第2章
カランカラン。
冷房の効いた店内は、落ち着いた灯りの灯るレトロな雰囲気だった。
ドラマでは見たことあるけど、初めて入る喫茶店。まるで物語の世界に入り込むような、そんな高揚感がある。
ボックスになっている席に、おばさんと横並びで座り、向かいに男が腰をおろした。
若い男の店員さんが水を運んでくる。
「ありがと。私はブレンドでお願い。あなた達は?」
手馴れたようにおばさんが注文を取り仕切る。
「あ、私も同じので…」
「僕も同じで大丈夫です」
当たり前のように、3人でコーヒーを注文している。
10万円のお肉を持った謎の男。
派手なおばさん。
そしてなぜかここにいる私。
……。
もし今知り合いに遭遇して
「何してるの?」
って聞かれても、
絶対説明したくない状況ランキング1位だ。
おばさんが会話も仕切る。
「さ!それで?あなたの言う事情ってのはなんなのか聞かせてちょうだい」
男に興味の全てを込めたような視線を送るおばさんが、
私にはどこか活き活きして見えた。
男は、ついにこの時がきたとでも言うように、
1つ呼吸を整えると口を開いた。
「はい、私は20××年から、人間同士の関わりの意義を解明するミッションを託され派遣されたアンドロイドなのですが…」
身を乗り出すようにして聞いているおばさんの隣で私は男を2度見した。
今なんて言ったのか、理解が追いついてくれない。
男の説明は続いている。
なぜかおばさんは「ふん、ふん」と頷きながら、アンドロイドだか未来だかの男の話を聞いている。
「っ!!待って!!ちょっと待ってください!!」
やっと声が出た。
「っあのっ!!アンドロイドって……ふざけてます?」
ここなら大丈夫。
何かあってもたくさん人の目がある。
男の表情は見えない。
自分を鼓舞しながら続ける。
「事情があるとか言って、ふざけてるなら私帰ります!!」
言い切ったところで、やっと男の顔が目に映った。
くせっ毛の隙間から覗く眼差しは、
思っていたよりずっと幼く、
どこか悲しそうだった。
怒っているわけでも、
からかっているわけでもない。
そんな目をする人に、
私は「ふざけてるんですか?」と言ったのだ。
言い放ってしまった後の沈黙はとても長く感じた。
おばさんが私の背中に手を当てながら言った。
「まぁまぁ、とにかく落ち着いて座りましょ?」
いつの間にか私は立ち上がっていたようだ。
私は肩を落とすと、椅子に座った。
さっきの店員さんが、ちょうど商品を運んできてくれた。
「こちらブレンドコーヒーです」
「はいはい、ありがとう」
俯きかげんにじっと見つめていたテーブルにコーヒーが現れた。
何か言葉を発する気力が失せたように、口元にぐっと力が入る。
「大丈夫よ、続けてちょうだい」
優しくおばさんが男に声をかけた。
男は気を取り直したように、話を続けた。
自称アンドロイドが言うにはこうだ。
未来ではAIとアンドロイドの技術が急速に発達した。
人々は人間同士で関わるよりも、AIを搭載したアンドロイドと過ごす時間を選ぶようになったらしい。
煩わしい人間関係から解放された代わりに、
人々は少しずつ、
人と関わる意味を見失っていった。
目の前にいるアンドロイドは、
未来の博士が設計し作り上げた量子空間移動が可能なタイプなんだとか。
……いや、待って。
量子空間移動って何?
