第16話 第四話・プロローグ『サトウは数字の意味を知る』ー深夜のサイレン
深夜のサイレン
深夜二時。
海辺の住宅街を、救急車のサイレンが切り裂いた。
湿った夏の空気を押しのけるように、赤い光が家々の壁を照らし、
眠りの底に沈んだ街を強引に現実へ引き戻す。
救急車は日赤中央病院の搬入口に滑り込み、
担架が慌ただしく降ろされる。
白いシーツの下で、男の腕に巻かれた止血帯が赤黒く滲んでいた。
「手首の裂傷、深い! 血圧低下、意識レベル低下!」
「輸血の準備を! すぐ手術室へ!」
自動扉が開き、担架が光の奥へ消えていく。
その瞬間、廊下の蛍光灯がわずかに揺れた。
◆ 黒川のスマートフォンが震える
同じ頃。
黒川部長は自宅の寝室で、
枕元のスマートフォンが震える音に目を覚ました。
時刻は深夜二時。
嫌な予感が、胸の奥で重く沈んだ。
黒川はショートメッセージを開く。
そこには短い文章が一行だけ記されていた。
「中林敦雄が自宅で自傷行為。搬送中。至急日赤中央病院へ」
ただ事実だけが、冷たく突き刺さる。
黒川は息を呑み、
寝室の暗闇の中で立ち尽くした。
「……中林が……」
声にならない声が漏れた。
寝息を立てる妻を起こさないよう、素早く着替える。
だが、玄関へ向かう足は震え、
靴を履く手がもつれ、鍵を落とし、拾い上げるまでに数秒かかった。
◆ 病院の廊下で
病院に到着した黒川は、
受付に駆け寄り、息を切らしながら叫んだ。
「営業部の……中林敦雄は……!」
看護師が静かに答える。
「手術中です。
こちらへどうぞ」
案内された廊下は、
深夜の蛍光灯が白く冷たく光り、
人の気配がほとんどない。
閉じられたドアの上に、
“手術中”と書かれたランプが冷たく光っていた。
その廊下のかたすみに――
ひとりの男が立っていた。
黒川は歩みを止めた。
その男は、
白い光の中で静かに佇み、
深い悲しみと揺るぎない覚悟を湛えた目で黒川を見つめていた。
黒川の喉が震えるが、声は出ない。
男はゆっくりと頷いた。
サトウだった。
黒川は言葉を失い、
ただサトウの前で立ち尽くした。
サトウは静かに告げる。
「部長……
中林君をこのような事態にしたのは、我々です」
蛍光灯の白い光が、
二人の影を長く伸ばしていた。




