第四章 試練(2)
今日の天気はとても暑く、空調の効いた室内にいても、その暑さが少し分かるほどだった。
窓から外を眺めると、空には雲一つなく、淡い青色の背景と高く昇った太陽だけがあった。
新しい客が店のドアを開けるたびに、外の熱気が一瞬にして中へ広がってくる。ドアに取り付けられた鈴も同時にチリンチリンと鳴り、朝から営業を始めて以来、この音が途切れることはなかった。
「ありがとうございました、バイバイ──!」
同僚である女子高生が大きく元気な声で客を見送り、この言葉は店の合図でもあり、「客が使ったテーブルを片付けてください」という意味だった。どの店にもそれぞれ違いはあるものの、俺がほかの店で食事をして帰るときも、思わずこの言葉を口にしてしまう……だが、このことをほかの人に話したことは一度もない。
「逐兄、私が行きます。つぐ兄の前にお客さんが来ました」
先ほど声を上げた後輩が自ら片付けを申し出てくれたため、レジから飲食スペースへ向かおうとしていた俺の足を止めた。
「こんにちは、注文したいんですが──」
俺は印のついたメニューを手に取りながら客の応対をしつつ、先ほどテーブルを片付けに行った後輩が、かなり成長しただけでなく、性格も少しずつ明るくなってきたことを考えていた。
一か月前、彼女がこの店に来たばかりの頃は少し引っ込み思案な様子で、雑談をしていると、高校時代に少しクラスメイトからいじめを受けたため、最終的にしばらく休学することにしたと話していた。それでも彼女は人の集まりから逃げず、この店でアルバイトをすることを選んだ。俺はそれをとても勇気のあることだと思い、感心していた。
POSレジを操作していると、俺は思わず自分が最初の頃、客の注文を会計システムに入力するだけでも慌ててしまい、該当する料理のボタンを見つけられなかったことを思い出した。今ではスムーズに操作できるようになり、少し感慨深く感じた。
「二千円お預かりします」
俺は客から紙幣を受け取り、素早く角度を変えて本物の紙幣かどうかを確認し、問題がないことを確かめてから、POSレジの下から出てきた現金トレーに紙幣を入れ、画面に表示された内容に従って客にお釣りを渡した。
自分が客の立場なら、簡単な金額なら暗算だけで直接お釣りを渡せると思うかもしれない。しかし実際には、これだけ多くの注文を受けると、人間の数字に対する感覚は大きく低下し、直感的に確認できる画面表示があってこそ、お釣りを間違えずに済む。
その横には計算機も用意されていて、一部の客は、お釣りがきりのいい金額になるよう、先に少し多めにお金を渡すことがある。このようなときも意外と間違えやすいため、自分で金額に確信が持てないときは計算機を使って計算し直す必要がある。
「ありがとうございました。少々お待ちください。お料理はすぐにお持ちします」
俺は小銭、レシート、領収書を客に渡し、機械から吐き出されたキッチン伝票をシュッと横向きに切り取り、それぞれ異なる区域へ配った。
いわゆるキッチン伝票とは、異なる区域へ分けて渡しやすいように、何枚もの料理伝票がまとまったもので、異なる区域の料理伝票の間には、切り取って配りやすいような仕組みがある。店によって少しずつ違うはずだ。
SUNRICEでは、おおまかにドリンクバー、パンエリア、洋食エリア、サイドメニューエリアに分かれている。定規のような形をした細長いマグネットバーを使うことで、それぞれの区域の料理伝票を順番に吸着させておけるため、各区域の同僚が次にどの料理を出すのか確認しやすくなっている。
