第10話 妖精族の村・リムラ
「妖精族の村・リムラ」
リムラ村――。
かつては妖精族の守護者達が暮らし、初代巫女様の祝福を受けた神聖な村だった。
しかし今では、人々から忘れ去られ、悲劇の記憶だけが残る場所となっている。
そんな村の本当の姿を、葵はラックに語り始める。
廃れた村に隠された希望。
古代石柱が伝える、世界を変える言葉。
そして、少しずつ近づいていく二人の心。
ラックは気づき始めていた。
葵を救いたいという想いが、ただの同情ではないことを――。
しかし、穏やかな時間は長く続かなかった。
少女が抱える過去。
父との切れない絆。
そして再び現れる、心を失った父ダン。
リムラ村に隠された悲しみの真実が、少しずつ明らかになっていく。
古代石柱の前に立つラックと葵。
二人は一瞬、別の世界へ吸い込まれてしまうような、不思議な感覚に包まれていた。
「この遺跡は……一体……。」
ラックは言葉を失う。
(僕は今……。)
(とても大切な何かに触れたような気がする……。)
身体の震えが、なかなか止まらなかった。
しかし不思議なことに、胸の奥にある魂が優しく包まれているような感覚があった。
恐怖ではない。
むしろ――。
今まで感じたことのない勇気が、内側から湧き上がってくるようだった。
「葵ちゃん。」
「リムラ村って……初代巫女様によって作られた村だったんだね。」
葵は静かに頷いた。
「そうよ。」
「今ではすっかり寂れてしまって……。」
「昔の面影は少なくなってしまったけれど。」
「ここは由緒ある妖精族の村なの。」
葵は遠くを見つめる。
「昔はね……。」
「妖精族の守護者達が、この村にたくさん暮らしていたらしいわ。」
「この場所を大切に守っていたの。」
「だから……。」
葵の表情が悲しみに変わる。
「この村で起きた悲劇を思うと……胸が苦しくなるの。」
葵は何かを言いかけた。
しかし、涙を拭うと、いつもの笑顔を見せた。
「でもね、ラック。」
「私……いつか夢見ていることがあるの。」
「もう一度、この村に人々が戻ってきて。」
「昔みたいに、笑顔と活気にあふれる村になる日が来ることを。」
ラックは葵を見る。
その瞳には、希望の光が宿っていた。
「葵ちゃん……。」
「いつか、きっとそんな日が来るよ。」
「ラックも……。」
「神様にお願いしてくれる?」
「もちろんだよ。」
ラックは迷わず答えた。
「約束する。」
「君の願いが叶うように、僕も祈るよ。」
「ありがとう……ラック。」
二人は笑顔で頷き合った。
■□■◆◇
「葵ちゃん。」
「お腹、空いてない?」
ラックは持ってきた包みを取り出した。
「君のために、母さんが作ってくれたんだ。」
「サンドイッチだよ。」
ラックが差し出す。
「え……?」
葵は驚いた。
「とても美味しそう……。」
しかし、すぐに首を横に振る。
「でも……貰えないわ。」
「どうして?」
葵は少し困ったように笑った。
「私の食事は決まっているの。」
「朝と夜に……デムの実を一つずつ。」
「それだけなの。」
「……え?」
ラックの表情が凍った。
「たった……それだけ?」
信じられなかった。
ラックの家では、決して裕福な食卓ではなかった。
それでも毎日、十分な食事を与えられていた。
なのに――。
葵は12歳の少女なのに。
成長する身体を支える食事すら与えられていない。
「そんなの……。」
「酷すぎるよ……。」
ラックの胸に怒りが込み上げる。
「ラック。」
「せっかく作ってくれたサンドイッチだけど……。」
「気持ちだけで十分よ。」
「本当にありがとう。」
葵は優しく微笑む。
その笑顔が、逆にラックの胸を締め付けた。
「葵ちゃん……。」
「お願いだから食べてよ。」
「これは君のために持ってきたんだ。」
ラックは必死だった。
しかし、その怒りは葵に向けたものではない。
彼女をそんな環境に置いている現実。
そして――。
父親としての責任を果たせていないダンへの怒りだった。
(初めて葵ちゃんに会った日……。)
作業小屋の前で倒れていた少女。
意識を失い、命の危険すらあった。
父ヨーデルも。
エリーおばさんも。
必死になって葵を守ろうとした。
それなのに……。
葵はダンとの生活を続けることを選んだ。
ラックには、それが理解できなかった。
「葵ちゃん……。」
「どうして……。」
「どうしてダンさんと一緒に暮らしたいの?」
葵は驚いた顔をした。
「え?」
「どうしてって……。」
「当たり前じゃない。」
「父さんなのよ。」
「一緒にいたいに決まっているじゃない。」
葵は強い口調で答えた。
しかし、その表情には悲しみが浮かんでいた。
(何か……事情があるんだ。)
ラックは気づいた。
(これ以上聞いたら……。)
(葵ちゃんを傷つけてしまう。)
しばらく沈黙が続いた。
すると葵が小さな声で言った。
「ラック……。」
「あなたが持ってきてくれたサンドイッチ。」
「半分だけなら……。」
「もらってもいい?」
ラックの顔が明るくなる。
「もちろんだよ!」
「君のために持ってきたんだから!」
葵が手を伸ばす。
その瞬間――。
「葵。」
低い声が響いた。
二人が振り向く。
そこにはダンが立っていた。
「お前……何をしている。」
「こっちへ来い。」
「父さん……。」
葵が呟く。
次の瞬間。
ラックから受け取ろうとしていたサンドイッチは、地面へ落ちた。
ダンは葵の腕を掴む。
そして――。
無理やり作業小屋の方へ連れて行った。
「葵ちゃん!!」
ラックの叫び声が、静かなリムラ村に響き渡った。
「小さな優しさが生む、大きな変化」
今回の第10話では、ラックと葵の距離がさらに近づいていきます。
ラックにとって、葵はもう「助けなければならない少女」ではありません。
彼女の夢を守りたい。
彼女に笑顔を取り戻してほしい。
そんな純粋な願いへと変わっていきました。
母シオンが作ったサンドイッチは、単なる食べ物ではありません。
家族の温かさ。
誰かを想う優しさ。
そして、葵がこれまで十分に受け取ることのできなかった「愛情」の象徴でもあります。
一方で、葵が父ダンから離れようとしない理由も、物語の大きな謎として残っています。
人は、傷つけられた相手であっても、過去にもらった愛情や大切な記憶を簡単には捨てることができません。
そこには、葵だけが知る父との絆があります。
そして次回――。
ダンの心を覆う闇の正体。
リムラ村で起きた悲劇の真実。
ラックが葵を守るために選ぶ行動。
物語は新たな局面へ進んでいきます。
小さな少年の優しさが、一人の少女の運命を変えていく――。
その始まりとなる第10話でした。