そんな疑問を抱きながらも、
このアンドロイドの目的が、関わりの意義を見出し、未来へ持ち帰る事らしいことがわかった。
「つまり僕は、その時代その時代で生きている人間に、その意義を教えてもらおうとしていたのです。」
私は聞いていて、もうどこから突っ込んでいいか分からなくなった。
男は素晴らしい演技力でまるで本物のアンドロイドを気取って説明をしているし、
内容だってとてもじゃないけどつまらないジョークより酷い。
隣に座っているおばさんなんて、目をキラキラさせて聞いている。
面白がるなら一人でやって欲しかった。
私の休日前の楽しい時間を返せ。
さっきの男の悲しそうな顔は見間違いに決まってる。
ため息をつく私をよそに、おばさんは質問を始めてしまった。
「あなたがしたいことはわかったわ。でもそこであのお肉を10万円で買うことは、どう関係してるのかしら?」
確かに。
「はい、それは…今日で10万円のお肉を買い続けて64年と5ヶ月が経ったのですが、僕がお肉を買っていくのを放っておかない人は、あなたがたが初めてでした。探していたんです。そういうお節介な人を…」
「なるほどね!その人にその、あれよ、なんていったかしら…そう!人間同士の関わりの意義を教えて欲しかったのね!」
なるほどね?
……これって、なるほどねな話なのだろうか。
この人達、グルなのか?
それとも私が知らないだけで、
今はこういう設定の寸劇が流行っているのだろうか。
誰も64年と5ヶ月もの間、グラム高くても4、500円のお肉を10万で買い続けることに言及しないなんて。
傍から聞かれていれば、きっと私も変人の一人と思われるだろう。
私は目の前のブレンドコーヒーを飲み終わったら帰ろうと心に決めた。
おばさんが口を開く。
「別に構わないわよね?
私たちで、人同士がなんで関わるのかをお話してあげればいいんだもの」
思わず口に含んだコーヒーを吹き出しそうになるのを必死で堪え飲み込んだ。
「っ!!!!
私たちって…おばさんと、あと誰のことですか?」
私の表情で察して欲しいと言わんばかりの顔で隣を見つめた。
「……おば様よ?」
「え?……おば様……??」
「ええ。おばさん、じゃなくて、おば様ね??」
どうやら察してくれたのは私の気持ちではなく、
おばさんの失言レーダーだったようだ。
「……おば様とあとどちら様のことでしょうか?」
もはやおば様だろうがアンドロイドだろうが、
そんなことどうでもよかった。
私はやりません。
帰ります。
大事なのはこの2行のみ。
おばさん改め「おば様」は
「もちろんあなたよ」
とニッコリ微笑んだ。
「64年間も、こんなに困ってるんだもの、話すくらいいいわよね?あらやだ!あなた私より年上じゃない!!よく見ると若くてイケメンだわ〜」
私に話していたと思ったら、もう男に向かってゲラゲラ笑っているおば様の圧と、マシンガンのように喋る口に、私は口をパクパクさせただけで
それ以上はもう何も、私にできることはなかった。
今日はもう遅いからと、明後日にまた3人で集まることになった。
集合場所はこの喫茶店の前。
そこからおば様のお宅へお邪魔することになった。
何もかもをおば様が決めてしまった。
連絡先の交換も、嫌と言える雰囲気ではなかった。
それよりも、テキパキとスマホを使いこなすおば様を見て、現代のシニアって凄いな、と感心してしまった。
別れ際、おば様が男に声を掛ける。
「連絡先の名前ね、まさかアンドロイド、なんて入れられないじゃない?お名前教えてくれない?」
私の名前はLINEで自動で登録されていたが、
アンドロイドとはSMSでのやり取り。
「僕は、賢三郎と呼ばれています。」
賢三郎。
けんざぶろう……??
いや、未来ってもっとこう……
アレックスとか、
レオンとか、
そういう感じじゃないの?
そんな風に思ったのは内緒だ。
「まぁ!私のお友達にたくさんいそうなお名前ね!親しみやすくて助かるわぁ」
おば様は私のアンドロイドへの配慮はなんのその。
なんだかだんだん面白くなってきてしまった。
いつの間にか顔がニヤついていたのか、すかさず
「あなたは笑ってる方が可愛いわ」
と、おば様に笑顔で言われた。
どこからどう見ても奇妙な3人組なのに
どう考えても非現実的な出来事なのに
どこか楽しいと感じている自分に気づいてしまった瞬間だった。