俺がキッチン伝票を配り終えてレジへ戻ると、思わずその場で立ち尽くした。
目の前の状況が少し非現実的だったからだ。まるで平凡な日常の中で、突然この世界には魔法少女が存在すると告げられたようだった。
目の前にいる二人の客のうち、一人は茶色の長い髪をしていて、桜色の瞳が柔らかな印象を与えている。しかしその顔には、まるで「面白いものを見つけた」とでも言うような興奮した表情が浮かんでいた。その人物はゆったりとした青系の服を身につけていて、思わず夏の海辺を連想させる。
そして彼女の隣に立っている人は、肩を少し越える長さの黒髪で、青みがかった瞳が俺を見た瞬間、胸が高鳴るような喜びを映し出した。彼女は控えめな緑色のリボンが付いた白系のワンピースを身につけていて、可憐な印象を与えている。
二人の魔法少女は俺を見た瞬間に固まり、どうやらとても面白く感じたらしく、次々と花のような笑みを浮かべて言った。
「やっほー、ちゃんと真面目に働いてる? それじゃあ、情熱的で可愛い先輩が、あなたが長いこと鍛えてきたサービス精神を確かめてあげようか」
「逐幸、こんにちは。大丈夫? すごく疲れてない?」
……俺は二秒かけて、これが現実なのだと確認した。返事をしようとしたところ、ちょうど戻ってきた後輩が目を大きく見開いた──
「つぐ兄、その二人ってもしかして知り合いなんですか?」
それに対して、俺は思わず反射的に「うん、俺も彼女が来るとは思わなかった」と言ってしまったが、その言葉を口にしてから間もなく、俺は後悔した。
なぜなら後輩も俺と同じように呆然とし、続いて店内で大声で言ったからだ。
「か、かつ姉──! わ、私、私、私、つぐ兄に言いたいんですけど、つぐ兄の二人の彼女が今うちの店に来てます──!」
彼女の声はとても大きかったため、もともと会話の声で満たされていた店内が一瞬静まり返った。客やほかの同僚、さらには顔を出したかつ姉まで、次々と俺へ視線を向けてきた。
「ちょっと! 待って! 二人とも彼女ってわけじゃない──! 一人は女友達だから!」
俺は後輩の活発さを嬉しく思う一方で、思わずこめかみを押さえてため息をつきたくなった。
幸い、飲食スペースの客たちは俺の言葉を聞くと、次々と振り返って自分の食事を再び楽しみ始めた。
俺は状況を確認してから、ようやく先輩が今日は珍しく、誤解を招きやすいことを言っていないことに気づいた。どうやら大学の外では、ひとまず比較的大人しくしているらしい。
そのとき、湖櫻先輩が突然俺に話しかけてきた。
「逐幸、彼女の肩書きを持っていたら割引してもらえる? 割引をもらうためなら、一日だけなら私、受け入れてあげてもいいよ」
端月が俺へ視線を向け、「あら、どう答えるの?」と言わんばかりの様子を見せた。口元には笑みが満ちているのに、俺の背中は空調とは別の理由で寒くなった。
そこで俺は恐る恐る先輩に答えた。
「……割引があるかどうかはともかく、俺の恋人兼彼女は、あなたの隣にいるその一人だけです」
「つぐ兄、そのテーブルは任せますね」
女子高生の後輩が、端月と湖櫻先輩のテーブルの料理を俺に託した。俺がPOSレジを見ながらどうしようかと迷っていると、かつ姉がやってきて俺に言った。
「早く行っておいで。レジはしばらく私が代わるから。どうせ今はピークタイムも過ぎて、お客さんも減ってきたし、少しくらい話してきても大丈夫だよ」
──何しろ二人の彼女がいるんだから、二倍の時間が必要なんでしょう?
