第20話 第四話・第四章『サトウは数字の意味を知る』ー兆候の拡大
サトウは数字の意味を知る
第四章 兆候の拡大
三枝の呼び出し
イベント前日。
朝から営業部の空気は慌ただしく、どこか張り詰めていた。
三枝は、ワンを会議室に呼び出した。
会議室のドアを閉める音が乾いて響いた。
三枝とワンは、会議室の窓際の一画で、世間話をしている様子だ。
「明日のプレゼンだが、美咲の資料を少し弄っておけ。
どこまで、彼女が有能か見極めよう。
君と比較するのは烏滸がましいがな」
ワンは表情を変えなかった。
「そうですね。私も美咲君の実力を知りたいと思います」
声は従順だったが、目は冷たかった。
三枝は満足そうに笑った。
ワンは三枝に一礼し会議室を出ると、何事もなかったように自席へ戻った。
中林への圧力
次に呼ばれたのは中林だった。
会議室に入ると、三枝は資料を机に叩きつけた。
「中林。明日のプレゼン資料だが……肝心なところを抜き取れ。
美咲と由紀が成功すると、営業部のバランスが崩れる。
お前の評価も最低になるぞ」
中林は固まった。
喉が乾いた。
「課長、それは……」
「やれ。
おまえの評価にも関わると言ったぞ。
わかるな?」
脅しとも言える言葉だった。
中林は椅子にかたまり、知らず知らずに胸の一部を叩いていた。
中林は、三枝の目を見ることができず、ただ頷くだけだった。
それしかできなかった。
資料の抜き取り
夜。
営業部のフロアは静かだった。
中林の席だけがディスプレイの青白い光に照らされていた。
中林は、美咲と由紀のプレゼン資料を開いた。
手が震えた。
数箇所。
ほんの数行。
抜き取れば、誰も気づかない。
中林は、慎重に作業を進めた。
キーボードが乾いた音を立てた。
終わった瞬間、胸の奥が冷えた。
プレゼン初日
翌朝。
アリーナは人で溢れていた。
由紀のプレゼンが始まった。
その数分後、会場の空気が変わった。
由紀の夫が突然立ち上がる。
すると、由紀の口から言葉が出なくなった。
一瞬、会場が静寂に包まれたが、
立ち尽くす美咲と由紀へ、次第に人々の口から罵声が飛んだ。
由紀は言葉を失った。
プレゼンは失敗した。
中林は、遠くからその光景を見ていた。
胸が締め付けられた。
(自分が抜いた資料が原因だ)
そう思い込んだ。
本当の原因が三枝の策略だとは知らなかった。
中林は、急いでイベント会場から出ていった。
中林の悔恨
アリーナでのイベントの三日間が終わった。
週休明けの月曜日、イベントに参加した美咲と由紀、営業部の応援要員は代休で不在だった。
だが、営業部に噂が流れた。
「三枝課長が何か企んだそうだ」
「懲戒免職になるかもしれない」
乾いた声がフロアを漂った。
中林は席で固まった。
爪を噛んだ。
心臓の音だけが響いた。
視界が揺れた。
その時、ワンが近づいた。
「中林君。大変なことになったね。
三枝課長の工作でイベントの目玉が潰れたそうだ。
美咲君と由紀さんが晒し者になっていたよ。
ひどいことをするもんだ。
だが、僕は三枝課長の指示には従わなかった。
彼は公私混同しているよ。
会社は黙っていない。
すぐに出社停止だ。懲戒免職は間違いない。
同調者も処分されるだろう。
君と僕はそんな恐れはないがね」
その一言が、中林の心を刺した。
ワンは静かに離れていった。
自分だけが汚れた。
自分だけが従った。
中林は、美咲と由紀が困難を克服し、プレゼンが成功裡に終わったことを知らなかった。
孤立
その日から中林は、社宅の自室に引きこもった。
中林は何度も、サトウの声を聴きながら、教えられた呼吸法を試したが、長続きしない。
呼吸は乱れたままだ。
中林はスマホを握りしめた。
サトウに相談したかった。
だが、メールにも電話にも応答がない。
サトウはその日から管理者研修で不在だった。
研修時間の八時から19時までは、外部との連絡はできない決まりだ。
連絡は取れない。サトウに会いたい。
経理部の温かい空気は、遠い場所のように感じた。
中林は席に戻り、机に突っ伏した。
呼吸が浅く早くなった。
崩壊は、静かに進んでいた。
あとがき
今回のエピソードに登場する会社組織の評価や人間関係、研修に関する用語について、中学生にもわかる例えを交えて解説します。
1. プレゼン(プレゼンテーション)
解説: 企画やアイデア、商品の魅力などを、人前で資料を見せながらわかりやすく説明し、相手を納得させる発表のことです。
中学生でもわかる例え: 「学級会で『次の文化祭でなぜ劇をやるべきか』を、スライドを使ってクラス全員に熱弁して賛成してもらう発表」のようなものです。
2. 評価
解説: 会社が社員の仕事ぶりや成果、態度などを点数化し、給料やボーナス、昇進を決めるための審査のことです。
中学生でもわかる例え: 「テストの点数や授業中の提出物からつけられる、通知表の『5・4・3・2・1』の成績」です。
3. 代休
解説: 土曜日や日曜日などの休日に仕事(イベント対応など)をした代わりに、本来は仕事日である平日に休みを取る制度のことです。
中学生でもわかる例え: 「日曜日に行われた運動会の代わりに、次の月曜日が学校休みになる『振替休日』」と同じ仕組みです。
4. 公私混同
解説: 職場のルールや仕事(公)に、自分の私的な感情や個人的な都合(私)を持ち込んで、不公平な判断をしてしまうことです。
中学生でもわかる例え: 「自分が個人的に嫌いなクラスメイトだからという理由だけで、掃除当番のリーダーがその人だけに重い作業を押し付けること」です。
5. 管理者研修
解説: 部下を持つリーダーや管理職(課長や部長など)になるための知識や心構え、指導方法を集中して学ぶ特別な研修(勉強会)のことです。携帯電話の持ち込みが制限されるなど、厳格に行われることがあります。
中学生でもわかる例え: 「生徒会役員や部活のキャプテンに選ばれた人だけが参加する、リーダーとしての心得やまとめ方を徹底的に叩き込まれる『リーダー合宿』」のようなものです。




