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第4話 夢の少女

作業小屋の中で、ラックが見つけた少女。


それは、夢の中で何度も助けを求めていた少女だった。


けれど――


少女は、目を閉じたまま動かない。

「……!」


ラックは、息をのんだ。


作業小屋の中。


そこには、一人の少女が倒れていた。


「大丈夫!」


ラックは慌てて駆け寄った。


肩に触れる。


「ねぇ、大丈夫!」


返事がない。


少女は目を閉じたまま、ぐったりしている。


顔は青白く、呼吸も弱い。


ラックの胸が、激しく鳴った。


「そんな……」


この少女なのか。


夢の中で、何度も自分を呼んでいた――


あの少女。


「助けて」と。


「早く私を見つけて」と。


何度も聞こえた、あの声。


「……君なの?」


ラックは震える声で尋ねた。


もちろん、返事はない。


「父さん!」


ラックは立ち上がった。


「父さん! 来て!」


その声を聞き、少し離れた場所にいたヨーデルが駆けてくる。


「何があった!」


「この子が……倒れてる!」


ヨーデルは少女のそばにしゃがみ込んだ。


顔色。


呼吸。


体温。


一つずつ確認していく。


「……」


ヨーデルの表情が変わった。


「大丈夫だ、ラック」


努めて穏やかな声で言う。


「安心しなさい。おそらく熱中症だろう」


そう口にしかけて――


ヨーデルは言葉を止めた。


本当に、それだけなのだろうか。


少女の顔を見つめながら、十日前の出来事が脳裏によみがえった。


◆


十日前――。


ヨーデルがダンの畑の前を通りかかった時だった。


「働け!」


「今日のノルマは、まだ終わっていないぞ!」


「そんな遅さでは日が暮れてしまう!」


怒鳴り声が、畑中に響いていた。


七月から八月。


この時期は、デムの実の収穫期だ。


熟した実を摘み取り、作業小屋まで運ぶ。


一見すると単純な作業だが、決して楽ではない。


畑から小屋までは、およそ五百メートル。


籠いっぱいに実を入れれば、その重さは五キロ近くになる。


それを何度も往復するのだ。


大人でも汗だくになる重労働だった。


それなのに――


十二歳の少女が、一人で籠を抱えていた。


朝から休むことなく働き続けている。


足元はふらついていた。


「……ダン」


ヨーデルは思わず眉をひそめた。


声を掛けようとした、その時だった。


ダンは荷馬車に乗り込み、そのまま農場の奥へ向かってしまった。


残された少女は、重い籠を抱えたまま立ち尽くしている。


今にも倒れそうだった。


「大丈夫かい?」


ヨーデルは急いで駆け寄った。


少女が顔を上げる。


「……ヨーデルさん」


かすかに笑った。


けれど、その頬は赤く染まり、息も荒い。


「今日は特に暑い」


ヨーデルは水筒を差し出した。


「まずは水を飲みなさい」


「ありがとうございます……」


少女は遠慮がちに水を口にした。


少しだけ、表情が和らぐ。


「毎日、お父さんを手伝っているのかい?」


「はい」


少女は小さく頷いた。


「でも私、力がなくて……」


「なかなか言われた通りにできないんです」


申し訳なさそうに目を伏せる。


ヨーデルは、少女を見つめた。


「この仕事は、大人でも大変なんだ」


「辛くはないのかい?」


少女は少し考えた。


そして――


小さく笑った。


「これが、私の仕事ですから」


「大丈夫です」


そう言って、再び籠を持ち上げようとする。


その笑顔が、ヨーデルには痛々しく見えた。


……無理をしている。


そう思った。


「君の名前は?」


「……葵です」


少女は答えた。


「葵ちゃんか」


「はい」


「葵ちゃん」


ヨーデルは、優しく声を掛けた。


「困ったことがあったら、いつでも私を頼りなさい」


「一人で抱え込まなくていい」


「必ず力になる」


葵は目を丸くした。


