度彼女の手をしっかりと握り直すことができる。
俺が俺たちの手に意識を向けたことで一時的に話が途切れたことを、端月は不思議に思ったようだった。
俺は首を横に振り、それから腕の距離を縮めて彼女の腕に少し触れた。
端月は拒むことなく、ただ少し顔を逸らして、まるで反対側の景色を眺めているようだった。
俺たちはこの校舎を出ると、図書館の前の道を通り抜け、別の建物の前へやって来た。
「俺、昔は時々あそこの三階でご飯を食べてたんだ。購買でパンとペットボトルの紅茶を買って、それからあそこの半開放式のベランダに座って、一人で昼ご飯を食べたりしてた」
俺がそう言いながら三階のほうを見上げると、端月もつられてそちらを見た。
この建物は校内の特別棟で、比較的新しい設備に属しており、電子錠まで設置されているため、今の俺たちは中へ入って見学することができなかった。
「それからさ、昔は俺たちのクラスがここを掃除することになってたんだけど、ここのタイルって綺麗にするのがすごく大変だったんだ。ちょっと歩いただけですぐに汚くなるから、本当に頭が痛かったよ」
あの頃は掃除の班員たちとあまり仲がよくなく、そのうえ、あの人たちもあまり真面目に掃除をしなかった。
だから班長と相談した後、俺は一人で昼休みを使って自分たちの担当区域を掃除しておき、その代わり午後の掃除の時間には休んで、何もしなくてもいいようにしていた。
この場所には、好きだったところもあれば、困ったと思うところもあった。
俺はそのことを端月に話した。
理由なんてない……俺はただ、単純にこのことを彼女に伝えたかっただけだった。
それに対して、端月はただ頷き、分かったと伝えてくれた。
その後、俺たちは再び前へ歩き始めた。
この場所からは弁当を販売している場所の行列を見ることができたが、俺たちは別の方向へ進むことにした……つまり、三年生が使っていた校舎のある場所だ。
「どうしてこんなに汚くなってるの……?」
端月は一階にある、とある教室の窓を見つめ、呆れたように呟いた。
卒業する頃、俺は暇を持て余して、ガラスと古新聞を使ってガラスをぴかぴかに磨いたのを覚えている。
くそ……後輩たちはちゃんと維持してくれなかったのか。
ガラスは向こう側まで突き抜けてしまいそうなくらい、実際にぶつかったら痛いほど透明に磨いておくべきだったのに。
「でも、本当に懐かしいな」
俺は以前、教室の中央より少し後ろ寄りの席に座っていた。
端月は前の扉に近い、二列目の席だったと覚えている。
埃に覆われたガラスを隔てて、俺たちはまるで、自分たちがかつて一緒に過ごした時間を確かめているようだった。
この時の端月はまだガラスの向こう側を見つめていて、愛おしい顔立ちはまるで大切な思い出を見つめているようで、貴重なものを感じさせた。
あのクラスで、俺はあまり楽しく過ごしていなかったし、端月も過去の言葉からすると、おそらく同じだったのだろう。
だからこそ、俺たちは今こうして二人で一緒にいる。
そして俺は、これからもずっと俺たちが一緒にいられたらと思っている。
「端月」
俺は静かに端月へ呼びかけた。
彼女は視線をこちらへ向け、俺の表情を窺った。
「端月」
俺は思わず、もう一度呼んだ。
慈しみと愛情、そして申し訳なさを込めた声で。
「この前は俺が悪かった。一人で思い詰めて……君に大声で話したり、それに、あんなふうに一緒に昼ご飯を食べるのを拒んだり、えっと……その期間ずっとメッセージを送らなかったりして、謝りもしないで、自分から閉じこもって――君を怒らせて、寂しい思いをさせて……置き去りにされたような気持ちにさせて……ごめん」
――ごめん。
俺はもう一度、そう言った。
その時、端月が少し力を込め、繋いでいた俺たちの手を振りほどいた。




