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次はきっと  作者: Charles39
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第二章 『隣にいる人』その一

最後の授業が、また長引いた。

先生はまだ前で来週提出の課題について話しているのに、梨沙はもうペンケースを鞄にしまって、スマホを膝の上に置いていた。少しすると、また下を向いて確認する。

そのくせ、先生が二、三言話すたびに、それらしく一度うなずく。

むしろ怪しい。

本当に聞いてるときのほうが、こんなに真面目そうにはしてない。

二回見た。

三回目で、ちょうど梨沙が顔を上げた。

「せめてもう少し、ちゃんと聞いてるふりしたら?」

「聞いてるって」

「先生、今なんて言った?」

「今?」

やっぱり。

梨沙はすぐ前を向いた。

ちょうど先生が、

「――詳しい書式は、あとでLMSに載せます」

と言ったところだった。

梨沙がすぐこっちを見る。

「詳しい書式は、あとでLMSに載せます」

「最後の一文だけじゃん」

「聞こえてたなら、聞いてたってことでしょ」

笑ってしまった。

ばれてるのに、よくそんな堂々と言える。

こういうときの梨沙は本当に面白い。

先生がさらにいくつか補足して、ようやく授業が終わった。

教室のあちこちで、椅子を引く音と荷物を片づける音が一気に重なる。梨沙は誰より早かった。さっきまで膝の上にあったスマホは、もう手の中に戻っている。

「真帆が急かしてる」

「まだ着いたばっかでしょ」

「五分前」

「じゃあ着いたばっかじゃん」

梨沙は答えず、グループLINEの画面をこっちに向けた。

着いた

一分後。

卒業するまで出てこないつもり?