かつ姉は片目をつぶりながら、そんなふうに俺をからかった。俺は彼女の好意を感じ取り、トレーを受け取った。
「あ、前に一人だけ連れてくるって話してたよね。今回は絶対に約束して来たわけじゃないんでしょう? だからノーカウント。次は彼女だけを連れてきてね。彼女とお話ししたいから。ほら、これで本当に行っていいよ」
その補足に、俺は思わず苦笑を浮かべながら、感謝の気持ちで飲食スペースへ向かった。
「お待たせしました。こちら、お料理をお持ちしました」
俺は端月たちがいるテーブルまでやってくると、目ざとい先輩がすぐに俺に気づいた。端月も続いて振り返ったが、二人がそれまで何を話していたのかは分からない。
俺の従業員用制服姿を見た先輩は、意味ありげな笑みを浮かべた。それがどうにも気になったが、聞いたら面倒なことになりそうなので、やめておくことにした。
「ありがとう。えっ、座って話せるの?」
料理をテーブルに置いたあと、俺は一時的に制服のエプロンを脱いだ。それに対して、端月は嬉しそうな表情を浮かべ、まるで歌うように言った。
「長くならなければ、かつ姉……えっと、店長が大丈夫だって。でも人が増えたら、俺は戻って手伝うと思う」
「うん、分かった。じゃあ早く座って。私が頼んだお茶、飲む?」
「俺はさっきもうたくさん飲んだから、端月が飲んでいいよ。遠慮しなくていいから」
俺たちのやり取りを見て、先輩がくすくすと笑った。
俺と端月は突然恥ずかしくなり、少しでも話題をそらすために、ぎこちなく言った。
「二人とも、今日はどうしてここに来たの……?」
というより、俺は端月に自分がアルバイトをしている場所を教えていない。いったいどうやって知ったのだろう?
そしてこの話題は、どうやら端月の不満を引き出してしまったらしい。彼女は少し目尻を吊り上げ、冷たい口調で言った。
「そうだね。恋人である私が、逐幸のアルバイト先を知らない。でも一方では、彼女の肩書きを持っていない人が、昨日の夜に突然メッセージを送ってきて、今日あなたに会いに来ないかと誘ってきた。このことについて、何か言いたいことはある?」
えっと。
俺は慎重に端月の表情を観察した。気にしているのが七割、冗談が二割、残りの一割は複雑な気持ち、といったところだろうか。
そのとき先輩は無実を装うかのように完全に口を閉ざし、微笑みながら俺自身に答えさせようとしていた。
「逐幸、彼女じゃないほうが何をしようとしたかじゃなくて、今は私があなたに質問してるんだよ」
その言葉によって、俺は慌てて視線を、怒りの度合いが一割増した恋人へ向けた。
その瞳には「納得できる説明をして」と書いてあるようで、俺は一瞬にして北極にいるような感覚になった。
「えっと、ある授業の活動で、先輩が……げほげほ、違う、俺が自分からうっかりアルバイトをしていることを口にしてしまって、それで問い詰められたんだ。教室から逃げるために、仕方なく白状した。でもそのとき、先輩には絶対に来ないでくださいってお願いしたんだ。それで先輩が『安心して。来るなら端月も一緒に誘うから』って返して……だいたいそんな感じです」
「じゃあ、先輩の言葉を聞いて安心したの? その流れで私にも教えるという選択肢もあったはずだよね?」
端月は身を乗り出し、さらに追及してきた。俺は無意識に先輩へ助けを求めようとしたが、強烈な生存本能によって、目を一ミリたりとも動かすことができなかった。別の理由を探そうとしたところ、端月の怒りの度合いがさらに二割ほど上がったようだった。そこで俺は仕方なく最後の切り札を明かした。
「だって、えっと、先輩には、追加条件があったから」
「先輩から、私にはまだ言わないでって言われたの?」
端月はそう言ってから湖櫻先輩を一目見たが、後者は何事もなかったかのように、依然として笑みを浮かべながら首を横に振り、その言葉を否定した。
俺は仕方なく答えを続けた。
「先輩が、端月の写真をたくさん持っているって言って、それを約束すれば、その写真を俺に共有してくれるって」
