皇帝の命令
城の兵は戸惑っていた。
岩のような長身の者が来ると聞いていたからだ。
だが、目の前にいるのは一人の女だった。
「お前は誰だ。さっさと去れ。ここは戦場になるぞ」
「ならないわ。貴方たちは、ここで眠るのよ」
ジェスタが歌いだした。
兵の隊長が叫ぶ。
「聞くな! 『魔女セイレーン』だ!」
その声が響いた瞬間、その隊長は眠りに落ちた。
ジェスタは笑う。
「聞くなって、意外と難しいのよね。しかも、魔術入りだしね」
そう言って歌いながら、城の奥へ入っていく。
バン、バン、と銃声が鳴る。
ジェスタは物陰に隠れ、水の防御壁を作った。
(銃は、声が届かない位置から私を殺せる武器なのよね。水の防御壁を張ると、今度は私の声も響きにくいし……さて、ラズレックはもう辿り着いたかしら)
ラズレックは、皇帝を見据えていた。
皇帝は最高級の衣服をまとっていたが、体は痩せ細っていた。
ただ、眼光だけは鋭い。
しかし二人の間には、完全武装の精鋭部隊が百を超える数で並んでいた。
皇帝は玉座で頬杖をつき、ラズレックを見下ろしている。
皇帝がラズレックに向けて手を振る。
精鋭部隊が一歩前に出た、その瞬間――
部隊は膝まで石床に沈んでいた。
精鋭たちもどよめいた。
「銃へ!」
声が飛ぶ。
精鋭たちは背負っていた銃を抜き、ラズレックへ向ける。
ドン。ドン。
準備のできた者から、次々と撃った。
だがラズレックは、それを弾くこともなく、身に吸い込んで一体化させていく。
そのまま皇帝へ向かって歩き出す。
道筋にいる者たちは、動けぬまま剣を抜き、ラズレックへ振り下ろした。
ラズレックはその剣も弾かず、同化させた。
剣を振った者たちは、ラズレックに触れた部分が跡形もなく消えているのを見て、呆然とする。
ラズレックは立ち止まり、言った。
「お前たち、少し黙ってはくれないか」
膝まで沈んでいた身体が、首だけを残して石床に沈んでいく。
「これは、わかってはいたけどすごいね。銃声が聞こえたからここかと思って来たけど、精鋭部隊もこうなっては、あらゆる武芸は役に立たないね」
ジェスタが、首だけ石床から生えたようになっている精鋭たちを見て、痛快そうに笑った。
そして皇帝に向かって言う。
「ドミトリアン・ノーディア様。ヴェルミナは帰ってきましたよ。あなたに騙され、幽閉されたジェスタ・ヴェルミナですよ。覚えておいでですか」
皇帝は隣の文官に何かを伝えた。
文官がジェスタに向かって言う。
「皇帝陛下が『覚えている』とおっしゃっておられる。ここにいるラズレックと名乗る者も、お前が作ったものかともおっしゃっておられる」
「私は皇帝から直接声が聞きたいわ。それに、ラズレックの存在は人を越えているの。私が作ったなど、口が裂けても言えないわよ」
皇帝はまた文官に何かを告げた。
文官は言った。
「ヴェルミナに命ずる。このラズレックを止めよ」
ジェスタは笑った。
「私にラズレックを止めろと? ふふっ。なぜ、そんなことをしないといけないの」
「友人だったドミトリアン・ノーディアは、皇帝ドミトリアン・ノーディアなどというものになって、命令に従う者しか周りにいなくなったのね。自分が裏切った私に、そのような命を何の疑問もなく下すとは……もはや賢さを失い、ただ老いただけね。見苦しいわ、ドミトリアン・ノーディア。私が殺してあげる」
ジェスタの右手の前に炎が収束し、放たれた。
だが皇帝の前に土壁が現れ、炎を防いだ。
ラズレックだった。
「ジェスタ。お前に何があったかはわからん。だが、まだ戦争を止めていない」
「ラズレック、その皇帝はただの老いぼれよ」
ラズレックは後ろのジェスタを見て言った。
「それでも、戦争をひとりでやめることを決められる者だ。あと、誰であれ死体は見たくないのだ」
「そうだぞ。ジェスタ・ヴェルミナ。皇帝は皇帝、ただ一人だよ。久しぶりだな。リュシオン・ファルクレアだ。覚えているか」
ジェスタの後ろには、ファルクレアとアヤとカティアが立っていた。




