第一章 『またあとで』その二
食堂で一緒に昼を食べた日から、数日経った。
午後の授業が終わると、そのまま駅へ向かった。
今日はほかに予定もない。まっすぐ帰って、途中で何か買って、あとでこの前途中まで観た映画の続きを観るかどうか決めるつもりだった。
前に友達と来たことのあるカフェの前を通ったとき、ついガラス越しに中を覗いた。
あのプリンがまだあった。
濃いカラメルが、下の淡い黄色を覆うように見える。前に来たときも見たけれど、その日は別のものを頼んだ。
私は窓の外で少し立ち止まった。
高瀬さん、数日前にプリンが好きって言ってた。
こういうのも好きなのかな。
そう思ったときには、もう足が止まっていた。
ガラス越しだとうまく写らない。
少し横へずれて反射を避け、もう一枚撮る。
撮り終えてから、少しだけ手が止まった。
別に、どうしても送る必要はない。
ただ、今は高瀬さんのLINEを知っている。
トークを開くと、いちばん新しいやり取りは数日前のあの曲で止まっていた。
高瀬花梨。
写真を送る。
> これ、高瀬さん好きそう
送ってからも、そのままショーケースを見ていた。
少しして既読がつく。
> おいしい?
笑ってしまった。
やっぱり最初に聞くのはそこなんだ。
> 食べたことない
> へえ
本当なら、ここで終わってもよかった。
高瀬さんはこのプリンがあることを知った。
私も、写真を見てもらえたことは分かった。
それ以上、付け足すことはない。
それなのに、「へえ」の文字を見ながら、指はまだトーク画面の上にあった。
さっきわざわざ立ち止まって写真まで撮ったのも、このプリン自体が誰かに報告するほど珍しかったからじゃない。
もう一行打つ。
> これ見たとき、高瀬さん思い出した
送ってから、写真だけより少し余計なことを言った気がした。
でも今さら取り消すほうが変だ。
スマホをしまおうとしたところで、向こうから返事が来た。
> 見た目はよさそう
> 私もこれからプリン食べに行く
もう一度ショーケースを見る。
ただ思いついて送っただけなのに、向こうもこれからプリンを食べに行くらしい。
> 偶然すぎる
> もともと行くつもりだった
> よく行く店で今日プリンあるから
高瀬さんがよく行く店。
そんなところがあるのは知らなかった。
その二行をしばらく見た。
どこなのか知りたいだけなら、店の名前を聞けばいい。
でも最初に浮かんだのは、それじゃなかった。
> 行ってみたい
送ってから気づいた。
これ、聞いてるというより、もう行くって言ってるみたいだ。
* * *
スマホが震えた。
ちょうど机の上を片づけていたところで、手に取ると水野さんから新しいメッセージが来ていた。
> 行ってみたい
二回読んだ。
さっきは、これからプリンを食べに行くってついでに言っただけだった。
別に誘ったつもりはない。
まさかこう返ってくるとは思っていなかった。
あの店は、一人で行くことのほうが多い。
人を連れて行けない理由があるわけじゃない。
食べたいものがあれば一人で行っていただけで、誰かを誘おうと考えたこともほとんどなかった。
水野さんが向かいに座ったら。
すぐに想像できた。
たぶん最初にメニューを全部見て、最後は二つの間でずっと迷う。
そう考えても、別に変じゃない。
むしろ、最後にどっちを選ぶのか少し見てみたい。
文字を打つ。
> じゃあ校門のところで
送ってから、水野さんが写真を撮った場所はもう駅の近くだったんじゃないかと思った。
戻ってくるなら少し歩く。
でも、自分から来たいって言ったんだし。
スマホをしまう。
さっきまでは、ただプリンを食べに行くだけだった。
今は、待つものが一つ増えた。
悪くない。
* * *
私はもう駅の近くまで来ていた。
高瀬さんからの返事を見て、自分でも先に笑ってしまった。
何がそんなに嬉しいのかは、よく分からない。
今日もともと何も予定がなかったところに、急に一つ増えたからかもしれない。
