第13話 第三話・第四章『影を抱えたプレゼンター』 ―三枝課長の影―
第三話・第四章
『影を抱えたプレゼンター』
―三枝課長の影―
営業部の三枝課長は、
イベント初日の夜、アリーナ近くのビジネスホテルの一室で、
缶ビールを握りしめていた。
テレビはつけっぱなし。
画面の光だけが、薄暗い部屋を照らしている。
三枝は、今日のプレゼンの様子を思い返していた。
美咲と由紀がステージに立ち、
観客の視線を集めていたあの瞬間。
胸の奥に、焼けるような嫉妬が広がった。
由紀が元夫と会い動揺したことで、見事にプレゼンは失敗した。
三枝は、それで少しは気分が晴れた。
その顔には、暗い笑いが浮かんだ。
◆ 黒川部長への不満
「……なんで俺じゃないんだ。」
三枝は呟いた。
今回のイベントは、営業部にとって年に一度の大舞台だ。
課長である自分が任されるべき仕事だと思っていた。
そう信じて疑わなかった。
しかし――
黒川部長は、美咲と由紀を選んだ。
美咲は課長代理。
自分の地位を脅かす存在。
由紀はパート社員。
本来なら補助的な役割のはずだ。
「……黒川部長は、俺を評価していない」
そう感じて、日々が過ぎていった。
給与査定も賞与も芳しくない。
営業成績は悪くないはずだ。
だが、評価はいつも“平均以下”。
黒川の自分への態度は、どこか冷たい。
その冷たさが、三枝の心をじわじわと蝕んでいった。
◆ ギャンブル依存と金策
三枝は、そのストレスをギャンブルで紛らわせるようになっていた。
最初は軽い遊びだった。
だが、勝てば興奮し、負ければ取り返そうとする。
気づけば、営業費の私的流用に手を出していた。
接待費用の領収書を偽造し、会社から騙し取った。
「……誰でもやっていることだ」
そう思っていた。
しかし、借金は膨らみ、
街金からの督促が携帯に届くようになった。
「……金が必要だ」
焦りが、三枝の判断を鈍らせていった。
◆ 競合他社との接触
そんな時だった。
競合他社の担当部長――
冷静で、どこか人を見透かすような男が、三枝に接触してきた。
「三枝さん。
あなた、営業部で評価されていないでしょう?」
図星だった。
「うちに来ませんか?
あなたほどの人材なら、もっと高く評価しますよ」
その言葉は甘い蜜のように聞こえた。
だが――
男の目は笑っていなかった。
男は封筒を置いた。
中には、
三枝の月給一ヶ月分程度の現金 が入っていた。
借金を返すには足りない。
だが、今すぐ必要な金ではあった。
「あなたの力を、少しだけ貸してほしい。」
男は続けた。
「イベントが少し混乱すれば、
うちの新製品が注目されるんです」
その声は、三枝の弱い心を正確に突いてきた。
男は、三枝が封筒を急いでポケットに入れる様子を静かに見ていた。
(利用価値は“その程度”だ)
男は、三枝を評価していなかった。
ギャンブル狂の無能。
使えるうちは使い、用済みになれば捨てるつもりだった。
◆ 由紀の家庭事情を利用
イベントの準備が進む中、
三枝は由紀を採用した時のことを思い出した。
面接で、
彼女が離婚後も元夫に悩まされていることを知った。
研修を担当した際、
PCの操作方法、
IDとパスワードの保存方法も教えた。
「……由紀のIDなら、使える」
由紀は真面目で、
パスワード管理も素直に指示通りにしていた。
三枝は、その“素直さ”を利用した。
◆ 妨害工作の決断
「……俺だって、必死なんだ」
三枝は、自分に言い聞かせるように呟いた。
黒川部長への不満。
美咲への嫉妬。
由紀への軽侮。
借金の焦り。
競合他社からの誘惑。
そして、自分が評価されないという劣等感。
それらが絡み合い、
三枝の心を濁らせていった。
そして――
由紀のPCに座り、
彼女のIDで臨時入館証を発行した。
元夫に渡せば、由紀は動揺する。
プレゼンは崩れる。
イベントは混乱する。
競合他社は得をする。
自分は報酬を得る。
「……これでいいんだ。」
そう思い込もうとした。
しかし――
胸の奥に、小さな罪悪感が残った。
それでも、三枝は目を閉じた。
「……俺は悪くない。
悪いのは、俺を評価しない黒川部長だ」
その言葉は、
自分自身への言い訳だった。
そして――
三枝は、自分が踏み越えてはならない一線を越えた。