そして――


少しだけ目を潤ませながら笑った。


「ありがとうございます」


けれど、その直後。


葵は小さな声で付け加えた。


「でも……父さんは厳しいだけで、本当は優しい人なんです」


ヨーデルは、何も答えられなかった。


その言葉の奥にあるものを、感じ取ってしまったからだ。


……このままでは危ない。


胸に残ったのは、その不安だった。


◆


それからヨーデルは、リムラ村へ来るたびに葵へ声を掛けるようになった。


「無理をしていないか?」


「ちゃんと水を飲んでいるか?」


そのたびに、葵は笑って答えた。


「大丈夫です」


けれど――


今日。


その少女は、目の前で倒れている。


「……」


ヨーデルは拳を握った。


もう、見過ごすことはできない。


「ラック!」


「うん!」


「この子には薬が必要だ」


ヨーデルは素早く手紙を書いた。


そして、ラックへ渡す。


「エリーおばさんのところへ急いで届けてくれ!」


「分かった!」


ラックは手紙を握りしめ、走り出した。


◆


ヨーデルは葵をそっと抱き上げた。


驚くほど軽い。


「……こんなになるまで」


ヨーデルは唇を噛んだ。


急いで荷馬車へ運び、エリーの家へ向かう。


「頼む……間に合ってくれ」


荷馬車が走る。


ラックも、その隣を必死に追いかけていた。


◆


エリーの家に着くと、すぐに葵をベッドへ寝かせた。


エリーは手際よく治療を始める。


濡らした布を額へ。


首筋へ。


そして、少しずつ水分を与えていく。


しばらくすると――


エリーが、ほっと息をついた。


「よかった……」


「意識が戻りそうだよ」


ラックの表情が明るくなる。


「本当に?」


「ああ」


けれど、エリーの表情はすぐに曇った。


「ただ……」


「かなり衰弱しているね」


ヨーデルは黙って葵を見る。


「あと少し遅かったら……」


エリーは言葉を濁した。


それだけで十分だった。


ラックは拳を握った。


「……もっと早く見つけていれば」


「ラック」


ヨーデルが静かに声を掛ける。


「お前が見つけたんだ」


「それだけで、この子は救われた」


ラックは何も言わず、葵を見つめた。


夢の中で、何度も自分を呼んでいた少女。


その少女が、今、目の前にいる。


けれど――


まだ夢の中の少女と同じ人物なのか、確信は持てなかった。


その時だった。


葵のまぶたが、かすかに動いた。


「……!」


ラックが身を乗り出す。


ゆっくり。


ゆっくりと――


少女が目を開いた。


「……ここは……?」


か細い声だった。


ヨーデルが、優しく声を掛ける。


「葵ちゃん」


「気がついたかい?」


葵は、ゆっくりと顔を動かした。


そして――


ラックを見つめた。


その瞬間。


二人の視線が重なった。


ラックの胸が、大きく跳ねる。


この瞳。


この声。


間違いない。


夢の中で、何度も聞いた――


あの少女だ。


「……君は」


ラックが呟く。


葵もまた、不思議そうにラックを見つめていた。


そして――


小さな声で言った。


「……夢で……」


ラックは息をのんだ。


「え?」


葵の言葉は、そこで途切れた。


再び、ゆっくりと目を閉じる。


「葵ちゃん!」


ラックが叫ぶ。


けれど――


葵は、もう答えなかった。


ただ、眠るように静かな呼吸を繰り返していた。


ラックは、呆然と少女を見つめる。


夢の中の少女。


目の前の少女。


二人は――


同じなのか。

第4話を読んでいただき、ありがとうございます。


ラックがついに、夢の中の少女と出会いました。


少女の名前は――葵。


しかし、彼女が夢の少女なのか。


まだ確かなことは分かりません。


そして、リムラ村で起きている異変も、少しずつ姿を見せ始めています。

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