スマホを鞄にしまって、来た道を戻る。
さっきまでは、授業が終わったらそのまま帰るのも悪くないと思っていた。
今は、別に急がなくていい。
* * *
校門の近くは、思っていたより人が多かった。
少し近づくと、すぐに高瀬さんを見つけた。
道の端に立って、スマホを見ている。
黒い長髪が肩の後ろへまっすぐ落ちていて、風で揺れるたび、顔の横に残してある短い髪も少し動いた。
最初に電車で高瀬さんを意識したときも、目に入ったのは髪だった。
長くて、まっすぐで。
肩よりかなり下まであるのに、毛先まできれいに整っていた。
顔まわりには細い毛束が少し残っていて、もともとすっきりした眉や目元が余計に目立つ。
人混みの中でも、つい目がいく顔だ。
そのときは、それくらいしか知らなかった。
今は少し離れたところから見ても、先に浮かぶのは、このあとまたプリンに妙に真剣になるんだろうな、ということだった。
前はただきれいだと思っていた顔に、今は知っていることがいくつか重なって見える。
私は彼女のところへ歩いていく。
人が近づいてきたのに気づいたのか、高瀬さんが顔を上げた。
「待った?」
「待ってない」
スマホをしまう。
どっちに行くのか聞こうとしたところで、彼女の視線がすぐには外れないことに気づいた。
「今日、髪型違う」
「これ?」
後ろに手をやる。
今日は朝、両側の髪を後ろへまとめてハーフアップにした。
一度はきれいにできたのに、鏡で見たら整いすぎている気がして、ほどいてもう一度やり直した。
「うん」
高瀬さんがもう一度見る。
ただ目に入ったから見た、という感じじゃない。
「似合ってる」
返事が半拍遅れた。
「……ありがとう」
高瀬さんのほうは、ただ普通のことを言ったみたいに、もう前を向いていた。
「行こう」
「うん」
私はその横についていった。
* * *
水野さんの今日の髪型は、確かに似合っている。
校門で見た瞬間、いつもと違うのは分かった。
言ってしまえばそれで終わりなのに、並んで歩いていると、何度か勝手に目が向いた。
普段は顔の横に下りている髪が後ろにまとめられていて、いつもより顔全体がよく見える。
でも、全部きっちり上げているわけじゃない。
耳の横には少し後れ毛が残っていて、歩くたび、たまに頬に触れる。
たぶん、あれがいい。
全部まとめたら、今ほど似合わないかもしれない。
耳も出ている。
小さな銀色のピアスが見えた。
前はそこまで見ていなかった。
交差点まで来たところで、水野さんがそのまま前へ進みかける。
「こっち」
「あ」
立ち止まって、私について曲がった。
「ここ通るんだ」
「うん」
「高瀬さん、ほんとによく来るんだね」
「けっこう来てる」
路地の奥へ進む。
「一人のときが多いけど」
「へえ」
水野さんはそれだけ言って、続きを聞かなかった。
私も何も足さなかった。
そのくらいが楽だ。
もう少し進むと、見慣れた木の扉が見えてきた。
横の小さな黒板もいつもの場所にある。
いちばん下に、チョークで書かれていた。
本日プリンあります。
それを見て、少しだけ安心した。
今日に限って売り切れていたら、なんとなく格好がつかない。
水野さんは気にしないだろうけど。
扉を開ける。
ベルが鳴った。
午後の店内は空いていた。
一度見回して、窓際の席を選ぶ。
水野さんは向かいに座ると、メニューを手に取った。
私は先にカウンター横の小さな札を見る。
「プリン、まだある」
「それ確認するために見たの?」
「プリン目当てで来たから」
水野さんが笑う。
たぶんまた、私が甘いものになると妙に真剣だと思っている。
別にいい。
本当にそうだから。
水野さんがメニューを見る。
「じゃあ、これどう?」
チーズケーキを指した。
「そんなに甘くない」
「じゃあこれにする」
さらに下へ視線を動かして、指がメニューの下のほうで止まった。
「こっちもおいしそう」
私も見る。
「初めて見た。たぶん季節限定」
「高瀬さんでも全部知ってるわけじゃないんだ」