その下には写真までついていた。

靴の先と、床のタイルと、端に少しだけ壁。

……何を撮ったんだろう、これ。

「暇なのかな」

もう一度写真を見る。

「暇そう」

真帆は高校の頃から、こういう数分単位のことを妙にきっちり覚えている。

五時集合なら、五時三分に着いたことまで覚えている。別に本気で怒るわけじゃない。ただ、次に会ったとき、ついでみたいにまた言ってくることはある。

しかも本人は、ほとんど遅刻しない。

言い返しにくい。

「先生が延ばしてるって、さっき送ったよ」

梨沙が言った。

「なんて返ってきた?」

「『また?』」

……やっぱり。

たぶん高校の頃のことまで思い出してる。

「ほっといて」

それ以上相手にするつもりはなかった。続けたら、梨沙はたぶん真帆がこのあと何を言ったかまで全部読み上げる。

そう思ったところで、梨沙が先に笑った。

「『紫苑なら絶対ほっといてって言う』って」

梨沙を見る。

「何笑ってるの?」

「別に?」

笑ってるくせに。


* * *


真帆は一階の出口のそばにいた。

壁にもたれてスマホを見ていて、私たちに気づくと顔を上げ、それから腕時計に目を落とした。

……来る。

「九分」

「先生が延ばした」

「知ってる。梨沙から聞いた」

真帆はスマホを鞄にしまった。

高校の頃からこうだ。

別に責めているわけじゃない。ただ、時間を見たなら、その数字をそのまま口にする。

「先にご飯食べよ」

真帆がそう言って歩き出す。

私もついていく。

梨沙が後ろから追いついてきた。

「真帆、まだ着いたばっかじゃないの?」

真帆は振り返らなかった。

「だからお腹空いてる」

梨沙が笑う。

「それ関係ある?」

「あるでしょ」

真帆はごく普通に言った。

……本人の中では、本当にあるんだと思う。

三人でそのまま校門へ向かった。

外に出る少し前、梨沙が横から私の腕に絡んできて、そのまま体を寄せながら前の店を見る。

「で、今日何食べる?」

「ずっと考えてたんじゃないの?」

「だから紫苑に聞いてるんじゃん」

「何か思いついた?」

「まだ〜」

聞いた意味がない。

私の反対側にいた真帆が、

「とりあえず出よ」

とだけ言った。

梨沙が見る。

「何かあるの?」

「ない」

「じゃあなんでそんな自信ありそうなの」

真帆は答えなかった。

校門を出ると、駅のほうへ向かう人が一気に増えた。

道沿いには店が並んでいて、この時間はほとんどが授業帰りの学生だった。

梨沙はまだ私の腕を取ったまま、左右を見ている。

少し歩いたところで、急に止まった。

つられて私も一歩止まる。

「あそこ?」

視線の先を見る。

「いいよ」

真帆もうなずいた。

「いいんじゃない」

そこでようやく梨沙が腕を離して、先に店へ向かった。

「じゃ、あそこにしよ〜」

私もあとを追った。


* * *


席に着くと、真帆はすぐに注文を決めた。

私もそんなに時間はかからなかった。

梨沙だけがタブレットを持ったまま、一ページ送っては、また戻している。

水を何口か飲む。

まだ見てる。

「まだ決まらないの?」

「あと二つ」

梨沙がタブレットを少しこっちへ押した。

グラタンと丼もの。

「全然違うじゃん」

「そうなんだよね」

「じゃあ選びやすくない?」

梨沙が顔を上げる。

「どこが?」

知らない。

タブレットを返そうとしたところで、向かいの真帆がふっと笑った。

そっちを見る。

「何?」

「別に」

そう言いながら、まだ口元が少し笑っている。

絶対何かある。

「何思い出したの?」

真帆がしばらく私を見た。

「今、昔みんなで買い物行ったときのこと思い出した」

嫌な予感がした。

「言わなくていい」

「まだ何の話か言ってないけど」

「だから言わなくていい」

メニューを見ていた梨沙が、すぐ顔を上げる。

「何の話?」

真帆が口を開いた。

「高校のとき、一回みんなで買い物行って、同じシリーズのキーホルダー見つけたことがあって」

「真帆」

無視された。

「誰かが、一人一個選ぼうって言ったの」

梨沙が私を見る。

「それで?」

真帆が言う。

「紫苑が嫌だって」

「みんなでお揃いとか、子どもっぽいと思っただけ」

「そう。まさにそれ」

……。

そこまで覚えてるんだ。

梨沙が笑った。

「じゃあ紫苑は買わなかったの?」

答えなかった。

代わりに真帆が答える。

「買ったよ」

「結局買ったの?」

