第3章
来てしまった明後日。
楽しみにしていた休日のはずなのに。
とても不安で奇妙な心持ち。
それはある夏の日曜日の午後。
私は待ち合わせ場所に向かっている。
今日集まるメンバーは……
自称アンドロイドとファンキーなおば様。
そして私。
喫茶店前で集合し、おば様のお家にお邪魔する。
普通なら自宅に行くなんて、怖くなるはず。
しかも自称アンドロイドもいる。
でもなぜか、どこか大丈夫な自信があった。
きっと、垣間見えるおば様の人の良さと、アンドロイドの切実さが原因だろう。
そんなことを考えながら歩いていたら、喫茶店が見える距離まで来ていた。
おば様とアンドロイドが並んで立って、なにか話しているのが見える。
おばあちゃんと孫に見えたのはだまっていよう。
「こ、こんにちは…」
「あらー!良かったわ!来てくれたのね」
それはそう。来なかったら、万が一街で遭遇した時に何を言われるか分かったもんじゃない。
おば様は相変わらず柄が喧嘩している服を着ていた。
絶対に口には出せないようなことばかりを考えながら、上手に顔に笑顔を貼り付ける。
アンドロイド賢三郎はのそっと会釈した。
「さっ!揃ったことだしうちに案内するわね!」
一応用意したお茶菓子の紙袋は私の左手に握られている。
案内されたおうちは、和風の一軒家だった。
「おじゃましまーす…」
おばあちゃんの家を思い出す、古いおうちだった。でもきちんと掃除がされていて、インテリアもおば様のファンキーな趣味の数々が、喧嘩しているようで実は仲良く共存していた。
お茶菓子を渡すと、おば様は嬉しそうに受け取ってくれた。
賢三郎はそのやり取りを、少しオロオロながら見つめていた。
おば様は私たちを、風通しの良い縁側のある部屋へ案内してくれた。
クーラーは無いけど、引き戸が開け放たれた縁側から、そよそよと風が入ってくる。
ガラスの風鈴が涼しげに鳴っていた。
「適当に座ってちょうだいね」
お手入れされている畳の心地よい香りがする。
ファンキーだけど、ちゃんとしているおばあちゃんなのが分かる。
私は少し憂鬱だった気持ちが、このなんとも言えない懐かしさに移り変わるのを感じた。
「頂いたお菓子だけれど、1人だとたべきれないから一緒に食べましょう!」
冷たい麦茶と一緒に、さっき渡したお茶菓子を出してくれた。
「ありがとうございます」
アンドロイドと私は、カラフルな座布団にちょこんと正座し、テーブルに出された麦茶を1口飲んでホッとした。
アンドロイドも緊張するようだ。
「それで??賢三郎さんは普段何されてるの?」
おば様が私の手土産とは別に、戸棚からおせんべいを出しながら話しかけた。
アンドロイドは持っていた麦茶をそっと置くと
静かに喋りだした。
「僕は今は近くのコンビニで働いています…今まで工場や工事現場など、色々な仕事をして来ました」
おば様も麦茶を飲むと、ニコニコしながら相槌をうつ。
「そうなの!凄い頑張るわねぇ!だって10万円のお肉、買わなくちゃだものねっ」
私はなんともこの不思議なやり取りを、
ラジオでも聞いているような感覚で聞いていた。
ぱっとおば様の視線が私に注がれるまでは。
「あなたは??」
きた。私のターンか。
「…あ、私は普通に事務で会社務めを…」
おば様は相変わらずニコニコしている。
「そう〜えらいわぁ。私は夫の遺産で細々と暮らしてるから、働いている人には頭が上がらないわ」
世間話というか、きっと導入としては100点満点なやり取りがひと段落したようだ。
本題を片付けてしまいたい気持ちが強くなる。
でもおば様は、アンドロイドや私に
普段ご飯はどうしてるのか
とか、
趣味はあるのか
とか…
どんどん本題とは関係のない話をひろげている。
私だって大人らしく、
空気を読んで合わせていた。
そのうちお隣さんかもらったとかで、切って出してくれたスイカを頂いた。
初めてスイカを食べたらしく、アンドロイドは夢中で5切れも食べていた。
縁側から差し込む日差しがオレンジがかってくると、さすがにこれ以上は先延ばしには出来そうになかった。
いよいよ決心し、本題である人間の関わりうんぬんかんぬんへ話をもっていこうと、口を開こうとした次の瞬間、
「ははははっ」
アンドロイドの笑い声が聞こえた。
おば様と何かを話して笑ったようだ。
どうやって本題を切り出そうか考えていた私には、なんの会話で笑ったのかは分からなかった。
でも、ずっと雨が降る前の黒い雲が広がっている空みたいな表情しかしてなかった彼が、あんなふうに声を出して笑ったのが衝撃だった。
「ふふっ、あなたも笑ってると可愛いくてかっこよさが際立つわね」
おば様は嬉しそうに、麦茶の入ったグラスを両手で包み込むようにしながら微笑んだ。
アンドロイドは照れたように手で口元を覆い、
「すみません」
と少し俯く。
不覚にも、私も彼が可愛く思えた。
笑うんだ…。
ロボットのように見えていた彼が、急に人間味を帯びてくる。
横目でちらっと見る横顔に、前髪、もっと切ればいいのに…そう思った自分に驚く。
そのうちおば様に促されて、
縁側に移動した。
3人で並んで座って夕焼けを眺める。
こんな風に夕焼けを見るなんて、
いつぶりだろう。
どうしてか、この時間がとても贅沢なものに思えてくる。
ふと気づく。
結局、私たち、人間の関わりの話をしていないじゃないか。
ただ、たわいもないお喋りをして、一緒にお茶をのんだだけ。
おば様が
「そろそろお開きかしらね」
と口を開く。
その言葉に、胸のあたりが少しきゅっとした。
どこか不思議で綺麗な時間だった。
玄関を出て、家の前まで見送りに出ていたおば様に賢三郎が切り出す。
「あの…今日はありがとうございました。
……また、来てもいいですか?ここに…」
おば様はにこにこしながら賢三郎の手を取った。
「あたりまえじゃない!まだちゃんと話せてないこともあるでしょう!来週、また3人で集まりましょ!」
「…はい。ありがとうございます」
温かく笑いかけるおば様と、嬉しさが滲み出ている賢三郎を見てしまったからか
……まぁ、もう一回来るくらいなら。
帰る頃には「次こそは断ろう」とは思わなくなっていた。
3人でまたここで集合する約束をし、さよならの挨拶を交わすと、それぞれの帰る場所へと別れていった。




