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第19話 ダンとの別居

親子とは、決して血の繋がりだけで結ばれるものではない。


時には深い傷を負い、互いに離れる時間が必要になることもある。


しかし、本当に大切な絆は、距離によって失われるものではない。


葵は父ダンを憎むことなく、ただ救いたいと願っていた。


その純粋な想いは、やがて闇に閉ざされた父の心へ届く光となる。


一方で、葵自身もまた、多くの人々の優しさに触れながら、少しずつ本来の自分を取り戻していく。


これは、失われた家族の絆を再び結び直すための、最初の一歩となる物語である。

その晩――


葵は不思議な夢を見ていた。


今まで閉ざされていた道に、


柔らかな光が差し込んでいる。


その光は、まるで「こちらへ進みなさい」と導いているようだった。


葵は真っすぐ前を見つめ、


迷うことなく歩いていけるような、不思議な安心感に包まれていた。


まだ小さな灯火かもしれない。


しかし、自分の周りには、


たくさんの温かな光が存在している。


その光に包まれるように、


小さな胸の鼓動が静かに響いていた。


長い間、自分を縛っていた闇が、


少しずつ解き放たれていくように感じる。


「父さん……待っていてください」


「私が……必ず父さんを救ってみせます」


葵は夜中に目を覚ました。


今日一日の出来事を思い返す。


サラの店の二階にある住居。


そこで用意された柔らかな羽毛のベッドは、


今まで感じたことがないほど心地よかった。


心が穏やかになり、安心して眠ることができたのだ。


「ありがとう……サラさん」


「今日は、本当に素敵な一日でした」


サラが作ってくれたパサラ料理。


あの優しく、どこか懐かしい味。


それは、これまで空いていた心の隙間を、


静かに満たしてくれるものだった。


まるで、母親に抱きしめられているような温もりを感じた。


「私の人生は……これからどうなっていくのだろう」


本当は、今晩だけサラの家に泊まる予定だった。


しかし明日、


ヨーデルやガンメル村長達が、


父ダンに大切な話をしに行くと聞いている。


葵は、本当は父と一緒に暮らしたかった。


父を一人にしたくなかった。


でも――


サラが言っていたように、


今は少し距離を置くことが、


自分と父のためになるのかもしれない。


そう考えながら、


葵は様々な想いを巡らせていた。


しかし考え疲れた心は、


やがて静かな眠りへと導かれていった。


□◆□◇◆


翌朝――


葵が目を覚ますと、


サラが優しく声をかけた。


「葵ちゃん、おはよう」


「よく眠れたかしら?」


「おはようございます、サラさん」


「おかげさまで、ぐっすり眠れました」


「ありがとうございます」


「それなら良かったわ」


「葵ちゃん、今から大切な話があるの」


「一階へ降りてきてくれるかしら?」


「分かりました!」


「すぐに行きます!」


葵が一階へ降りると、


そこにはヨーデルとサラ夫妻がいた。


美味しそうな朝食が並べられ、


葵を待っていた。


「おはよう、葵ちゃん」


「今朝は顔色がとても良いようだね」


「はい、ヨーデルさん」


「ありがとうございます」


ヨーデルは少し真剣な表情になった。


「葵ちゃん」


「早速だけど、君に大切な話がある」


「何ですか?」


「実は……つい先ほどまで」


「君のお父さんに会っていたんだ」


「父さんに……ですか?」


葵の表情が変わる。


「父さんの様子はどうでしたか?」


「またお酒を飲みすぎていませんでしたか?」


「いつもデムの実の報酬をもらった日は、


飲みすぎることが多かったので……」


ヨーデルは優しく微笑んだ。


「葵ちゃん」


「君は本当に優しい子だね」


「安心していい」


「お父さんは大丈夫だよ」


「そうですか……」


「それなら……良かったです」


葵は心から父のことを心配していた。


その姿を見て、大人達は胸を痛めた。


「葵ちゃん」


「しばらく、お父さんとは離れて暮らさないか?」


「ここでサラさん達と一緒に生活するんだ」


「それが……君とお父さんにとって」


「大切な時間になると思う」


サラも優しく続けた。


「そうよ、葵ちゃん」


「私達と一緒に暮らしましょう」


「皆さん……ありがとうございます」


葵は少し俯いた。


「でも……」


「父さんが家で待っています」


「私は帰ります」


「帰らせてください」


「私がいないと……」


「父さんが困るんです」


ヨーデルは静かに首を振った。


「その心配はいらないよ」


「今朝、村長と一緒に」


「ダンの家へ行ってきた」


「そこで、ある提案をしたんだ」


「男手一つで女の子を育てるのは大変だろう」


「だから、しばらくガデム村全体で」


「葵ちゃんを支えていくことにしたんだ」


ヨーデルは説明を続けた。


「実は以前から、ガデム村ではある事業を進めていた」


「エーランド島南部に住むラシュール人との事業提携だ」


「リムラ村の特産品であるデムの実を」


「エーランド島でも栽培したいという申し出があった」


「ダンはデムの実栽培について」


「誰よりも詳しい」


「腕の良い農家だからね」


「そこで一年間」


「ラシュール人へ栽培方法を指導してもらう仕事を依頼したんだ」


「その間、報奨金も支払われる」


葵は心配そうに尋ねた。


「父さんは……何と言ったのですか?」


「最初は迷っていた」


「しかしラシュール人は体格も良く」


「農作業には向いている」


「ダンにとっても悪い話ではなかった」


「だから……」


「受け入れてくれたよ」


今回の提案を受け入れられた理由。


それは、以前のダンなら考えられなかったことだった。


悪根の呪いによる精神汚染によって、


正しい判断ができない状態だったからだ。


しかし――


ルスタの妖精族の秘術によって、


一時的ではあるが、


ダンは本来の心を取り戻していた。


そしてダン自身、


この一年間、


どれほど葵を傷つけてしまったのかを理解していた。


だからこそ――


もう二度と、


大切な娘を傷つけたくなかった。


それに、


今ここで決断しなければ、


再び呪いに支配され、


自分自身が制御できなくなるかもしれない。


ダンは、その恐怖を感じていた。


「分かりました……」


葵は静かに頷いた。


「父さんと……私のため」


「ということですね」


「そうよ」


サラは葵の手を優しく握った。


「分かってくれて嬉しいわ」


「葵ちゃん」


「あなたはこれから……」


「私達にとって大切な家族よ」


葵の瞳から、


小さな涙がこぼれた。


「皆さん……」


「ありがとうございます」


「これから……よろしくお願いします」


こうして葵は、


新しい家族との生活を始めることになった。


しかしこれは、


父ダンとの絆が失われる別れではない。


再び本当の親子として向き合うための、


大切な始まりだった。

第19話では、葵にとって大きな転機となる「別居」を描きました。


これまで葵は、父ダンの苦しみを一人で背負いながら生きてきました。


しかし、誰かを救うためには、まず自分自身が支えられる場所を持つことも必要です。


サラ、ヨーデル、そしてガデム村の人々との出会いによって、葵は初めて「家族のような温かさ」を知ります。


一方、ダンもまた、悪根の呪いに苦しめられながらも、心の奥底では娘を愛していました。


この離れる時間は、親子の絆を壊すものではなく、再び結び直すための時間になります。


そして物語は、葵が「最後の巫女」として覚醒していく道へ、少しずつ進んでいきます。


次回――


葵を待ち受ける新たな出会い。


そして、巫女を守るために集められる者達の物語が始まります。

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