それを聞いた端月は一瞬動きを止めた。続いて、口調こそ少し和らいだものの、わざと冷淡な表情を保ったまま言った。
「今あなたが言ったことと、あとから私にアルバイト先を教えたかどうかは別の話だよ」
……
…………
俺は黙り込み、最後には少し横を向き、途切れ途切れに言った。
「確かに、そうだね……。だって、えっと、大切な恋人が、自分の働いている場所に来るのって、俺は恥ずかしいと思ったから。それで言わなかった……ごめん」
「逐幸、私の目を見て話して」
端月は厳しい口調で言ったが、先ほどまで場の空気が冷たく張り詰め、顔を強張らせていた先輩は、思わず口元を緩めた。俺は少し怯えながら、目の前の恋人へ再び視線を向けた。
そのときの端月は依然として大きな反応を見せなかったが、俺には彼女の目が柔らかくなり、頬もずいぶん柔らかくなったように感じられた。
「さっき言ったことを、もう一度私に言って」
端月は一見冷淡な声で言った。俺は慌てて最後の機会をつかみ、口を開いた。
「えっと、俺が一番好きで、俺にとって一番大切な恋人が、俺の働いている場所に来るのが……俺は恥ずかしいと思ったから、それで……端月には言わなかった……ごめん」
その言葉を聞いた端月は何も言わず、俺は緊張した状態を保ち続けた。そして十年のように長く感じられる五秒が過ぎたあと、端月はようやくため息をついて言った。
「分かった。今、状況が理解できたよ。今回は許してあげる」
そのとき、先輩やほかのテーブルの客たちから次々と忍び笑いが漏れたが、当事者である俺は、制服が汗で濡れてしまい、全身がひんやりしているような感覚しかなかった。
それから──このときの端月は、まだ完全には警戒を解いていない猫のような様子で、続けて言った。
「逐幸、あとであなたのスマホを貸して。私がどんな写真を撮られているのか確認する必要があるから。その代わり、私も自分のスマホを貸す。あなたが欲しい写真があったら、私に言ってくれればいい。送れるものなら、あとで送ってあげる。いい?」
──だから、こんなことで人に釣られていかないでね? 次は気をつけて。
そのとき端月が言ったことを、俺はまだうまく理解できていなかった。ただ、彼女が俺を許すことに決めたらしいという事実と、今の彼女の姿が可愛いという二つのことだけは感じていた。
端月は俺への話を終えると、続いて先輩へ視線を向けた──
「ごめんなさい私が遊び心を出しすぎてうっかりニンジンで釣っちゃいましたどうか頭がよくて可愛くて正真正銘の彼女である端月後輩様お手柔らかにどうか今回だけは法の外でお許しください」
先輩はほとんど息継ぎもせずにこの一連の謝罪の言葉を流暢に言い切ると、同時に両手を合わせ、頭を下げて誠意を示した。
この人……自分が有罪になることを分かっているから、先に自首して罪を軽くしようとしている……
端月は先輩を見つめ、最後にため息をついて言った。
「先輩、普段はあまり言わないけど、もう少し頻繁にうちの逐幸をからかわないでくれる? 私も彼をからかうのは面白いと思うけど、何事にも限度があるから。それに私だって、ときどき少し意見を言いたくなることもあるんだよ。少し控えるって私に約束してくれる? できるよね、私がずっと尊敬している先輩?」
「はい、本当に申し訳ありません。もう徹底的に反省しました。これからは端月後輩の大切な恋人をからかう回数を減らします!」
ちょっと待って、減らすだけなの?
「うん、分かった。いい子、いい子。さすが先輩」
意外なことに、端月はそれ以上追及することなく、わざと甘えるように近づいてきた先輩を抱き寄せ、慰めるようにその背中を軽く叩いた。
うん……目の前の光景はあまりにも非現実的で、俺は一瞬どう反応すればいいのか分からなかった。それでも、せっかく築いたものを台無しにしないよう、俺は大人しくしておくことにした。
そしてこの出来事によって、俺はまた恋人の知られざる一面を知ることになった。
少し嬉しく思う一方で、怖いと感じる部分もあった。
──これからは、こういうことにはやっぱり慎重に向き合おう。




