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第5話 1年前の悲劇 

葵が目を覚ました。


しかし、彼女が倒れるまで何があったのか。


ヨーデルは、父親であるダンを問いただす。


そこで明らかになったのは――


一年前、リムラ村で起きた出来事だった。

「ダン!!」


ヨーデルの怒声が、部屋に響き渡った。


「貴様……一体、何をしたんだ!」


「葵ちゃんは、まだ十二歳なんだぞ!」


ヨーデルは怒りを抑えきれず、ダンの胸ぐらを掴んだ。


「幼い子どもに、あんな重労働をさせて……」


「栄養失調と脱水で、命を落としかけていたんだぞ!」


「以前にも言ったはずだ!」


「それなのに……なぜ、また……!」


しかし――


ダンは抵抗しなかった。


ただ、虚ろな目で遠くを見つめている。


「……すまない」


返ってきたのは、その一言だけだった。


ヨーデルは、ダンを見つめる。


本当に反省しているのか。


それとも――


ただ、そう言っているだけなのか。


分からなかった。


(この男は……)


ヨーデルは拳を握る。


(昔は、こんな人間ではなかった)



初めてダンと出会ったのは、リムラ村だった。


預言者アブラハの紹介で出会った青年。


その頃のダンは、優しい男だった。


村人を大切にし、誰に対しても思いやりを持っていた。


そして何より――


娘の葵を、心から愛していた。


「この子だけは、絶対に幸せにする」


そう語っていた姿を、ヨーデルは今でも覚えている。


だからこそ――


今のダンを見るたびに、胸が痛んだ。


なぜ、こんなにも変わってしまったのか。


そのきっかけは、一年前に起きた出来事だった。



一年前。


リムラ村は、正体不明の術者たちによる襲撃を受けた。


村は大きな被害を受けた。


家々が壊され、人々の心までも傷ついていった。


互いを疑う者。


憎しみを抱く者。


故郷を捨てる者。


かつて活気に満ちていた村は、少しずつ衰退していった。


そんな絶望の中でも――


最後まで村に残った男がいた。


ダンだった。


村のために働き続けた。


娘を守り続けた。


誰よりも優しい父親だった。


しかし――


村が最も苦しんでいた、あの日。


ダンは助けを求めるため、ガデム村へ向かった。


ヨーデルのもとへ。


だが、その途中だった。


何者かに捕らえられた。


そして――


連れ去られた。


(あの時……私が助けることができていれば……)


ヨーデルは、今でも忘れられない。


最後に聞いた、ダンの叫び声。


「やめろ!!」


「俺には大切な娘がいるんだ!」


「あの子を守れるのは、俺だけなんだ!」


「頼む……!」


「俺から……あの子への愛情まで奪わないでくれ!」


あの時のダンは、確かに優しい父親だった。


だからこそ、ヨーデルには理解できなかった。


なぜ――


あの日を境に、彼は変わってしまったのか。


(まるで……)


ヨーデルは、今のダンを見る。


(誰かに心を支配されているようだ)


そんな疑念が、ずっと消えなかった。



「旦那様……申し訳ありません」


葵の世話をしていたエリーが、頭を下げた。


「私も気をつけていたのですが……」


「この人は、何も話してくれなくて……」


ヨーデルは首を横に振った。


「お前のせいじゃない」


そして、ダンを見る。


「葵ちゃんは、お前を恐れている」


「それなのに、なぜ何も気づかない?」


ダンは答えなかった。


ただ、俯いている。


それを見たエリーが、ついに声を上げた。


「もういいよ!」


「葵ちゃんは、私が引き取る!」


「この人に……もう父親を任せられない!」


エリーはダンを睨んだ。


「葵ちゃんは、あんたの道具じゃないんだよ!」


「どうして、優しくしてあげられないの!」


そして、葵へ向き直る。


「葵ちゃん」


「私と一緒に暮らそう」


「私があなたを守る」


「もう辛い思いはさせないから」


エリーは、葵を優しく抱きしめた。


その時だった。


「……待って」


小さな声がした。


全員が振り向く。


ラックだった。


ラックは、葵を見つめる。


「父さん……」


「僕たちと一緒に暮らさない?」


「家族になってほしい」


「お願い……父さん」


必死な声だった。


ヨーデルは、静かに頷いた。


「そうだな……」


「この子のためには、ダンと離れた方がいいのかもしれない」


その時――


ずっと俯いていた葵が、口を開いた。


「私は……」


全員が葵を見る。


「私は……父さんと一緒にいたい」


「……え?」


エリーが息をのむ。


ラックも、ヨーデルも言葉を失った。


今のダンは、葵にとって恐ろしい存在になっている。


それでも――


葵は、父親を嫌いになれなかった。


一年前までの父は、優しかった。


頭を撫でてくれた。


笑ってくれた。


抱きしめてくれた。


「アオイは、お父さんの宝物だ」


そう言ってくれた。


その愛情まで、嘘だったとは思えない。


だから――


「私は……父さんを一人にしたくない」


葵は、小さな声で言った。


ヨーデルの胸が締め付けられる。


過去を知らなければ、迷わず二人を引き離していただろう。


けれど――


今の葵にとって、ダンは恐ろしい父親であると同時に、


それでも愛している、たった一人の父親なのだ。


「……分かった」


ヨーデルは、静かに息を吐いた。


「葵ちゃんの気持ちを尊重しよう」


ラックは唇を噛んだ。


「でも……」


拳を握る。


「このままだったら……いつか本当に……」


その先の言葉を、ラックは言えなかった。


怖かった。


目の前の少女を失ってしまうことが。



話し合いが終わると、ヨーデルはダンの前に立った。


「いいか、ダン」


低い声だった。


「次に葵ちゃんを傷つけたら……絶対に許さない」


「お前との取引も終わりだ」


「仕事を失う覚悟をしておけ」


「分かったな」


「……はい」


ダンは、小さく答えた。


けれど――


その瞳に光は戻らない。


ヨーデルは、そんなダンをじっと見つめた。


一年前のあの日。


何があったのか。


誰がダンを連れ去ったのか。


そして――


なぜ、彼は別人のようになってしまったのか。


まだ、何も分からない。


ただ一つだけ。


ダンの心を覆う闇は――


今も消えていなかった。



その夜。


葵は静かな部屋で眠っていた。


ラックは、少し離れた場所からその姿を見つめていた。


夢の中で何度も助けを求めていた少女。


ようやく見つけた。


けれど――


「……僕が守る」


ラックは、小さく呟いた。


その時だった。


窓の外で――


木の葉が、ざわりと揺れた。


ラックは振り返る。


「……?」


しかし、そこには何もない。


ただ、夜の森が広がっているだけだった。


誰も気づかない。


森の奥。


月明かりの届かない場所で――


黒い影が、ゆっくりと動いた。


そして、その影は――


静かに消えた。

第5話を読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、葵の父・ダンについて描きました。


かつては優しい父親だったダン。


それなのに、一年前を境に、別人のように変わってしまった。


その理由は、まだ明らかになっていません。


そして、リムラ村を襲った「正体不明の術者たち」。


彼らが何者なのか。


ダンの変化と関係があるのか。


少しずつ、物語の謎が深まっていきます。


そして最後に――


リムラ村の闇で、何かが動き始めました。


その正体を知る者は、まだ誰もいません。

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