第23話 父さんと暮らしたい
傷ついた身体よりも、
深く傷ついていたのは――
葵の小さな心だった。
長い間、父の愛を求め続けながらも、
孤独と痛みに耐えてきた少女。
しかし今、彼女の周りには
初めて自分を心から心配してくれる人達がいる。
怒り、悲しみ、守ろうとする愛。
それぞれの想いが交差する中で、
葵はある決意を胸に抱いていた。
「父さんを憎みたくない……」
犯した過ちは消えることはない。
それでも、人は変わることができるのか。
赦しとは何なのか。
家族とは何なのか。
傷ついた父と娘の絆は、
再び結び直される道を見つけることができるのか――。
そして葵自身もまた、
自分の中に宿る「神の愛」という力を
少しずつ理解し始めていく。
これは、憎しみではなく愛を選ぼうとする
ひとりの少女の物語である。
葵は、昼間に父ダンと再び会った時のことを思い返していた。
今晩、みんなが私のために集まってくれる……。
確かに、今日私は父さんに傷つけられた。
でも……。
みんなに誤解してほしくない。
これまで父さんが私にしてきたことは、決して許されることではない。
だけど……。
犯してしまった過ちにも、やり直す道があってもいいのではないだろうか。
みんなが父さんを責めて、二度と一緒に暮らせなくなる。
そんな結末だけは、絶対に避けたい。
今は一時的に、お互いに距離を置くことが必要なのかもしれない。
でも――
「私は……父さんと一緒に暮らしたい」
この気持ちだけは、決して変わることはない。
そう思えるようになった理由。
それは、あの時気づいた存在のおかげだった。
神という存在。
私は、これまでずっと独りぼっちだと思っていた。
誰にも理解されず、
誰にも助けてもらえない。
そんな孤独の中で生きてきた。
でも、本当は違った。
いつも私のそばで励まし、支えてくださる存在がいた。
目には見えなくても、私を包み込んでくれる大きな愛。
「神という希望の存在」が……。
□◆□◇◆
「葵ちゃん」
「気分はどう?」
サラが優しく声をかける。
「サラさん……。
私は大丈夫です」
葵は微笑んで答えた。
「今からね、あなたのことを心配して駆けつけてくれた人たちを呼ぶけれど……大丈夫?」
「はい。
私も皆さんに話したいことがあります」
そして葵を囲むように、
ラック、
アニー、
デル、
サラ、
ヨーデル、
エリーおばさん、
そしてサラの夫カムイが席についた。
皆、心配そうに葵を見つめている。
「今日は皆さん、集まっていただいて本当にありがとうございます」
葵が頭を下げる。
するとアニーがすぐに答えた。
「当然だよ!
みんな葵ちゃんのこと、心配してるんだからさ!」
「えっ?アニー。
お前、今日が初対面だろ?」
ラックが驚いた顔をする。
「俺が心配したら悪いのかよ!」
アニーは少し照れながら言った。
(葵ちゃんに会ってから、どうしてもこの子のことが気になるんだ……)
するとデルも胸を張って言った。
「葵ちゃんは今日から私の親友なの!
私が葵ちゃんを守る!
葵ちゃんのためなら、何だってする覚悟よ!」
「ありがとう……デルちゃん」
葵は嬉しそうに微笑んだ。
(デル……。
昼間まではラックのことで葵ちゃんに対抗心むき出しだったのに……。
どうしてそんなに仲良しになってるんだ?
しかも、まだそんなに話してないだろ……)
アニーは心の中で呆れていた。
(まあ……俺も人のこと言えないけどな)
■□■◆◇
「本当は、子供たちをこの話し合いに参加させることには反対だったのよ」
サラが静かに話し始める。
「でもヨーデルさんが、
『葵ちゃんを心配してくれる友達の存在は、今の彼女にとって大切なものだ』
と言ってくれたから、参加してもらうことにしたの」
「はい!分かっています!」
ラック、アニー、デルの3人は声を揃えて返事をした。
サラは皆に飲み物を用意し、葵の前には出来立てのサンドイッチを置いた。
「葵ちゃん。
あなた、お昼から何も食べていないでしょう?
少しでも食べて元気を出して」
「ありがとうございます……」
葵は小さく頷いた。
しかし、傷の痛みもあり、食欲はあまり戻っていなかった。
二口、三口ほど食べたところで、そっと皿に戻してしまう。
「葵ちゃん……」
ラックが心配そうに声をかける。
「もう少し食べた方がいいよ」
「ありがとう、ラック。
もう少し頑張って食べるね」
皆は、葵が少しでも落ち着けるように、静かに食事を終えるのを待った。
□■◇◆
「しかし……大変なことになっちまったな」
カムイが重い口を開いた。
「あいつ、村長の好意まで無視して、どうして葵に会いに来たんだ……」
するとエリーおばさんも怒りを抑えきれずに言った。
「私はね!
以前、葵ちゃんが熱中症で倒れた時からずっと心配していたのよ!
何かあったら必ず連絡してって、ヨーデルさんにもお願いしていたのに……」
「もう、あの男を放っておけないわ!」
エリーは強い口調で続けた。
「あの時、葵ちゃんがお父さんと暮らしたいって言ったから、あなたの気持ちを尊重して見守ってきた。
でも今回のことは違う。
私が葵ちゃんと暮らすわ!」
「待ってください!」
ヨーデルが落ち着いた声で遮った。
「皆さんが葵ちゃんを心配している気持ちは、私にもよく分かります」
「だからこそ……」
「これからダン親子がどう歩んでいくべきなのか。
私たちに何ができるのか。
感情だけではなく、ゆっくり考えていきましょう」
そしてヨーデルは、葵へ視線を向けた。
「そのためにも……」
「今、一番大切なのは葵ちゃん自身の気持ちを聞くことです」
「葵ちゃん」
「これまで、お父さんからたくさん傷つけられてきたのに……」
「どうして、そこまで一緒に暮らすことにこだわるの?」
「葵は……」
「お父さんのことを、どう思っているの?」
その場にいた全員の視線が、静かに葵へ集まった。
第23話では、葵の本当の強さが描かれています。
これまで読者の皆様から見れば、
ダンの行為は決して許されるものではありません。
葵が受けてきた苦しみや傷は、簡単に消えるものではないでしょう。
しかし葵は、父をただ「悪い人」と決めつけることを選びませんでした。
もちろん、父の過ちを肯定しているわけではありません。
傷つけられた事実は変わらない。
それでも彼女は、
「父さんにも救われる道があるのではないか」
と考えています。
それは、葵自身がこれまで孤独の中で感じていた
「自分は見捨てられていなかった」という希望を、
今度は父へ向けようとしているからです。
そして今回、葵を取り囲む仲間達の存在も大きな意味を持ちます。
ラック、アニー、デル、サラ、ヨーデル、カムイ、エリー。
血の繋がりはなくても、葵を守りたいと思う人達がいる。
かつて「ひとり」だった少女は、
少しずつ「家族」と呼べる存在を得ようとしています。
次回、葵は皆の前で自分の本当の気持ちを語ります。
父さんと暮らしたい――。
その願いの裏にある、葵の深い想いとは何なのか。
そして周囲の人々は、
その決意をどう受け止めるのか。
第24話へ続きます。