「たまたま一個、まあいいかなってのがあったから」

真帆がうなずく。

「そのときもそう言ってた」

真帆を見る。

「そんなこと、よく覚えてるね」

「知らない」

水のグラスを持ち上げる。

「たまたま覚えてた」

今日のお昼何食べた、くらいの言い方だった。

梨沙はようやくメニューに視線を戻した。

これで終わったと思った。

でも真帆が、急に私の横に置いた鞄を見る。

「しかも、それまだつけてるよね」

一瞬止まった。

梨沙がまた顔を上げる。

「まだあるの?」

「……壊れてないのに捨てる理由ないでしょ」

「高校のときから?」

「うん」

梨沙の視線がすぐ鞄へ向かった。

私は鞄を少し内側へ寄せる。

手を動かしてから気づいた。

あ。

これじゃ余計に分かりやすい。

もう梨沙が笑っている。

「見たい」

「やだ」

「ちょっとだけ〜」

「やだ」

「なんで?」

「注文、まだ決めないの?」

タブレットを梨沙の前に押し戻す。

梨沙は笑いながら受け取った。

「はーい」

向かいでは真帆が静かに水を飲みながら、面白がるような顔で私を見ていた。

元はといえば真帆のせいなのに。


* * *


料理が来てから、三人ともようやくしばらく静かになった。

半分くらい食べたところで、梨沙が急に聞いた。

「二人とも、中間の勉強もう始めた?」

「少し」

真帆が答える。

梨沙がすぐ私を向いた。

「紫苑は?」

「一科目だけ」

目に見えてほっとした。

「じゃあよかった」

「何に安心したの?」

「紫苑、もうかなりやってるかと思った」

「やってない」

「じゃあ私も今日帰ったら始めよ」

梨沙を見る。

前もそう言ってた。

帰ってから「五分だけ横になる」。

起きたらもう夜中だった。

「今日はベッドに横にならなければいいんじゃない」

梨沙が止まる。

「……まだ覚えてるの?」

「自分で話したんでしょ」

「あれは事故だって〜」

「うん」

「ほんとに〜」

「違うなんて言ってないけど」

二秒くらい見つめられた。

たぶん自分でも、これ以上説明しても意味がないと思ったんだろう。

黙ってまた食べ始めた。


* * *


食べ終わったあと、そのまま駅のほうへ歩いた。

まだ一つ目の交差点を過ぎたところで、梨沙がまた急に止まる。

「待って」

視線の先を見る。

服屋。

「帰ったら勉強するんじゃなかったの?」

「ちょっと見るだけ」

そう言うなり、また私の腕に絡んで、店の入口へ引っ張っていく。

「梨沙のちょっとって、毎回怪しいんだけど」

「今日は本当にちょっと」

「毎回そう言ってない?」

「今日はいつもより本当」

どういう基準なんだろう。

横を歩く真帆が言った。

「信じない」

「真帆まで〜」

口では文句を言いながら、梨沙に止まる気はまったくない。

店に入ってから、ようやく腕を離された。

少しすると、トップスを二着持って戻ってくる。

「どっち?」

一度見る。

「右」

梨沙は自分に当てながら少し迷った。

「でもやっぱり、左のほうが好きかも」

「じゃあ左でいいじゃん」

「うん、そうする〜」

聞いてきたときより返事が早い。

そのまま左を持って試着室へ向かった。

私はもう気にしないことにした。

真帆もいつの間にか別の売り場へ行っている。

ハンガーを順番に眺めながら、ゆっくり奥へ進んだ。

濃いグレーのトップスが、ラックの外側に掛かっていた。

一度そのまま通り過ぎる。

それから戻った。

シルエットがすっきりしていて、袖も隣の服より少し細い。

高瀬さんなら、こういうの着そう。

もう一度見る。

着たら、たぶん似合う。

気づけばスマホを鞄から出していた。

カメラを開いて、少し後ろへ下がる。

服がちょうど画面に収まった。

「紫苑〜」

試着室のほうから梨沙の声がした。

顔を上げる。

「何?」

「ちょっと来て〜」

画面にはまだ、さっきの服が映っている。

シャッターは押していない。

スマホを下げた。

「今行く」

梨沙は鏡の前に立っていた。

「これ、大きすぎない?」

見る。

「大丈夫」

「ほんと?」

「うん。そのくらいでちょうどいい」

梨沙が鏡へ向き直る。

「じゃあ買おうかな」

「うん」

離れようとしたところで、手の中のスマホが震えた。

画面がつく。

高瀬さん。

中間の勉強、もう始めた?

最初は、

まだ

と打った。

二秒考える。

消す。

まだそんなに

高瀬さんは?