「店員じゃないし」
水野さんが笑いながらメニューを閉じた。
注文を終えると、後ろでまとめた髪に触れる。
「さっきの、本当に似合ってると思った?」
私はまた見る。
まだ気にしてたんだ。
「うん」
「今日の朝、実は二回やったんだよね」
「最初失敗した?」
「失敗っていうほどじゃないけど。きっちりまとめすぎたら、なんか変で」
もう一度見る。
今のほうが確かにいい。
「今のほうがいい」
「どこが?」
少し考える。
「顔の横に少し残ってるところ」
水野さんが一瞬止まって、耳の横の髪に触れた。
「そんなところまで気づくんだ」
「髪なら見る」
しばらくこっちを見たあと、視線がゆっくり私の髪へ落ちる。
「そっか。高瀬さん、自分の髪もちゃんとしてるもんね」
今度は毛先のほうを見る。
ただ話を合わせるために言っている感じではなかった。
「それに、高瀬さんの長いストレート、ほんとにきれい」
肩の前に落ちていた一束に触れる。
「髪は時間かけてる」
「見れば分かる」
その答えは好きだった。
きれいと言われるのも嫌じゃない。
でも、「分かる」のほうがいい。
毎日そこにかけている時間まで、生まれつきで片づけられないから。
「毎日かなり時間かかる?」
「そんなに。だいたいやるの決まってるから」
「髪型?」
「うん。一度似合うやり方が分かれば、毎日考え直さなくていいし」
「服も?」
「似たような感じ。一回合わせて、よかった組み合わせは覚えてる」
毎朝一から決めるのは時間がもったいない。
水野さんが少し背もたれに寄りかかる。
「私は無理だな」
「毎日考えるの?」
「気分による。今日はこれ着たいって先に決めて、そこからほかを合わせるときもある」
自分のトップスを少しつまんだ。
「今日はこれを先に選んだ」
その動きを追って見る。
色が、今日のリップと合っている。
「似合ってる」
水野さんが一瞬止まってから顔を上げた。
「今日、もう二回褒められた」
二回。
私は数えていなかった。
「本当にいいから」
「今日、ずいぶん褒めてくれるね」
「似合ってたら言うでしょ」
言ったあと、水野さんが数秒こっちを見た。
また笑っている。
理由は分からない。
「じゃあ、もらっとく」
ちょうどそのとき、デザートが運ばれてきた。
私の前にはプリン。
水野さんにはチーズケーキ。
水野さんが小さく切って口に入れる。
つい反応を見る。
食べたあと、眉が少し上がった。
「ほんとにそんなに甘くない」
「言ったでしょ」
「今ちょっと得意げじゃない?」
ばれた。
「合ってたから」
「ただのケーキだよ?」
「合ってたことには変わらない」
水野さんがまた笑った。
今日はよく笑う。
たぶん、食堂のときより長く向かいに座っているから、目につくだけかもしれない。
プリンを一口すくう。
カラメルは苦めで、下のプリンはいつもより少し固い。
おいしい。
顔を上げると、水野さんのリップも前とは少し違うことに気づいた。
外では全体が似合っていると思っただけだったけれど、座って見ると分かりやすい。
「メイクも服に合わせる?」
「たまに。今日はリップ変えた」
やっぱり。
「前より少し濃い」
水野さんのフォークが止まる。
「そこまで分かるの?」
思ったより反応が大きい。
「けっこう分かるよ」
「高瀬さん、こういうのあんまり見ないと思ってた」
わざわざ言わないだけで、見えてないわけじゃない。
「毎日変えるのが面倒なだけ。見れば分かるよ」
水野さんが今度ははっきり笑った。
「そう言われると、すごく高瀬さんっぽい」
「どこが?」
「一回これでいいって思ったら、そのまま使うところ」
別に間違ってはいない。
「時間省けるし」
「悪いとは言ってないよ」
フォークでまたケーキを切る。
「私は変えたいけど」
そこは、たぶん本当に分からない。
もう似合う組み合わせが分かっているのに、どうして毎回決め直すんだろう。
でも、今日のハーフアップは確かにいつもより似合っている。
