第4話 夢の少女
ご覧いただきありがとうございます。
今回は、リムラ村で暮らす少女・葵が抱えていた苦悩と、ヨーデルが彼女を救おうとする姿を描きます。
デムの実の収穫を通じて明らかになる、村の知られざる一面。
そして、ラックと葵の出会いに隠された意味とは――。
それでは第四話「デムの実 過酷な労働」をお楽しみください。
「大丈夫だ、ラック」
ヨーデルは穏やかな声で言った。
「安心しなさい。おそらく熱中症だろう」
そう口にしかけて、言葉が止まる。
……いや、本当にそれだけだろうか。
脳裏に、十日前の出来事が鮮明によみがえった。
◆◇◆
十日前――。
ヨーデルがダンの畑の前を通りかかった時だった。
「働け!」
「今日のノルマはまだ終わっていない!」
「そんな遅さでは日が暮れてしまうぞ!」
怒鳴り声が畑中に響き渡る。
七月から八月にかけては、デムの実の収穫期。
熟した実を摘み取り、作業小屋まで運ぶ。
単純な仕事に見えるが、決して楽ではない。
畑から小屋までは五百メートルほど。
籠いっぱいに実を入れれば五キロ近い重さになる。
それを何度も往復するのだ。
大人でも汗だくになる重労働だった。
それなのに――。
十二歳の葵が、一人で籠を抱えていた。
朝から休みなく。
ふらつく足取りで歩いている。
「ダン……」
ヨーデルは思わず顔をしかめた。
声を掛けようとしたその時、ダンは荷馬車に乗り込み、農場の奥へ行ってしまう。
残された葵は、重い籠を抱えたまま立ち尽くしていた。
今にも倒れそうだ。
ヨーデルは急いで駆け寄る。
「葵ちゃん、大丈夫かい?」
葵は驚いたように顔を上げた。
「ヨーデルさん……」
かすかに笑顔を浮かべる。
「私は大丈夫です」
そう答えた頬は赤く染まり、息も荒い。
誰が見ても無理をしている。
「今日は特に暑い」
ヨーデルは水筒を差し出した。
「まずは水を飲みなさい」
「ありがとうございます……」
葵は遠慮がちに水を口へ運ぶ。
少しだけ表情が和らいだ。
「毎日、お父さんを手伝っているのかい?」
「はい」
葵は小さく頷く。
「でも私、力がなくて……。
なかなか言われた通りにできないんです」
申し訳なさそうに目を伏せた。
「この仕事は、大人でも大変なんだ」
ヨーデルは優しく言う。
「辛くはないのかい?」
葵は少し考え、小さく微笑んだ。
「これが私の仕事ですから」
「大丈夫です」
そう言って、また籠を持ち上げようとする。
その笑顔が痛々しかった。
……無理をしている。
ヨーデルはそう感じずにはいられない。
「葵ちゃん」
葵が振り返る。
「困ったことがあったら、いつでも私を頼りなさい」
「一人で抱え込まなくていい」
「必ず力になる」
葵は目を丸くしたあと、少しだけ目を潤ませて笑った。
「ありがとうございます」
「でも父さんは厳しいだけで、本当は優しい人なんです」
その言葉に、ヨーデルは返事ができなかった。
……このままでは危ない。
胸に残ったのは、その不安だけだった。
◆
それからというもの、ヨーデルはリムラ村へ来るたびに葵へ声を掛けるようになった。
そして今日――。
目の前で葵は倒れていた。
意識を失ったまま、動かない。
……もう見過ごすことはできない。
ヨーデルは拳を握る。
「ラック!」
「うん!」
「この子には薬が必要だ」
素早く手紙を書き、ラックへ渡す。
「エリーおばさんのところへ急いで届けてくれ!」
「分かった!」
ラックは駆け出した。
ヨーデルは葵をそっと抱き上げ、荷馬車へ乗せる。
急いでエリーの家へ向かった。
到着すると、葵をベッドへ寝かせる。
濡らした布で額や首筋を冷やし、熱を下げていく。
しばらくすると、エリーがほっと息をついた。
「よかった……」
「意識が戻りそうだよ」
しかし、その表情はすぐに曇る。
「かなり衰弱しているね」
「あと少し遅かったら……命も危なかった」
ヨーデルもラックも言葉を失った。
静かな部屋に、葵のかすかな呼吸だけが聞こえる。
やがて、まぶたが小さく震えた。
(……ここは?)
ゆっくりと目を開く。
その様子を見て、ヨーデルは安堵したように微笑んだ。
「葵ちゃん」
「気がついたかい?」
第四話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、葵が倒れるまでの背景と、ヨーデルが彼女を心配していた理由を描きました。
デムの実という村の産業の裏側には、人々の生活や、それぞれが抱える事情があります。
そして、ラックと葵の出会いは、これからの物語に大きな意味を持つことになります。
次回は、目を覚ました葵とラックの関係、そしてリムラ村で起きている問題がさらに明らかになっていきます。
引き続き『ジェネシスの巫女アオイ』を楽しんでいただければ幸いです。




