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第2話 父ヨーデル

少年ラックは、同じ夢を何度も見るようになっていた。


姿の見えない少女。


助けを求める声。


そして――


なぜか、忘れてはいけないと思わせる不思議な感覚。


それは、やがてラックを一つの村へ導いていく。

「……また、この夢か」


ラックは、ゆっくりと目を覚ました。


額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。


窓の外は、まだ薄暗い。


夜明け前の静かな時間だった。


ラックは布団の中で、しばらく動かなかった。


胸が、妙にざわついている。


また、あの少女の夢を見た。


夢の中には、少女の姿があった。


けれど、顔だけは霞がかかったように見えない。


どれだけ近づいても、手を伸ばしても届かない。


ただ――


声だけが聞こえる。


「助けて……」


「早く私を見つけて……」


その声を聞くたびに、胸が苦しくなった。


「君は……誰なんだ?」


もちろん、返事はない。


ラックは天井を見つめた。


最初の頃は、目を覚ませば夢の内容などすぐに忘れていた。


けれど、最近は違う。


夢を見るたびに、少女の声がはっきりと聞こえるようになっている。


そして今朝の夢では――


いつもと違う言葉が聞こえた。


「このままでは……」


「魂に、大きな傷が生じてしまう……」


ラックは、思わず身体を起こした。


「魂……?」


何のことなのか分からない。


ただ、胸の奥に残った不安だけは消えなかった。


「……ただの夢じゃない」


そう呟いた瞬間、自分でも驚いた。


なぜ、そんなことを思ったのだろう。


証拠なんて何もない。


それなのに――


誰かが、本当に自分を呼んでいる。


そんな気がしてならなかった。


◆


ラックは、十二歳だった。


スンツヴァル王都から離れた、ガデム村で暮らしている。


ガデム村は、豊かな自然に囲まれた穏やかな村だ。


人口はそれほど多くない。


けれど学校もあり、農業や特産品作りも盛んだった。


村の人々は皆、顔見知り。


子どもたちが野原を走り回り、大人たちは畑仕事に汗を流す。


ラックにとっては、そんな当たり前の日常が好きだった。


そして――


ラックには、自慢の父親がいる。


ヨーデル。


村長の相談役を務めながら、近隣の村々で採れた農産物を王都へ運ぶ仲買商だ。


忙しい仕事の合間にも、困っている人がいれば手を差し伸べる。


村人たちからも信頼されていた。


「ラック、起きているか?」


階下から声が聞こえた。


「うん!」


ラックは慌てて起き上がる。


着替えを済ませて階段を降りると、父のヨーデルが朝食の準備をしていた。


「おはよう、父さん」


「おはよう、ラック」


ヨーデルは笑顔を見せた。


いつもの穏やかな笑顔だった。


けれどラックは、その顔を見ながらも、頭の中から夢の少女を追い出せなかった。


「どうした?」


「え?」


「今日はずいぶん静かだな」


「……ううん。何でもない」


ラックは答えた。


夢のことを話そうとして――


やめた。


父に話しても、きっと困らせるだけだ。


それに、自分自身でさえ、まだ信じられていない。


◆


朝食を終えると、ヨーデルは出かける準備を始めた。


「父さん、今日も仕事?」


「ああ」


ヨーデルは荷物をまとめながら答える。


「リムラ村へ行ってくる」


その名前を聞いた瞬間――


ラックの手が止まった。


「……リムラ村」


「どうした?」


「いや……」


ラックは俯いた。


リムラ村。


その名前を聞くだけで、胸の奥がざわつく。


幼い頃、一度だけ父に連れられて訪れたことがある。


けれど――


あの村の景色は、今でも忘れられなかった。


笑い声がない。


活気がない。


老人と子どもばかり。


まるで村全体から、何か大切なものが失われてしまったようだった。


「今日も、リムラ村なの?」


「ああ」


ヨーデルは頷いた。


「村の人たちが、少しでも元の生活を取り戻せるようにな」


「……どうして、そこまで?」


ラックが尋ねると、ヨーデルは少しだけ考えた。


「困っている人を放っておけないからな」


そう言って笑った。


その言葉は、昔から変わらない。


ラックにとって、父はそういう人だった。


◆


ヨーデルは何度もリムラ村へ足を運んでいる。


村の人々が、もう一度立ち上がれるように。


生活を取り戻せるように。


そのための方法を探していた。


最近、ヨーデルが力を入れているのが――


「デムの実」の栽培だった。


リムラ村で収穫されたデムの実を、ヨーデルが買い取る。


そして王都へ運ぶ。


安定した収入があれば、村人たちは少しずつ生活を立て直せる。


それがヨーデルの考えだった。


「じゃあ、行ってくる」


「うん」


父が玄関へ向かう。


その背中を見つめながら、ラックは考えていた。


リムラ村。


あの村には、近づきたくなかった。


けれど――


最近、夢の中で何度も見る場所も、なぜかあの村に似ている。


少女の声。


リムラ村。


そして、魂という言葉。


偶然なのだろうか。


ラックは、胸に手を当てた。


「……気になる」


◆


その日の夜。


ラックは、また夢を見た。


暗い場所。


遠くから少女の声が聞こえる。


「助けて……」


「早く……私を見つけて……」


ラックは走った。


声を追いかける。


けれど、どれだけ走っても少女には届かない。


「待って!」


少女の声が遠ざかっていく。


「待って!」


必死に手を伸ばした。


その瞬間――


一瞬だけ、景色が見えた。


古びた家。


荒れた畑。


そして――


どこかで見たことのある村の風景。


「……リムラ村?」


ラックが呟いた瞬間、夢は途切れた。


「……!」


ラックは目を覚ました。


胸が激しく上下している。


「今の……」


偶然ではない。


もう、そう思うことはできなかった。


少女の声。


夢。


リムラ村。


すべてが、どこかでつながっている。


◆


翌朝。


ラックは父を待っていた。


ヨーデルが出かけようとした、その時だった。


「父さん」


「ん?」


「今日もリムラ村へ行くの?」


「ああ。用事がある」


ラックは、一度だけ迷った。


そして――


父を真っすぐ見つめた。


「僕も連れて行って」


ヨーデルは目を丸くした。


「お前が?」


「うん」


「今まで何度誘っても嫌がっていただろう?」


「それは……」


ラックは言葉に詰まった。


夢のことを話そうとして――


やっぱり言えなかった。


「……お願い」


ヨーデルは、息子の顔をじっと見つめる。


やがて――


小さく笑った。


「分かった」


「一緒に行こう」


ラックは頷いた。


「ありがとう、父さん」


その時、ラックはまだ知らなかった。


リムラ村で待っている少女が――


何度も夢の中で自分を呼んでいた、あの少女だということを。


そして――


この日を境に、二人の運命が大きく動き始めることを。

第2話を読んでいただき、ありがとうございます。


第1話では、夢の中の少女として登場したアオイ。


第2話では、その少女の声を追い続ける少年、ラックが登場しました。


二人はまだ出会っていません。


けれど、夢を通して少しずつ近づいています。


次回、ラックは父ヨーデルとともにリムラ村へ向かいます。


そこで待っているものとは――。


次話も楽しんでいただけたら嬉しいです。

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