すぐ返ってきた。

始めたばっか

別に、私よりずっと早いわけでもない。

それでも私より早い

送る。

すぐにはトーク画面を閉じなかった。

少し上へスクロールする。

曲。

写真。

コンビニのアイス。

それから、先生の話からどうして道端で見かけた猫の話になったのか、もう思い出せないやり取り。

まとまりがない。

本当に何でもある。

もう少し上へ。

こんなにあったんだ。

そう思ってから、別にそうでもない気もした。

毎日少しずつ。

ひとつ話して、また別のことをひとつ。

まとめて見ると、急に多く見えるだけだ。

「紫苑〜」

顔を上げる。

梨沙はもう自分の服に着替えて、さっきの服を手に持っていた。

「会計してくる」

「うん」

「紫苑、まだ見る?」

「もうちょっと見る」

「分かった」

梨沙が行った。

スマホをしまって、さっきのラックへ戻る。

濃いグレーのトップスは、まだ同じ場所に掛かっていた。

高瀬さんが着たら、やっぱり似合いそうだ。


* * *


会計が終わると、梨沙はまた別の店に入った。

今度は私も真帆も入らなかった。

外のベンチに並んで座る。

真帆は下を向いてメッセージを返している。

私は背もたれに寄りかかって、前を通る人を眺めていた。

しばらくして、真帆が急に口を開いた。

「疲れた?」

「ちょっと」

「私も」

それでまた静かになった。

別に、何か続ける必要もない。

数分後、梨沙が一人で店から出てきた。

「二人とも静かすぎない?」

真帆がスマホをしまう。

「見終わった?」

「うん」

「じゃあ行こ」

梨沙が私たちを交互に見る。

「さっき話してた?」

「話したよ」

「何を?」

少し考える。

「疲れたかどうか」

梨沙が二秒止まった。

「それだけ?」

「それだけ」

「つまんな〜い」

そう言いながら、笑っていた。

三人でまた駅へ向かう。


* * *


駅が近くなったところで、梨沙が時間を確認した。

「あ」

見る。

「何?」

「何でもない」

「勉強?」

少し黙る。

「今思い出した〜」

やっぱり忘れてた。

分かれ道まで来ると、真帆が先に足を止めた。

「私こっち」

「うん。また明日」

梨沙も私に手を振る。

「ばいば〜い」

「じゃあね」

私は反対側へ歩き出した。

まだ数歩しか進んでいないところで、後ろから梨沙の声がした。

「紫苑!」

振り返る。

「何?」

「私、ベッドじゃなくて床に寝転ぶことにする!」

「……なんで?」

「それなら寝ないと思う」

「結局寝転ぶんだ」

梨沙が一度止まった。

「……ほんとだ」

「机に座れば?」

「そうする〜」

ようやく答えが見つかったみたいに、それで満足したらしい。

真帆は横で待っていた。

梨沙はすぐ追いついて、そのまま真帆の腕に自分の腕を絡めた。

二人がまた歩き出す。

私も前を向いた。


* * *


帰る前に、明日の朝ごはんを買った。

部屋に着く頃には、外はもう暗かった。

ドアを閉めると、急に静かになる。

靴を脱ぐ。

鞄を椅子に置く。

ピアスを外して机の端に置いてから、髪もほどいた。

午後ずっと結んでいたせいで、根元が少し痛い。

下を向いたとき、鞄の内側につけているキーホルダーが目に入った。

濃い青。

角が少し擦れている。

……真帆のせいだ。

普段ならわざわざ見ないのに。

指で少し触る。

鞄は確かに何度か替えた。

そのたびに、これも確かに付け替えている。

でも、まだ使えるし。

残しておいて何が悪いんだろう。

鞄を横へ置いた。

スマホをスピーカーにつなぐ。

二曲目が半分まで来た頃、三人のグループLINEに梨沙からメッセージが来た。

机の写真。

講義資料が広げてあって、横にはさっき買ったものの紙袋も置いてある。

勉強してる

返す。

まだ始めたばっかでしょ

ほとんど間を置かずに返ってきた。

始めた時点で勉強してる

真帆。

明日、何やったか聞くね

梨沙。

いらない

少し笑った。

少なくとも、本当に机には座ったらしい。

スマホを横へ戻す。

自分の講義資料を取り出した。

一ページ目はまだいい。

二ページ目でもう面倒になってきた。

三ページ目で閉じたくなった。

飲み物を取ろうと手を伸ばす。

スマホはすぐそばにある。

一度見た。

手には取らなかった。

すると、昼間の一言まで浮かんできた。

始めたばっか

講義資料に目を戻す。

だからといって、急に勉強したくなったわけじゃない。

ただ、さっきまではもう閉じるつもりだったのに、今はもう一ページくらいなら見てもいい気がした。

次のページをめくる。

昼間、自分で送った言葉も続けて浮かんだ。

高瀬さんは?

同じ一行を数秒見つめる。

手を伸ばして、スマホを伏せた。

先に勉強しよう。

四ページ目も、やっぱり退屈だった。

でも、閉じなかった。


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