ずっと同じだったら、今日のこれは見られなかった。
そう思って、もう一度髪を見る。
まあ。
たまに変えるのも悪くないのかもしれない。
水野さんが何口か食べたところで、ふと思い出したみたいに言った。
「そういえば、この前の漫画、ちょっと読んだよ」
フォークが止まった。
「どれ?」
「高瀬さんがすごい勢いで文句言ってたやつ」
本当に読んだんだ。
あの日は話の流れで聞いていただけだと思っていた。
帰ってからわざわざ探して読んだとは思わなかった。
胸の奥を、ほんの少し触られたみたいだった。
わざわざ何か言うほどじゃない。
でも、ただ「読んだんだ」で終わるより、少しだけ嬉しい。
「どこまで?」
「最初にメッセージ放置するところ」
「そこならまだまし」
「まだましなの?」
「このあともっと面倒」
「まだあるの?」
「ある。そこから――」
言いかけて、止まる。
駄目だ。
「いや、やめる。ネタバレになる」
水野さんがこっちを見る。
「今、めちゃくちゃ言いたそうだったよ」
「言いかけた」
「顔に出てた」
まだ笑っている。
急に、続きを読んだ水野さんがどう思うのか気になった。
できれば、やっぱりあの子は面倒だと思ってほしい。
最後まで読んでもそう思わなかったら、たぶんまた理由を言いたくなる。
「もう少し読んでみて」
「そのつもり」
「ならいい」
返事が少し早かった気がする。
でも、もともと読むつもりなら別にいい。
またプリンを一口食べる。
しばらくして、水野さんの視線がずっと私の皿に向いていることに気づいた。
「食べる?」
「いいの?」
本当に食べたかったらしい。
皿を向こうへ押す。
水野さんは自分のフォークで少しすくって、わざわざ横のカラメルまでつけた。
口に入れて、二秒くらい黙る。
「……そっちのほうがおいしい」
「そりゃそう」
「急に自信すごいね」
「プリンだから」
* * *
高瀬さんはそう言って、また自分で一口すくった。
カレーを食べていたときとは違う。
笑っているわけじゃない。
ただ、目元が普段より少しやわらかい。
一口食べると、口の中のものをちゃんと味わい終わるまで、少し黙る。
ほんの小さな違いなのに。
今は分かる。
高瀬さんを見ていると、さっき校門で言われた言葉をまた思い出した。
――似合ってる。
あまりにも自然に言われた。
少し迷ったり、話の流れで笑いながら言われたりしたなら、たぶん普通の褒め言葉だと思って終わっていた。
友達同士でも、そのくらいは言う。
でも、高瀬さんはちゃんと見ていた。
髪型が違うことに気づいて、とりあえず一言褒めたわけじゃない。
見たあとで、似合ってると言った。
店に着いてからは、どこが違うのかまで分かっていた。
「顔の横に少し残ってるところ」
無意識に、耳の横の髪に触れる。
朝、二回目にやり直したときは、自分でこっちのほうがいいと思っただけだった。
今は、全部上げなくてよかったと少し思う。
そう考えて、またその髪に触った。
自分でも少しおかしい。
服やメイクや髪型を友達に褒められることなんて、珍しくもないのに。
高瀬さんに言われた二つだけは、まだ頭に残っている。
もう一度、向かいを見る。
まだプリンを食べている。
たぶん少し長く見すぎた。
高瀬さんが顔を上げた。
「何見てるの?」
ばれた。
いつもなら、適当に「何でもない」と言ってもいい。
でも今回は、別に隠すようなことでもない気がした。
「高瀬さん」
高瀬さんが一瞬だけ止まった。
さっき私が髪型を褒められたときより短いくらい。
「なんで?」
「プリン食べてるとき、分かりやすい」
「何が?」
「ほんとに好きなんだなって」
高瀬さんが自分の皿を見る。
どこが分かりやすかったのか、自分で確認しているみたいだった。
「好きだよ」
「見れば分かる」
私は自分のチーズケーキを向こうへ押した。
「高瀬さんも一口食べて」
「私?」
「さっきくれたし」
高瀬さんは断らず、小さく切った。
それを口に入れるところを見る。
