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探偵ではありません。経理です。  作者: Silvertiger
第3章:ホテルのロビーと計算された幕引き

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第3話 第3章:ホテルのロビーと計算された幕引き

第3章:ホテルのロビーと計算された幕引き



 サトウは病院を出た。ジェレミーとの待ち合わせまで、30分ほど余裕がある。

 待ち合わせのホテル・グランデに行くまでに、電話を一件かけた。


『…もしもし、サトウです。予定通り進んでいます。準備をお願いします』


 短く用件を伝えて通話を切ると、すぐさま画面に『了解、待機中』という返信通知が浮かび上がった。サトウは静かに頷き、ホテルのロビーに向かった。


 ホテル・グランデの豪華なロビーは金曜の夜だけあって賑わっていた。8時まであと10分。受付近くのソファに腰を下ろすと、スマホが震えた。 サトウはスマホが受信したメッセージを確認し、ジェレミーがロビーに来るのを見守っていた。


 8時5分前、ジェレミーがコートを脱ぎながらロビーに入ってきた。周囲を警戒するように見回し、サトウを見つけると険しい表情で近づいてくる。

「…来たぞ。話は手短に頼む。何が聞きたい?」


「病院の待合室でお尋ねした使途不明の支払いと口座についての前に、奥様が疑ったあなたの浮気について教えてください」


 ジェレミーは苛立たしげに座り、声を落とした。

「浮気?馬鹿馬鹿しい。サラ看護師は単なる部下だ。妻の被害妄想だよ。それより口座の件を先に聞け」


「まあ、そう急かさないでください。では、なぜ、奥様がその様な妄想を抱いたのでしょうか?」


 ジェレミーは額に手を当て、疲れた様子で溜息をついた。

「最近、残業が増えたからだ。だがそれは新しい研究プロジェクトのせいだ。サラはその担当で…妻は勝手に勘違いしてる」


 ジェレミーは鼻で笑い、腕を組んだ。

「話す暇もない。子供の世話、家事…全部妻任せだ。俺は仕事で疲れて帰る。それで終わりだよ」


「奥様は私の会社のCFOです。彼女は、仕事と家事と子供の世話に追われているわけですね。あなたもお仕事で忙しい。浮気は息抜きではないのですか?」


「違う!浮気なんかしていない。息抜き?サラと会うのは仕事だ。お前は経理だろう、口座の話をしろよ!」


「ではお聞きします。あなたの使途不明金の一分がサラさんの口座に振り込まれていました。これはどう説明されますか?

 証拠なら、ここにあります。サラさんが最近購入されたマンションの頭金と、この口座からの引き落とし額、そして振込日時が完全に一致しています。……これでも『研究費』ですか?」


 ジェレミーの顔色が変わった。拳を握りしめ、周囲を見回す。

「…それは、研究費の前払いだ。領収書はない。サラが個人的に立て替えてくれた。経費申請前に直接渡しただけだ」


「ほう、個人で立て替えるには、随分と高額です。サラさんから領収書を受け取っていないのですか?」


 ジェレミーは額に汗を浮かべ、声が上ずった。

「領収書?…サラは海外の大学出身で、日本の制度を知らない。口約束だった。経理に言えば面倒だから後でまとめて処理するつもりで…」


「あなたの研究でお使いになるための費用ですね?その領収書がない理由が、サラさんの無知ですか。サラさんへの建て替えなら、あなたは自費で処理するつもりだったのですか?それでは「研究費」だという根拠にはなりません。使途不明のままです」


 ジェレミーは歯噛みし、声を荒げそうになって抑えた。携帯を握りしめる。

「…わかった、認める。サラとは…プライベートで会ってる。だがそれは浮気じゃない。妻には言うな!」


「プライベートでサラさんと、会っていることを認めるのですね。そして、それは『浮気』ではない。つまり、『本気』と解釈できます。そう理解してよろしいですね」


 ジェレミーは顔を真っ赤にして立ち上がりかけたが、周囲の視線に気づいて座り直した。

「違う!本気とかそういうんじゃない!ただの…息抜きだ。妻には言わない約束だろう?口座の件は誤解だと言え!」


「つまり、奥様との関係は壊したくない。サラさんはあなたにとって、ただの息抜きだと言うことですね。例えて言えば、「外食」のように」


 ジェレミーは苦々しい表情で頷いた。が、次の瞬間スマホが鳴り、画面を見て顔色が変わる。

「…そうだ。外食みたいなもんだ。俺だって疲れてるんだ。家に帰れば子供が泣いてて、妻は仕事でピリピリしてて…… 少しだけ、楽になりたかったんだ。妻が帰ってくる前に話を終わらせろ。これ以上は…待て、電話だ」


「どうぞ、電話に出てください。奥様かサラさんか、どちらかだと思います。お二人には、今の会話をモニターで聞いて頂いていました」


 ジェレミーの手からスマホが滑り落ちた。顔面蒼白になり、周囲を見回す。

「…は?モニター?嘘だろ…お前、最初から…妻は…ここに来てるのか!?」


「はい、お二人には8時前にこのホテルに来て頂いています。電話に出てください。私の残業は午後8時30分に終わりました。失礼します」


 ジェレミーは言葉を失い、ただスマホを握りしめた。

 サトウは、蒼白になって電話で応対しているジェレミーを残して、ホテルを出た。


 完


 用語解説

 CFO(シー・エフ・オー)

 解説:最高財務責任者のことです。会社のお金全体を管理し、使い道を決定する一番上の責任者を指します。

 例:部活動で例えると、部費をどのように使うか決定する「会計係のリーダー」のような立場です。

 労災保険(ろうさいほけん)

 解説:仕事中や通勤中にケガをしたとき、治療費などが国から支払われる保険制度のことです。

 例:学校の部活中にケガをしたとき、学校の保険で手当てしてもらえる仕組みと同じです。

 背任(はいにん)

 解説:立場を利用して、任された仕事を裏切り、自分や誰かのために不正にお金や得を得ることです。

 例:クラスの買い出し係が、みんなのお金で自分の欲しいお菓子を買ってしまうような行為です。

 横領(おうりょう)

 解説:自分が預かっている他人の金品を、勝手に自分のものにしてしまう犯罪のことです。

 例:友だちから「預かっていて」と頼まれたゲーム機を、勝手に古本屋に売ってお小遣いにしてしまうことです。

 門外漢(もんがいかん)

 解説:その分野の専門知識がない人、または直接関係がない人のことです。

 例:サッカー部員に対して、ルールも知らない野球部員が「そのスポーツに関しては門外漢だ」と言うような状態です。

 使途不明金(しとふめいきん)

 解説:使ったことは確実だが、何に使ったのか理由や証拠(領収書など)がわからないお金のことです。

 例:お小遣い帳で「1000円減っているけれど、何を買ったか思い出せないお金」のことです。


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