ラズレックの宣言
皇帝は言った。
「なんだ、その理屈にもならぬ理由は。こいつが神の使いであるはずがない」
すると、ラズレックも言った。
「私は神の使いではない。神に失礼というものだろう」
「二人とも、見も蓋もないな」
とアヤが言うと、
「まったくだ。皇帝も戦を止めると言えばよいものを」
とファルクレアも続けた。
皇帝は笑った。
「ワシは戦争を止めぬぞ。こいつがワシを殺し、戦争を止めるらしいからな」
ラズレックは答えた。
「アヤに止められなかったら、お前をすでに殺していた。好むところではないが、老人ひとりと千を超える人々の命とでは比べようがない」
ファルクレアは呆れたように言った。
「皇帝よ、もはやあなたを守る兵もいないのに、よくもそこまで強気でいられますな」
皇帝は笑みを消さなかった。
「死を前にするというのは、怖くもあるが期待もある。ワシは皇帝じゃ。ラズレックとやら、ワシを殺してみよ。皇帝と名を持つ私があっさり死ぬのか、それとも何かが起きて死なぬのか。私は期待する。身体がお前より大きくなるかもしれぬ。お前を囲むように人数が増えるかもしれぬ。さあ、さあ」
ラズレックは皇帝の胸倉を掴み、高々と持ち上げ、そのまま石畳へ叩きつけた。
皇帝の身体は石畳の上で跳ねた。
その一瞬の出来事に、周囲は息をのんだ。
しかし、皇帝は起き上がった。口から血を吐きながらも、笑っていた。
「昔、身につけた受け身は健在であったわ。まだ、ワシには何も起きなかったな。次は起きるかもしれぬ。さあ、さあ」
そう言って、またラズレックの前へ歩いていく。
再び、ラズレックは皇帝の胸倉を掴み、石畳へ叩きつけた。
その瞬間、嵐のように風が舞い、皇帝の衝撃は和らいだ。
ファルクレアは泣いていた。
「ファルクレア! 余計なことをするな。ワシは死にたいわけではない。ただ、皇帝とは、ただの人なのかを知りたいのじゃ」
ラズレックは言った。
「私の知る人は、戦いのため大きくもなった。食料不足への対応のため、小さくもなった。さまざまな形になる技術を身につけた。
クローンという、同じ存在を何体も何体も作りもした。だが、それでも満足しなかった。頭の中身を複写する技術を持っても、記憶を莫大にする技術を作っても、人工脳の材質を変えても、なお満足しなかった。その技術の行き着いた先が私だ」
ラズレックは皇帝を見下ろした。
「皇帝よ。ジェスタを見ろ。年齢を変えている。私の知る人は、時をさかのぼることはできなかった。魔術は、火にしろ水にしろ、無から有を生み出している。これは、お前たち人が次元を超える道を見つけ出したことを示している。
絶望するな。すでに可能性は示されている。
いつかは、お前の言うことが理解されるかもしれん。大きさや数の概念も変わるだろう。
だが、お前はそこまで命がもたぬ。多くの可能性のために死ぬがよい。
ラズレックは再び皇帝を高く持ち上げ、地面へ叩きつけた。
皇帝は全身で受け身を取ったが、片手と片足はあらぬ方向に曲がっていた。
口から血があふれ、辛うじて目だけが動いていた。
そこへ、ジェスタが近づき、皇帝に向かって言った。
「ドミトリアン・ノーディア。聞こえている? これは哀れね。
最初は笑えるかと思っていたのよ。ラズレックに怯えるさまを想像してね。それを見に来たつもりだったわ。
まるで駄々っ子じゃないの。恐れを知らぬ駄々っ子が、大きな獅子に無邪気に向かって歩いていくようだった。何度も、何度も。見ているほうが寒くなったわ。」
ジェスタは小さく笑った。
「そうね。助けたら、また向かっていくかもしれない。それはそれで面白そうだから、助けてあげる。ファルクレアも手伝って」
ラズレックは、城そのものを音源とするように、城中へ、そして城下町へ声を響かせた。
「我が名はラズレック。戦争は取りやめとする。
異議ある者は何人でもよい。我が前に立て。『皇帝』同様に、必ずや叩きつぶしてくれよう」