ただのケーキなのに、なぜかどんな顔をするのか少し気になった。
何度か噛む。
「これも悪くない」
「それだけ?」
言ってから、自分でも少し笑いそうになった。
高瀬さんのほうは、本当に分かっていない顔をしている。
「ほかに何言えばいいの?」
嫌味で言っているわけじゃない。
本当に、私が何を期待しているのか分からないらしい。
「……まあ、そうだね」
皿を戻す。
ただ一口食べてもらっただけなのに、私はずっと高瀬さんの顔を見ていた。
もう少し分かりやすい反応を待っていたみたいに。
今度もっとおいしいものがあったら、もう少し顔に出るのかな。
そう思った瞬間、自分で少し止まった。
高瀬さんはここによく来るって言ってたし、また来るくらい別に変じゃない。
そのあと、話はまた漫画に戻った。
高瀬さんは、あと数話読めば絶対あのキャラに腹が立つと言い張る。
私は、高瀬さんがあの子に厳しすぎるだけじゃないかと言った。
するとすぐに、どうして厳しすぎるわけじゃないのか、一つずつ説明し始めた。
三つ目まで来たところで、思わず笑った。
「何?」
高瀬さんがすぐに止まって、こっちを見る。
さっきまであんなにすらすら話していたのに。
「何でもない。続けて」
「笑ってるじゃん」
「だって、すごい真剣だから」
「あの子、本当に面倒なんだって」
「はいはい」
「その返事、全然信じてない」
また笑った。
こういうところまで気にするんだ。
「まだそこまで読んでないし」
高瀬さんが黙る。
さすがにそれには言い返せないらしい。
「じゃあ読んでから言って」
「読むって」
高瀬さんが一度頷く。
今度は満足したらしい。
いつの間にか、話は学校の近くの店に移っていた。
高瀬さんは、ある店のシュークリームは駄目だと言う。
どこが駄目なのか軽く聞いただけなのに、本当に皮からクリームまで話し始めて、最後には「後半くどくなる」まで付け足した。
二つ目くらいで、また笑ってしまう。
高瀬さんはすぐに気づいた。
「今度は何?」
「何でもない。続けて」
「絶対何かある」
「ただ、甘いものの基準、思ってたより細かいんだなって」
「おいしくないものに文句言ったら駄目なの?」
「駄目じゃないよ」
頬杖をついて、高瀬さんを見る。
さっき漫画の話をしていたときも同じだった。
普段なら一言で終わるようなことでも、自分なりに言いたいことがある話になると、自分からどんどん続きを足していく。
「続けて」
高瀬さんが一度こっちを見る。
それから、本当に続けた。
今度は笑わなかった。
少なくとも、我慢した。
テーブルの上でスマホが震えた。
通知を見る。
そこで手が止まった。
「……もう五時過ぎてる」
高瀬さんが顔を上げる。
「何時?」
「五時過ぎ」
自分のスマホを手に取る。
時間を見て、眉がほんの少し動いた。
「ほんとだ」
「まだそんな時間じゃないと思ってた」
「私も」
返事が早かった。
なぜか、それを聞いて少し嬉しくなった。
時間を気にしていなかったのが、私だけじゃなかった。
下を見ると、二人のカップはいつの間にか空になっていた。
もっと早く帰ろうと思えば帰れた。
でも、どちらも言わなかった。
そこでやっと荷物をまとめ始める。
店を出ると、外の光は来たときとは少し違っていた。
高瀬さんが隣を歩いている。
しばらく歩いて、さっきのプリンを思い出した。
「次来たら、高瀬さんの頼んでたやつにする」
「じゃあ次それ頼めば」
あまりにも普通に返ってきた。
「また来るの?」とも聞かない。
私もただ思いついて言っただけだった。
でも、そう返されると、次がもうあることになったみたいな気がした。
「でも季節限定も食べたい」
高瀬さんが少し考える。
「じゃあ両方」
「食べきれない」
「じゃあ、その次」
今度は私が少し止まった。
高瀬さんはもうそのまま前へ歩いている。
次に何を食べるか決めているだけみたいな、普通の言い方だった。
背中にまっすぐ落ちる長い髪を一度見て、追いつく。
「じゃあ、その次ね」




